第244話 忍び寄る竜の手

「それは……本当か?」


 アースラの予想外の言葉に、眉根を上げながら大成が問いかける。


「確証はありません。ですが、復活した竜たちがあなたがた異邦人を人体実験の材料していたことを考えると、充分あり得るでしょう。なにより、彼らは限定できながらも竜の力を手に入れている存在です。竜たちが彼らを実験体として有用だと考えても不思議ではありません」


 確かに、そう言われてみると否定はできない。


「私たちに残されている時間は決して多くはありません。余計なことはやっているような場合ではありませんが――現状の私たちがあの空に浮かんでいるあれに突入できる手段を持ち合わせていないのもまた事実であります。なにもせず腐っているよりは、できることをやったほうがいいでしょう。地上に降りて秘かに動いている竜たちの脅威を打ち払うことで、あそこに突入の手助けになるなにかが手に入るかもしれませんし」


 竜夫は帝都の上空に浮かんでいる巨大建造物に目を向ける。かなりの距離を隔てたこの場所に音など聞こえてくるはずもないのに、その唸りがすぐそこで響いているかのようであった。きっと、あれがそれだけの存在感があるということなのだろう。もしくは、あの建造物にはただ巨大であるという以上の『なにか』があるのかもしれなかった。


「とりあえず、ティガーたちの行方不明事件を調べてみて、竜たちが関わっていないことがわかれば、すぐにでもここを離れましょう。子供たちのことは心配ですが、ローゲリウスでのことを考えると、我々がいるほうが危険になります。竜たちは間違いなく我々をはじめとした脅威を始末するために幾万もの罪なき人々を犠牲することもいとわないでしょうから」


 ローゲリウスでのことを思い出すと、いまになっても心臓を突き刺されるような痛みが感じられた。自分たちが原因であれだけ大きな街が壊滅してしまったことは、恐らく一生残り続けるのだろう。それはきっと思い出したくないものだが、同時に忘れてはならないものでもある。


「……まあ、俺はどこにも行く当てはないから別にいいんだが、そんなことを言ってるあんた自身はどうなんだ? あんたの身体、無茶ができるような状態ではないだろ?」


 大成がアースラに向けて言う。


 アースラは、自身と敵対的な竜の魂を転写されたそれを無理矢理抑え込んでいる、彼の身体が具体的にどのような状態なのかはわからない。だが、それがいつまでも続かないことは火を見るよりも明らかだ。その限界は、いずれ来るだろう。それほど遠くない日に。


「……そうですね。壊滅したローゲリウスから離れてから、自身の限界をより実感いたしました。その限界が日に日に近づいていることは間違いありません。私は、あなた方とは違う。仮に竜たちを打ち倒し、この苦しみから解放されたとしても長くは保ちません。


 ですが、私はそれでも構わないと思っている。私が犠牲になって多くを救えるのならそれは本望です。私もあなたと同じく、守るべきものも大切なものもあるわけじゃない。私にとって大切なものは、この地獄に耐えながらも私をはじめとした多くを導き、多くを救うために動いていた彼女の悲願の達成です。私はそれを引き継ぐために、この苦しみを背負うと決めた。それが私にとって過ぎたるものであったとしても、退くわけにはいかないのです」


 アースラから発せられた言葉に澱みはなかった。だが、そこに想像を絶するような苦しみが秘められているのは誰の目から見ても明らかであろう。それは見ている側からすれば痛ましい。


「……それだけ言えりゃああんたもうその時点で立派な英雄だよ。ただ死ににくいから生き延びてきた俺とは違ってな。あんたがそう思っているのなら、俺はなにも言うつもりはない。俺がなにか言ったところでどうにもできないだろうしな。精々こき使ってやるさ」


 大成はアースラから視線を外してそう言った。


「僕もこの町で起こっている事件に竜たちが関わっているのなら、放っておくわけにはいかないと思うけど――どうする? 三人でまとまって動くと目立ち過ぎないか?」


「……そうですね。ローゲリウスとは違って大きな町ではありませんし、あまり目立つことはしないほうがいいかもしれません。手広く情報を集めるために、とりあえず三つに分かれて動きましょうか。あなた方であれば、自分の身を守ることくらいはできるでしょうし」


