第246話 協力の打診

「…………」


 予想外のアレクセイの言葉を聞き、竜夫は沈黙する。


 この町で起こっているティガーたちの行方不明事件についての情報を集めるのなら、当事者であるティガーたちと接触するのが一番であろう。そのうえ、いまの反応からして、アレクセイたちはこの事件についてなにかしら関わっている可能性も高い。であるならば、彼らに協力するのは良案ではあるが――


「ふん、なんだその顔は。俺たちに協力するのがそんなに嫌か? 嫌なら別にこの話は訊かなかったことにしろ。こっちもてめえに強要する義理も必要もねえからな」


「いや、別にそういうわけじゃあないんですが――」


 こちらとしては別段、彼らに対して負の感情を抱いているわけではない。確かにウィリアムたちと一緒に竜の遺跡に向かった時、敵に操られたアレクセイたちと戦闘することになったのは事実であるが、それは彼らの意思ではなかったはずだ。


 というか嫌う嫌わらない以前に、そこまで彼らのことを知っていないのである。


 いまのところ、ティガーたちの行方不明事件に関してはなんの情報もない状態だ。ならば、スムーズな情報収集をするためにも、ここは彼らに協力するために雇われるのも選択としては悪くないだろう。


 恐らく、アレクセイたちはウィリアムたちをライバル視しているだけあって、相当の実力と経験、この町での人脈もあるはずだ。自分一人でやるよりも、彼らの力を借りたほうが効率的に動けることは確実である。


 アレクセイたちと一緒に動くにあたって問題があるとするならば、彼らがすでに竜たちに乗っ取られていたときだろう。軍を掌握していた竜たちが、どこに潜んでいても不思議ではない。それだけはなんとしても警戒しておく必要がある。


「別にそういうわけじゃあねえってんならなんだ? 俺たちに雇われる気はあるのか? はっきり答えろ。俺はあまり気が長いほうじゃあねえからな」


 アレクセイは竜夫に鋭い目を向けながら言う。言葉面からは苛立っているような調子であったが、本当にそうなのかは判然としなかった。


 協力はしたいところであるが、どうするか? できるならここで、彼らが竜に乗っ取られていないことが判別できればいいのだが――


『アースラ、聞こえるか』


 そう思いながら、竜夫はアースラと交信をする。


『どうかしましたか?』


 こちらが話しかけるとアースラはすぐさま返答を返してきた。やはり、こうやってすぐさま連絡が取れるというのは非常に便利である。スマホと違って充電残量を気にしなくてもできるというのは特筆すべきところだろう。問題があるとするなら、竜の力を持っている同士でないと利用できないというところであるが。


『一つ訊きたいんだが、お前の力で竜に乗っ取られているかどうかの判別ってできるか? いまウィリアムたちとは別のティガーと接触していて、そいつから協力の打診を受けている』


『普通の人間であればそれほど難しくはないのですが、ティガーたち限定的に竜の力を持っているのですぐに判別というのは難しいですね。なによりこの町は、近場に竜の遺跡と繋がっている場所がある影響か、探知能力全般が思うように発揮できませんから、より困難になります。ここだと、目の前にいても判別できるかどうかわかりませんね』


 探知能力に優れたアースラでも難しいとなると、アレクセイたちが竜に乗っ取られていないかどうかの判別は不可能といっても差し支えないだろう。


 そうなってくると、その危険を承知で彼らに協力するしかないが――


『もう一つ訊きたいんだが、ティガーたちが竜に乗っ取られている可能性はあると思うか?』


『そうですね。現状は確証がない以上、完全に否定することはできませんね。いまの状況だと、竜たちがどこに潜んでいてもおかしくありませんから』


 やはりアースラも同意見であるようだった。


『でも、軍のように完全に乗っ取られているという状況ではないと思っています。ティガーたちが軍と同じような状況になっているのなら、事件そのものが表沙汰にはならないでしょうから。ですが、この事件に竜たちが関わっているのなら、ティガーたちをさらうために竜に乗っ取られた何ものかがそれを手引きしているケースはいまの状況でも充分考えられる。まあ、そういうことを考えだしたら、キリがありませんが』


