第232話 未知への交信

 前に踏み出した竜夫は、一番近くにいた奴隷兵士へ接近。奴隷兵士を捉え、一閃。奴隷兵士は防御する間もなくその貧相な身体を刃で両断され、爆散して消滅。


 だが、奴隷兵士の数が減ることはない。一体倒すとどこからともなく一体が出現するからだ。


 奴隷兵士を倒した竜夫のところに、別の個体が接近してくる。槍を持った個体。先ほど戦った歩兵よりも明らかに貧弱そうであった。素人としか思えない動きで、滅茶苦茶に槍を突き出してくる。竜夫はそれを難なく捌いたのちに、銃弾を叩き込んだ。頭部を的確に撃ち抜かれた奴隷兵士は後ろに仰け反ったのちに爆散して消滅。


 そこに、斜め後ろから気配が感じられた。竜夫は前に飛び出す。その直後、竜夫がいた場所に矢が降り注ぐ。倒しそびれた弓兵たちによる援護。こうやって要所要所で邪魔されるのはなかなか厳しい。場合によっては、絶好のチャンスを潰される可能性も充分あり得るだろう。常に警戒を怠ってはならない。


 二体の奴隷兵士を倒した竜夫は、その奥にいるアニマへと目を向ける。


 通常ではどのようにやったとしても倒し得ない相手は、その場で踊っていた。どう考えても隙だらけであるが、手を出したところで倒せるはずもない。


 いまやるべきことは、奴隷兵士と弓兵の攻撃を凌ぎながら、竜の力による交信を行って大成と接触することだ。その交信能力は完全に体系化されていて、竜の力を持つものであれば、およそすべて使えるはずだと言っていたが――


 そんな魔法じみたことが、本当にできるのだろうか? ブラドーの言葉を信用していないわけではなかった。ただ、はじめて行う試みなので、どういうものなのか実感がわかないだけである。


 そんなことを考えていると、奴隷兵士が接近してくる。今度は三体。その動きは戦うものとは思えないほど鈍いものであった。竜夫は先んじて接近して刃を振るい、一体を処理。その次を振り向きざまに銃弾を叩きこんで打ち倒す。最後の三体目には刃を投擲。投擲された刃は奴隷兵士の胸に突き刺さった。すべて処理。この奴隷兵士はやはり、戦闘要員とは思えないほど貧弱だ。一度に数体襲いかかってきても、まったく問題なく処理できる。


 しかし、この奴隷兵士の脅威は戦闘能力ではなく数だ。一体一体は取るに足らない雑魚でしかなくても、戦っていればこちらは確実に消耗していく。奴らは攻撃を仕掛けてくるものの、その目的はやられることである。攻撃させて延々と倒させて、こちらを消耗させていくのがあの奴隷兵士たちの戦術なのだ。命を持たない存在であるからこそできる戦術。たった一人で戦う相手として、これほど脅威となるものはないと言える。


 ブラドーは思い出せと言った。


 あの交信の力は、竜が生まれながらにして刻み込まれたものであると。しかしそれを知っているのは自分ではなく、自分に力を与えた最後の竜だ。自分がそれを知っているわけではない。自分が知らないことを思い出すなんてこと、できるのだろうか? そう考えたが――


 そこで思い出した。そういった出来事が、かつてあったことを。


 異世界に投げ出されたのち、たまたま出会った男の車に乗って帝都に向かっていた最中に強盗団に襲われたときのことを。


 帝都についたあと、チンピラと揉めてアルバと戦ったときのことを。


 戦闘も、異能力を使うこともできないはずの人間が何故当たり前のようにあんなことができるようになったのだろう? 自分の知らないことを思い出す。かつて行ったそれらはきっと、いまやろうとしていることと同じだったのではないか?


 であれば――


 それならは絶対にできるはずだ。ブラドーが言うように、交信の能力が竜の力を持つものが誰でも使えるものなのであれば。


 竜夫は無心で身体を動かし、奴隷兵士と弓兵に猛攻を凌ぎながらそれを思い出そうとする。


 それがどんなものなのか知る必要はない。パソコンやスマートフォンがどのような原理で動いているのか知らなくても使えるように、この交信の力だって、どんなものか知らなくても使えるはずだ。


 思い出せ。絶対にそれは知っているはずなんだ。


 できないと否定するな。それができて当たり前だと思え。否定などすれば、できることもできなくなってしまう。


 思い出せ。深く入り込む必要はない。その力は誰にでも使えるものである以上、比較的浅いところにあるはずだ。


 そこまで考えたところで、なにかを見つけた。竜夫は確信する。それを、押してみた。


 すると、がりがりと頭の中に音が聞こえてくる。数秒ほど経過したところで――


『――――』


 なにかが聞こえてくる。ノイズまじりでなんと言ったのかまったく聞き取れなかったが。間違いなくなにかが聞こえた。


 音を調整しろ。ずれているものを修正。


『――るか?』


 まだ修正が必要だ。竜夫はさらにそれを修正する。


『――聞こえるか?』


 今度ははっきりと聞こえてきた。それは先ほど頭の中に響いてきた声と同じもの。大成の相棒であるブラドーの声だ。わずかな可能性を通すための最初の関門を突破した。これで――


『ああ。なんだか不思議な感じだな』


 電話や通話アプリなどでの会話とはまったく違う、未知の感覚であった。しかし、それは不愉快なものではない。


『僕の声は、そっちに全部聞こえているのか?』


『ああ、俺にもタイセイにも聞こえている。だが安心しろ。お前が考えていることが全部筒抜けになるわけじゃない。人間が使っている電話とかいう類いと同じだ。外に出そうとしなければ俺たちにそれは伝わらない。他人がなにを考えているかすべてだだ漏れの欠陥品が普及するわけもないからな』


『あんたが僕らの間を取り持つってことでいいんだよな?』


『そうだ。とはいっても、実際に動くのはお前らだ。お前らがどれだけできるかどうかで、この戦いに勝てるかどうかがかかってくる』


 いまはまだ一番最初の段階が終わっただけ――スタートラインに立っただけでしかない。ここからが本番だ。さらに深く接続することで、相手側の動向を把握できるようにする。これができなければ、この戦いを切り抜けることはできないのだ。


 遠く離れているところにいる人間がいままさにしていることを把握できるようになるのはどのような感覚なのだろう? それは、いま行っているこの交信よりも遥かに異質で未知なものに違いなかった。本当にできるのだろうかと気になったものの、できなければ駄目なんだという結論に行き着く。


 ここからはもっと深くに入り込まなければならないだろう。本来であれば、入り込めない領域にまで足を踏み入れるのだから。


 奴隷兵士の数は相変わらず減っていなかった。倒しても倒しても、倒した先から補充されている。できる限り早く終わらせるべきではあるが、機を窺わなければならない。相手とタイミングを合わせなければ、すべての元凶たるアニマを倒すことはできないのだから。


 竜夫は終わりの見えない戦いを繰り広げながら、さらなる深みへと入り込んでいく。

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