第247話 発掘者との交渉

「で、話ってのはどういう内容なんだ。さっさと話そうぜ。まだるっこしいのは嫌いでね」


 氷室竜夫の隣に座った大成は正面に座っている男に対し、そう告げる。


「それには同意だが、まず名乗るのが礼儀ってもんじゃねえか?」


 こちらの物言いに怖じることなく、男が返してくる。わずかに苛立っている感じは見られたが、それはこちらの言い方によるものではないだろう。態度だけは一丁前な輩かと思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。


「……それもそうだ。俺は斎賀大成という。あんたは?」


「サイガ……聞かねえ響きだが、そんなこと言っても仕方ねえな。名乗らせた以上、こっちも名乗るのが礼儀だろう。俺はアレクセイという」


 変わらぬ調子でアレクセイと名乗った男は言う。


「ところで、お前もそっちの若造――ヒムロタツオとか言ったか――奴と同郷か?」


 アレクセイは一度、氷室竜夫にその鋭い目を向けたのちこちらに問いかけてくる。


「一応は、そうなるな」


 自分がいた日本と氷室竜夫がいた日本は社会構造からまったく違うものだろうが、同じ日本であることもまた事実である。そもそも、そのあたりのことをわざわざ異世界人に説明する必要もないだろう。余計に話がこじれるだけだ。聞かなくてもいい話をいちいちする必要はない。


「その物言いは少し気になるところだが――そのあたりは深掘りする必要はねえだろう。少なくとも、いまのところはな。お前らがどこの出身であろうと、やることをしっかりやってくれりゃあいい。どこの奴だろうと有能な奴は有能だし、無能な奴は無能だ。どこの出身かなんて気にしてたら、ここで仕事なんかやってられねえからな」


 このアレクセイという男、こちらに見えている素振りや態度に反して意外にもリベラルな考えをしているようだ。


「お互い名もわかったことだし、そろそろ本題に入らないか?」


「それもそうだ。その前に一つ訊いておくが、なにか飲むか? この場所を借りて仕事の話をする以上、なにも頼まないままってわけにはいかないからな。無論、料金はこっちで持ってやる」


 てめえも頼むならさっさとしろ、とアレクセイは氷室竜夫にも言葉を投げかける。


「そうだな。店に入ってなにも頼まないってのは失礼だからな。仕事の話をする以上、酒以外のものにしてくれ。酔っ払って正常な判断ができなくなるのは嫌だからな」


 自分も氷室竜夫も竜の力によって変質している以上、そう簡単に酔っ払うことなんてないとは思うが、警戒はしておくべきだろう。このアレクセイという男が信頼できるという確証が得られたわけではないのだ。回避できるリスクは極力回避しておくにこしたことはない。


 こちらの言葉を聞いたアレクセイは、氷室竜夫に対して「てめえはどうする?」と問いかけた。それに対し氷室竜夫は「それじゃあ、彼と同じものを」とこちらに目を向けたのちアレクセイに言葉を返した。


 こちらの言葉を聞いたアレクセイは少し離れたカウンターにいる店主らしき男に向かって注文を投げかけた。店主らしき男はアレクセイの言葉に静かに返答し、なにかの飲み物を作り始める。そこまで見たところで――


「飲み物が来るまでただ待ってるってのは時間の無駄だ。早速話をさせてもらおう。あらためてもう一度質問だ。てめえらは、この町で起こってるティガーの行方不明事件に関してどれくらい知ってる?」


 威嚇をするような鋭い目でこちらに睨みを利かせながらアレクセイは言葉を発する。


「この町でそういう事件が起こっているらしい、という以外はなにも」


 大成の言葉を聞いたアレクセイは、氷室竜夫のほうに目を向けて、「てめえも同じか?」と問いかけてくる。


「ええ。僕も同じです。僕らは何日か前にローゲリウスからこっちに来たばかりですから」


 氷室竜夫の言葉を聞いたアレクセイは「やはり、嘘を言ってるわけではなさそうだな」と返答。


「じゃあ、こっちに来たばかりのてめえらが何故この事件に首を突っ込もうとしている? なにか目的だ? 正直に答えろ」


 アレクセイは続けて言葉を告げる。


『……どうする? 正直に話すか?』


 アレクセイの言葉を聞いた大成は、自身の相棒であるブラドーへと意見を求めた。


『ふむ』


 大成の問いかけに対し、ブラドーはしばらく沈黙し――


『このアレクセイとやらが竜どもの息がかかっていないのであれば、別に言っても構わんが――だからといって、我々の取り巻く状況を奴が信じてくれるという保証はないというのが難しいところだな』


 十数秒の間を置いたのち、ブラドーは声を響かせた。


 確かに、その通りである。ブラドーと同じく、アレクセイが竜たちの息がかかっていないのなら、こちらの目的を正直に答えてもいいだろう。しかし、それを彼が信じてくれるかどうかは別問題である。


 かといって、下手に嘘を吐くのも考えものだ。協力するかも知れない相手に不審を抱かせるのはいい選択とは言い難い。この事件に首を突っ込むのであれば、当事者であるティガーたちの協力は不可欠である。このアレクセイがどれほどの影響力を持っているのかは不明だが、もし彼に相当の影響力があったのなら、不審を抱かせるのはこちらの枷になりかねない。