 なかなか難しい状況だ。どうやら、ある程度の危険を許容しないと有益な情報を得られそうにない。


 竜夫は少し考え――


『さっきも言ったが、ウィリアムたちとは別のティガーと協力の打診を受けているのだが、これに関してお前はどう思う? まだ確証はないんだが、行方不明事件になにかしら関わっている可能性がある相手だ』


『有益な情報を得るのであれば、ある程度の危険があることを覚悟して、その方々に協力するべきでしょうね。なにしろ、いまの私たちは独自に動こうとも、材料が少なすぎる状況ですから』


『じゃあ、そいつらに協力してみることにする。あまり待たせるわけにもいかないし。それじゃあ、協力する相手のことに関してはどうする? 僕からお前に伝えたほうがいいか?』


『いえ、あなたはそちらに協力して、事件に関する情報を得ることに専念してください。その相手については、私のほうが調べることにしましょう。いままでと同じように、そちらを覗き見することになりますが』


『別にいいさ。もう慣れた。やりやすいようにやってくれ』


 それじゃあ、と言って竜夫はアースラとの交信を打ち切った。


「それでは、協力の話なのですが――」


 アースラとの交信を打ち切ってすぐ、竜夫はアレクセイに視線を向ける。


「先ほどの様子だと、なにか知っているような感じがしたので、とりあえず話を聞いて、問題がなさそうならあなた方に協力したいと思います」


 竜夫の言葉を聞くと同時に、アレクセイの目の色が変わった。もしかしたら、こちらが頷くとは思っていなかったのかもしれない。


「……じゃあ、詳しい話をするからついてこい。こんなところで突っ立ったまま重要な話をするわけにもいかねえからな」


 こっちだ、と悪態をつくような言い方をして竜夫のことを乱暴に手招きしてアレクセイは歩き出した。竜夫も少し遅れて、それについていく。


「どちらへ行くんです?」


「ここから少し歩いたところにあるメガリスって店だ。俺たちの行きつけの店でな。なにかしら話をするときはそこでやると決めている」


 メガリスとやらは、方角的に先ほどまでいたヴェスティアとは逆方向だ。


 先を歩くアレクセイに竜夫は注目し、感覚を研ぎ澄まして竜の力を探知してみた。しかし、なにやら判然としない。アレクセイからは竜の力らしきものは感じられるが、それ以上のものを読み取ることはできなかった。やはり、アースラが言ったようにこの町での探知は難しいようだ。


 それからしばらく進むと、アレクセイが言っていたメガリスという店に辿り着く。ヴェスティアよりも年季を感じさせる雰囲気の外観をしていた。アレクセイは扉を開けて中に入る。竜夫もそれに続いた。


 年季を感じさせる外観と同じく、店の中も同じく年季を感じさせる雰囲気であった。多くのものが木製で作られた、いかにも酒場という雰囲気の店。まだ真昼だというのに、この店の中だけ夜になったのではないかと思わせる暗さがある。日中なので客は少なかった。


「こっちだ。座れ」


 店の中に入って進んだアレクセイは、入口から一番遠いところにある席へと向かい、竜夫に座るように促した。


 竜夫が腰を下ろすと、アレクセイも真正面の席へと腰を下ろす。


「それじゃあ早速――」


 と、アレクセイが言ったところで、入口のほうからからからと高い音が鳴り響いた。どうやら、誰かが店にやってきたらしい。そちらに目を向けると――


 そこにいたのは、大成の姿。振り向いた竜夫とちょうど目が合った。竜夫を認識した大成はこちらに近づいてくる。


「偶然だな」


「まったくだ」


 大成の言葉に竜夫はそう返答する。


「……てめえの知り合いか?」


 近づいてきた大成を警戒するようにアレクセイが言葉を発する。


「ええ、そんなところです」


「てことは、こいつもこの事件に首を突っ込もうとしているのか?」


「ああ。この店にはティガーたちが集まってるって聞いてな」


 大成は威嚇するような調子のアレクセイに物怖じすることなく返答する。


「それじゃあ、てめえもこいつの知り合いってんなら、俺たちに協力しろ。こいつはそのつもりだ。報酬なら言い値で支払ってやる。どうだ?」


 竜夫に親指を向けたアレクセイの言葉を聞き、大成は少し考え――


「他にアテもないし、俺もそうさせてもらおう」


 大成はアレクセイにそう言って、竜夫の隣の席へと腰を下ろした。

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