第243話 遺跡の町での事件

「……そうか。俺たちがいつも通り遺跡に潜っている間に地上ではそんなことが起こっていたとは」


 竜夫たちの話を聞いたウィリアムが唸り声を上げる。


「そのうえローゲリウスが壊滅したとなると、その影響は近いうちに必ずこっちまでやってくるぜ。なにしろここから一番近いところにある大都市だからな。というか、この状況はやばいな。遺跡に潜るどころじゃないぞ」


 ウィリアムの言葉に続いたのは彼の仲間であるロベルトだ。以前あったときのように飄々としていたが、その調子にはどこか危機感が感じられた。


「……それにしても竜が復活したとは。信じがたい話だが、あんなものが空に浮かんでいるとなると、無下に否定することもできないな」


 ロベルトに続いてグスタフが言葉を発した。こちらも以前のように冷静さは保っていたものの、その言葉にはロベルトと同じく危機感が滲んでいる。


「なんかすごい話ね。こんなときに生きているあたしたちってもしかして幸運だったりするのかしら」


 気楽な調子で言葉を発したのはウィリアムのチームで唯一の女性であるジニーだ。他の三人とは違って気楽な様子に見えたが、実際のところはどうのように考えているのかは不明である。


「それで、あんたらはこれからどうするつもりなんだ?」


 ウィリアムが竜夫たちに目を向けながらそう問いかけてきた。


「ここで体制を立て直して準備をして、あの空に浮かんでいるあそこに突入するつもりだ」


 竜夫の言葉を聞いたウィリアムは、少し間を置いて「……正気か?」と問いかけてきた。竜夫も、他の二人もそれに無言のまま肯定する。


「無茶はやめろと言いたいところだが、その様子だと、俺には止められそうにないな。あんたらの道に俺が口を挟む権利もないし、これ以上なにか言うのはやめておこう。ところで、なにか飲むか? 久々に会ったんだし、奢るぜ。遠慮はいらねえ」


 ウィリアムの言葉を聞き、竜夫は少し考えたのち「じゃあ、酒以外のものを」と返答した。


「そっちの二人はどうする? なにか飲むか?」


「同じく俺も酒以外のものにしてくれ。呑気に酒を飲んで酔っ払っていられる状況じゃないからな。一杯程度なら大丈夫だろうが、念のため控えておく。あんたはどうする?」


 大成は隣に座っているアースラに問うた。


「私も同じく酒以外のものをよろしくお願いします」


 アースラも大成に続き答えた。三人の返答を聞いたところでウィリアムが、カウンターに立っている店主に「酒以外のものをくれ」と注文。五分とかからずに三個のグラスがテーブルまで運ばれてくる。鮮やかな赤と青と緑の液体が注がれた三つのグラスがテーブルへと置かれる。竜夫は青色、大成は赤色、アースラは緑色の液体が注がれたグラスを手に取った。少しだけそのグラスを眺めたのち、それを流し込む。


 ほのかな甘みと爽やかな苦みが感じられた。色的にはブルーハワイだが、味はまったく違うものだった。はじめて飲む味だったが、まずくはない。


「それで、あんたらはいつまでここにいるつもりなんだ?」


 三人がテーブルに置かれたグラスをそれぞれ流し終えたところでロベルトが問いかけてくる。


「休息も取れたし、そろそろ行くつもりです。私たちがいつまでもいたら、ここもローゲリウスと同じく悲劇に見舞われる可能性がありますから」


 アースラがロベルトの言葉に反応する。その言葉を聞いた竜夫は、ローゲリウスの光景を思い出した。すべてが燃え、死に、灰と化した現実にあった紛れもない地獄の光景を。その光景は、一生忘れることはできないだろう。あの地獄は、自身の脳にそれだけ強くその傷跡を刻み込めていた。思い出したくなかったが、絶対に忘れてはならないものとして。