「……いまのところはそのほうがいいかもしれないな。じゃあ早速、俺はブラドーに話を聞きながら、この町を調べてみることにする。動くならさっさと動いたほうがよさそうだしな」


 大成は手を上げてそう言ったのち、竜夫たちから遠ざかっていく。


 大成が離れていったことを確認したのち――


「私も動いてみることにします。なにかあったら、連絡をしてください。私のほうも、なにか気になることがあれば共有させていただきます」


 それじゃあ、と言ってアースラも離れていった。とてつもない苦しみに襲われている彼の足取りは明らかに重さが感じられた。


「……僕も行くか」


 二人が離れていったことを確認したのち竜夫も歩き出す。


 情報を集めると言っても、どこに行くのがいいだろう? 一度この町に来たことは確かであったが、竜の遺跡の探索が目的だったので、土地勘はまったくない。知り合いも一緒に竜の遺跡を探索したウィリアムたちとタイラーたちくらいである。ウィリアムたちならまだヴェスティアにいるかもしれないが、タイラーたちがどこにいるのかは不明だ。アースラや大成のように竜の力を利用した交信ができればそれもわかるかもしれないが――彼らに自分たちのような力が使えるのかは不明だ。探すのなら、自分の足を使うよりほかになかった。


「どうするかな。あんなことを言った手前、またヴェスティアに戻るのもあれだし、かといって――」


 歩きながら竜の力を探知してみる。だが、限定的に竜の力を手に入れたティガーたちが数多く滞在しているこの町は、至るところから竜の力が感じられて、いまいち判然としなかった。こちらはアースラのように探知能力が優れているわけでもない。やはり、刑事おように歩き回って情報を集めるしかないのか? そんなことを考えながら歩いていると――


「てめえは……」


 そんな声が前から聞こえてきた。竜夫はそちらを振り向く。そこにいたのは、ウィリアムたちをライバル視しているアレクセイ。


「また来やがったのか? またウィリアムに雇われたのか? まあ、なんだっていい。この町じゃあ出稼ぎ労働者なんて珍しくもねえ」


 アレクセイは吐き捨てるような調子で言う。そこからはどことなくイラつきが感じられた。


「ローゲリウスが大変なことになったので、こちらまで逃げてきたんです。それについては知ってますか?」


 この町に来た理由は別段隠す必要もないので正直に言う。


「……ああ、一応な。あれだけのことを知らないままでいるほうが難しいだろ」


「それもそうですね。ところでお訊きしたいことがあるんですけどよろしいですか?」


「手短に言うなら訊いてやる。さっさと言え。答えられる範囲なら答えてやる」


 アレクセイの偽悪的な言葉を訊いたのち、竜夫は「ありがとうございます」と言って――


「この町でいまティガーたちが行方不明になっていると訊いたのですが、それについてなにか知っていることとかありませんか?」


 竜夫の言葉を聞くと同時に、アレクセイが身に纏っている気配が一気に変貌し、大きくこちらに向かって一歩踏み込んだのちに――


「てめえ、なにか知ってやがるのか?」


 こちらを威嚇するように言葉を告げる。


「いえ、それ以上のことはなにも知らないので訊いたんですけど、なにかあったんですか?」


 竜夫の言葉を聞くと同時に、こちらに向けられていた強い気配が消え、どこか拍子抜けしたような調子を見せる。


「……ローゲリウスがああなってこっちに逃げてきたんなら、知らんのも当然か。そりゃそうか」


「なにかあったんですか?」


 アレクセイにただならぬ事情があるように感じられ、竜夫はさらに問いかける。


「ところでお前は別にウィリアムたちに雇われていただけで、別に奴らの仲間ってわけじゃあねえんだよな」


「まあ、一応は」


「……じゃあ今度は俺がお前を雇うことにする。行方不明事件に首を突っ込むのなら俺たちのことを手伝え。金が欲しいなら報酬は言い値で支払ってやる。どうだ?」

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