第231話 耐久戦
人狼へと接近した大成は直剣を振るう。当然のことながら、人狼は大成によって振るわれた直剣を、両腕を硬化させて防いだ。金属にぶつけたような感触。直剣の刃が奴の身体を傷つけることができていないのは明らかであった。
「ち……」
奴を傷つけることができれば、弱体化の影響力が強まるはずなので多少楽になるのだが――なかなかそうさせてくれない。この状況で呼び出しただけあって、やはりかなりの難敵だ。
大成の直剣を防いだ人狼が腕を変形させた。片方の腕が巨大な刃に変形する。その質量がどこから出てきたのか不明だが、きっとそういうものなのだろう。そんなことを考えている場合などなかった。人狼は変形させた腕を振り下ろしてくる。
自身が持つ直剣では防ぎきれないと判断した大成は横に飛んでそれを回避。振り下ろされた腕が凍りついた地面を砕いた。その振動が伝わってくる。すさまじい威力であった。
その直後、背後から爆音が鳴り響き、反射的に即座にその場から離脱。遠くにいる砲兵たちによる砲撃。離脱した直後、着弾した砲弾はその場に氷の刃をまき散らす。
その場にいたはずの人狼は、砲弾に攻撃範囲内にいたにもかかわらず、まったく傷ついていなかった。どうやら、奴らにはフレンドリーファイアという概念はないらしい。
大砲は当然のことながら連射はされないが、ここを狙っているのは三つある。場所によっては続けざまに狙われる可能性もあるだろう。この戦いにおいては、三ヶ所にいる砲兵どもの位置も考慮して立ち回らなければならない。できる限り、二つ以上のところから狙われないように立ち回りたいところであるが――
確実にそれをやれ続ける保証などどこにもなかった。戦いの主導権を握っているのは依然として相手側なのだ。こちらが思うように運べるはずもなかった。
だが、それでもなんとかするしかほかに道はなかった。そうしなければ、この街から生きて出ることはできないだろう。
砲弾を避けた大成を人狼が追撃。獣とは思えない巧みな足運びでこちらへと接近し、拳を叩きこんでくる。
大成はその拳を直剣で防御したものの、人狼が持つ圧倒的な膂力によって後ろへと弾き飛ばされた。両腕に重く強い衝撃が流れ込んでくる。
そこに再び爆音が鳴り響いた。大成は直剣を変形させて伸ばして突き刺し、収縮させて上へ飛び上がって砲弾の影響範囲から逃れた。そのまま凍結した建物の壁を蹴って、上から人狼へ対して強襲。直剣を両手に持ち替えて振り下ろした。
しかし、人狼は両腕を硬化させてそれをなんなく防御。そののちに両腕を押し込んでこちらの体勢を崩そうとしてくる。
攻撃が防がれることも、敵がこちらの体勢を崩そうとしていることも大成は読んでいた。押し込まれるのとほぼ同時に敵の身体を蹴りつけ、そのまま背後へと飛び退く。人狼のいる位置から十メートルほど離れた位置に着地。
……本当に難敵だ。馬鹿正直に戦っていたら、いつまで時間がかかるかもわからない相手である。
そのうえ、ここで倒せたとしても、奴を生み出した大元であるアルマをどうにかできなければ、再び同じようなのが現れるはずだ。幸い、奴は自身が生み出したものからこちらの呪いの影響を受けないために、呼び出したものとの接続を呼び出した先から断っているようなので、継続的なバックアップができないのが救いではあるが――
とはいっても、はっきり言ってそれは誤差に等しいものだろう。アルマのバックアップを受けることができないのだとしても、狡猾な奴はそれを考慮して人狼をはじめとした手駒を呼び出しているはずだ。それ以前に奴が保有しているであろう戦力はそもそも膨大なのだ。大元からのバックアップが受けられないことなど些事でしかない。いま戦っている人狼の戦闘力から判断してもそれは明らかであった。
しかも、奴は普通に殺すこともできないときた。膨大な戦力を抱え、なおかつ絶対にやられないなど、笑いたくなるほどの理不尽である。
氷室竜夫は、本当にこちらとの接続ができるのだろうか? いまのところ、まだその兆しはない。こちらが十全を尽くしたとしても、奴ができなかったのなら絶対に勝つことはできないのである。ブラドーはいま、氷室竜夫との接触をしているはずであるが、その状況はどうなっているのかわからなかった。
「まさか、自身の命を他人に預けることになるとは。しかも、ついこの間、顔を合わせたばかりの異世界人相手に。本当にわからないもんだ」
人狼の背後にいるアルマは依然として楽しそうにその場で踊っていた。きっと、自分がやられることなど万に一つも思っていないのだろう。そのくせ、一切慢心していないのが厄介なところだ。
倒すに倒せない状況というのはなかなかに厳しいところがある。あの双子を倒すのであれば、その前に立ちはだかる人狼を倒すタイミングも考慮しなければならない。やられないように立ち回りながら、機会を窺う。その機会が訪れるのはいつになるかは不明。それは戦うにあたって精神的につらいものであった。
やはり、人狼を倒すのであれば、こちらもそれなりの消耗を覚悟しなければならないだろう。場合によっては、命を消費する必要もあるかもしれない。大きな消耗を覚悟すれば、奴を倒すこともある程度簡単になるのだが――
それをやるにしても、氷室竜夫の状況次第だ。こちらだけが逸ったところでこの戦いに勝つことは不可能である。その機会も、しっかりと窺わなくてはならない。いつになるかもわからないそれを待ち続け、耐え続けなければならないのは厳しいが、やるしかなかった。それ以外に、自分たちが勝つ見込みはないのだから――
「うふふ。なにを考えているのかしら?」
そこにアルマの声が割り込んでくる。どこまでも愉悦と狂気に満ちた声。
「なにをするつもりか知らないけど、せっかくだから、頑張ってほしいわ。だって頑張る人って応援したくなるでしょう? それが倒すべき敵であったとしても。少なくとも私たちはそう思っているわ。倒すべき相手だからそんなことを思ってはいけないなんて決まりはないのだし」
この状況で踊っている奴を見ると、奴のまわりだけ別の時間軸に存在しているように思えてくる。それくらい、この場における奴の存在は異質であった。
「ああ、いつまでもこの時間が続けばいいのに。健気に頑張っているあなたたちをもっと眺められたらよかったのにと思わずにはいられないわ。あなたたちのようなのは、そうそう現れるものじゃあないもの。貴重な機会を逃したくはないけれど、私たちのためになすべきことをなさなければならないのは非常に残念ね。次の機会があったら、このような形にはなりたくないものね」
次の機会などそもそもごめんだ、と思ったが、当然のことながらそれを言葉に出すことはなかった。奴にどんな言葉を投げかけたところで無意味なのだ。奴はこちらの言葉など一切聞いていないのだ。興味があるのは自分たちの言葉だけ。そんな相手と会話など成立するはずもなかった。
ブラドーからの接触は未だない。話しかけたいところであったが、彼を邪魔するわけにもいかなかった。はもう氷室竜夫に接触できたのだろうか? 接触すること自体は、簡単だと言っていたが――
本当にどうにかできるのかと不安になるが、彼らを信じる以外、できることはなかった。それはきっと、向こうも同じだろう。
であれば、やるしかない。もう後には退けないのだ。持たざるものである自分は、命など惜しくはないけれど、栄誉と意味のある死を迎えられるのであれば、そのほうがいいに越したことはない。
いまは耐えよう。氷室竜夫とブラドーを信じ、時間を稼ぐしかない。それが、いつ訪れるものか不明であったとしても。
果てのない戦いは、まだ加速する。
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