「あんたらはどうするつもりなんだ? またその遺跡とやらに行くつもりか?」


 大成がウィリアムたちに問いかける。


「普通ならそうするところだが、ローゲリウスがあんなことになったのなら、そういう状況ではなくなるだろうな。それがなんとかなる目処が立つまでは、こっちにいることになりそうだ。このところ、この町で妙なことも起こっているようだしな」


 大成の言葉に反応したグスタフがそんな言葉を告げる。


「妙なこと? なにかここで起こっているのですか?」


 グスタフが言った言葉に今度は竜夫が反応。


「ああ。詳しいところはまだ俺たちも把握していないんだが、何人かのティガーたちが突如行方不明になっているらしい」


 ティガーと言うのは、竜の遺跡の危険な地区に潜っている発掘者たちの総称である。


「……本当ですか?」


 竜の遺跡の危険な地区の探索を主としているティガーたちは、身体に高純度の竜石を埋め込むことで、限定的ではあるが竜の力を手に入れており、普通の人間とは比べものにならない力を有している。ただの人間に誘拐などされるはずもないが――


「俺たちも信じられなかったが、行方不明になった奴の中には見知った顔もいて、ただの与太話の類ではなさそうでな」


 そう言ってグスタフは小さくため息をつく。


「まあ、これはあたしたちの話だから、あんたらを巻き込むつもりはないよ。あんたらはあんたらがやることを優先して」


 ジニーがグスタフへと続いて言葉を発する。


「一つお訊きしたいのですが、行方不明になった者にティガーであること以外に共通点などはありますか?」


 ウィリアムたちに目を向けながらアースラがそう問いかける。


「いや、いまのところはないな。詳しく調べてみればなにかあるかもしれんが」


 アースラの問いにウィリアムが首を振って否定する。ウィリアムの返答を聞いたアースラは十数秒ほど時間を置いたところで――


「そうですが。変なことを訊いてしまって申し訳ない」


 そう言葉を返して小さく頭を下げる。アースラの言葉を聞いたウィリアムは「別にいいさ」と返した。


「ところで、あんたらは行くといっても、あんたらと一緒にきたクルトさんたちはここに残るんだろ?」


「ええ。彼らはしばらくはここに滞在する予定です。帝都もローゲリウスもあのような状況になってしまいましたから。できる限り迷惑はかけないようにすると思いますけど――」


「なに。別にいいさ。そんなこと気にしないでくれ。この町はそもそも調査やら出稼ぎやらで来てる連中ばっかりだからな。ろくでもない奴も多い。大抵のことは問題にもならんよ」


 ロベルトが軽く笑いながらそう返してくる。そう言ってもらえるのは、心から安心できるものであった。


「それじゃあ、私たちはこの辺で失礼しましょう。お話を聞いていただきありがとうございます」


 アースラがそう言い、グラスに残っていた液体をすべて流し込んだのちに立ち上がった。二人も残っていたグラスに入っていた液体を一気に流し込んで立ち上がる。


「それでは」


 立ち上がった三人は一礼をし、踵を返して店の出口へと向かう。店を出てしばらく歩いたところで――


「あなた方はどうしますか?」


 そこでアースラが問いかけてくる。


「どうするって言ってもな。さっきああは言ったものの、空に浮かんでいるアレに無策で飛び込むのは危険すぎるし――」


 一切の策もなくあの要塞のごとき巨大建造物に突入を試みるのは危険すぎるのは明らかだ。とはいっても、悠長にしていられる時間がないのもまた事実。このような状況になった以上、竜たちによる静かなる侵略はどんどんと加速していくはずだ。


「では、この町で起こっているティガーたちの行方不明事件に頭を突っ込みませんか?」


 アースラに予想外の言葉を言われ、二人は瞠目する。


「どうしてだ?」


 アースラの言葉に対し、大成が質問をする。


「もしかしたらなのですが、いまこの町で起こっているティガーたちの行方不明事件は、もしかしたら竜がかかわっている可能性があるからです」

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