『あんたはどう思う? こっちの目的を正直に話すか?』


 大成は次に氷室竜夫へと問いかけた。


『彼らの協力を得るのなら、話したほうがいいと思う。けど、僕らの状況を正直に言って信じてもらえるかどうかはわからないな。悩ましいところだ』


 どうやら、氷室竜夫も同じように考えているらしかった。


『ところで、このアレクセイとやらはこの町ではどの程度の立ち位置か知っているか?』


『詳しくは知らない。だけど、アレクセイたちはさっき会ったウィリアムさんたちをライバル視しているみたいだから、それなりの影響力は持っているはずだ。彼らに嘘を吐いて不審を買ったら、この町で動きづらくなる可能性は充分にあると思う』


 氷室竜夫の言葉を聞き、先ほど話したウィリアムたちのことを思い出した。


 先ほど聞いた話によると、彼らはティガーとしてかなり高名であるらしい。アレクセイがそんな彼らをライバル視しているのなら、それなりの立場であっても不思議ではない。無論、アレクセイが実力に見合わない相手を一方的にライバル視しているだけという可能性も否定できないが。


『僕は以前、この町に来てウィリアムさんたちと協力して遺跡に潜った時、敵に操られたアレクセイたちと戦ったことがある。不利な状況であったけれど、相当の実力があったことは間違いない。だから、それなりの影響力があると思う』


 続けて聞こえてきた氷室竜夫の言葉を聞き、大成は思案する。


 直接戦ったことがある氷室竜夫がそう言うとなると、アレクセイが実力に見合わないほら吹きであるとは考えにくい。実力があるからといって、人望もあるとは限らないが、実力があるのであれば、それなりの影響力があって然るべきでもある。


 そうなってくるとやはり、下手に嘘はつかないほうがいいか。


 少し考えたところで――


「アレクセイさん」


 大成が口を開く。


「なんだ?」


「帝都の方角に浮かんでいるアレのこと、どこまで知ってる?」


「知らねえよ。だが、とんでもないもんだってのは理解できる。てめえら、なにか知ってんのか?」


「多少は」


「じゃあ言ってみろ」


「信じられないかもしれないが、あれは人知れず復活を果たした竜たちによるものだ」


 アレクセイの言葉に対して一拍置いて、大成は言葉を告げた。


「……なんだと?」


 大成の言葉を聞いたアレクセイの目の色がわずかに変化。


「ひそかに復活を果たした竜たちは、人類文明への侵略を進めている。ローゲリウスの壊滅もその侵略行為の結果だ。そして――」


「てめえらはその復活した竜たちに狙われている、か?」


 大成の言葉に割って入るようにしてアレクセイが言う。予想外のアレクセイの言葉に一瞬だけ言葉に詰まったものの――


「ああ、そうだ」


 ここで否定する必要も意味もなかったので、大成は頷いた。


「狙われているてめえらがここに来たのはわかった。それに関して俺はなにか言うつもりはねえ。この町に来ている連中の中には、ワケありなのも多いからな。どっかで犯罪やらかして逃げてきたのだって珍しくもねえ。で、それがこの町で起こっている事件となんの関わりがある?」


「どういう目的かは知らないが、復活した竜たちがあんたらティガーたちに目をつけている可能性がある」


「目をつけている、というのはどういう意味だ?」


「はっきり言うと、実験体として」


 大成の言葉を聞いたアレクセイの眼力が強まったのがはっきりと感じられた。


「俺たちに目を付けた竜どもが、実験体として俺たちをさらっていると、てめえは言いたいわけだな」


 アレクセイを見据えたまま、大成は小さく頷いた。


「そう決まったわけじゃないが、この事件に竜が関わっていないのかどうかを確かめるのが俺たちの目的だ」


 大成の言葉を聞き、アレクセイは黙ったまま思案する。十数秒ほど沈黙が続いたところで――


「いいだろう。てめえらの言葉を信用してやる。嘘をつくつもりなら、そんな馬鹿みたいな与太話を言う必要なんてないだろうからな。それに――」


 そこで一度言葉を止めたアレクセイは、大成と氷室竜夫に目を向けたのち――


「本当に竜どもが復活し、侵略をしているっていうのなら、黙っているわけにはいかねえ。この町を狙っているってのならなおさらだ」


 アレクセイの言葉には力強さが感じられた。


 そこまで言ったところで、カウンターの奥にいた店主らしき男がこちらに近づいてきて、飲み物をテーブルへと置いた。真っ黒な液体。アレクセイはそれを手に取り、ひと口それを流し込んだ。


「てめえらが言った以上、俺たちもはっきりと言うとしよう。他人へ正直に言わせておいて、こっちは濁すってのは公平とは言い難いからな」


 アレクセイは真っ黒な液体が入ったコップを静かに置き――


「今度はこっちの番だ。協力するかどうかの返答はこっちの話を聞いてからで構わん」


 薄暗い夜の空気が感じられる店での話はまだ続く。

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