第230話 地獄の沙汰で

 十数体の奴隷兵士を前にした竜夫は、刃を構えながら思考する。


 どうする? このまま戦っても絶対に勝てる見込みはない。無数に現れる奴隷兵士をいくら斬り捨てていったとしても、先に力尽きるのは確実にこちらである。そのうえ、それを生み出す大本は普通の手段では絶対に倒すことが不可能な相手。


 とはいっても、退くわけにもいかなかった。奴は、奴らはここで倒さなければ、再び膨大な被害をもたらすのは確実だ。アースラが言うように、多くを守るのであれば、奴らをここで倒さなければならないが――


 そこで一番手前にいた奴隷兵士が動き出した。先ほど戦ったのと同じく、みすぼらしい格好をしているくせにその動きはたいして速くない。いまの自分であれば一体――いや、数体を同時に相手にしても問題なく処理できるだろう。


 近づいてきた奴隷兵士は、その小さな身体にはどう考えても不釣り合いな大剣を振り回してきた。先ほどの騎士のような鋭く洗練された動きとは比べる間でもない動き。竜夫はそれを刃で弾いて防いだのちに、奴隷兵士を斬り捨てる。


 この奴隷兵士たちの恐れるべきところは強さではない。その脅威は膨大に生み出されるその数である。たった一人で戦う相手としては最悪といっても過言ではない。


 しかも、今回の場合は先ほど戦ったときとは違い、奴隷兵士を生み出していた個体はいないはずだ。その役割をしているのはアニマだろう。そうであるのなら、奴隷兵士の供給を断つには、奴を倒す以外ないが――


 そのアニマを倒すのは、普通の手段では絶対に不可能である。そうなると、奴隷兵士を倒すには、いま奴が保有している戦力を枯渇させるしか他に手段はなかった。その物量が一体どれほどなのか不明だが、どう考えても先に力尽きるのはこちらであることは確実だ。


 七時の方向から気配が感じられ、竜夫は横に飛び退いた。先ほどまだいた箇所に無数の矢の雨が降り注ぐ。ここから遠く離れた箇所に陣取って狙い打ってくる先ほど倒しそびれた弓兵たちのこともある。奴らにちょっかいを出され続ければ、それだけこちらの消耗も早まるだろう。長引けば長引くほど、遠くにいる弓兵たちの脅威が大きくなる。


 二体の奴隷兵士が近づいてくる。獣じみた動きをしながら近づき、持っている手斧を振り回してきた。竜夫はそれを回避し、一体を斬り捨て、もう一体に銃弾を叩きこんで倒した。


 三体倒したものの、この場にいる奴隷兵士の数は減っていなかった。恐らく、倒した先から補充されているのだろう。


 奴隷兵士を無視して、アルマに近づくか? そう考えたが、すぐに否定する。近づいたところでどうする? 奴の心臓に刃を突き立てようが、首を斬り落とそうが奴を殺すことはできないのだ。近づいたところで――


『……こちらも地獄のような状態だな』


 突如、声が響いて思考が打ち切られる。聞いたことのない声だった。いまの状況で、アースラが別人を使ってこちらに接触してくるはずもない。誰だ、この声は?


『突然悪いなヒムロタツオ。俺はタイセイのところで間借りしているブラドーという。お前と直接話すのは初めてだな。よろしく頼む』


 予想だにしなかった出来事に竜夫は困惑した。大成に転写され、彼と同居している竜が何故自分に話しかけているのだろう?


『いきなりで悪いが俺たちに協力してくれないか? 俺なんかと話している場合ではないことは重々承知しているが――相手が相手だ。お前が協力してくれないと、あの双子を倒せないからな』


「……なに?」


 ブラドーの言葉を聞き、竜夫は思わず口から言葉が漏れ出た。


「奴を倒す手段を知っているのか?」


 竜夫がそう問うと、ブラドーは「ああ」と短く返答する。


『知ってはいるが、それほど期待はするなとだけ言っておく。この状況を一気に打破できるような革命的な案などではないからな』


「なんでもいい。状況が状況だ。早く教えてくれ」


 竜夫がそう言うと、『それもそうだ』とブラドーは返してくる。


「僕の協力が必要といったな? なにをすればいい? できることならなんだってやってやる。このままじゃあどうすることもできないからな」


 いまの状況ではどうあがいても絶対に無理なのだ。期待をするようなものでなかったとしても、可能性が見出せるのであればやるべきだ。


『結論から言おう。タイセイと同調し、あのイカれた双子を同時にぶっ殺せ』


「…………」


 予想外の言葉に竜夫は言葉を失った。


 奴らは片方が殺されても、どちらかが残っていれば即座に復活する。であれば、同時に殺すことができたのなら、その理不尽な仕様の隙を突くことも可能だ。確かに、それなら奴らを倒しうる手段ではあるが――


『それが無茶であることも、確実でないこともわかっている。だが、俺たちが奴らに打ち勝つにはそれ以外に選択肢はない』


 こちらが言葉を返す前に、ブラドーが先んじて言う。向こうもそれを承知で言ってきているらしい。


「僕としてもこの状況をなんとかできるのなら協力は惜しまないが――それをどうやって実現するつもりだ? 悪いけど僕には遠くにいる人間がいまどうしているのか把握することなんてできないぞ」


 都合よくこの場で透視能力が目覚めるなど都合のいい展開などあり得ない。ピンチになったくらいで都合よくその状況に対応した能力を手に入れられたら誰も苦労などしないのだ。


『普通ならな。だが、お前とタイセイの場合は少し事情が変わってくる』


「どういうことだ?」


 絶対に実現不可能であったのなら、こんなことは言ってこないだろう。ブラドーは、なにか知っているのか?


『お前と俺たちの間には通常にはない繋がりがある。お前は俺の血を多少なりとも浴びただろう? お前が受けたそれはある種の呪いの力だ。その繋がりは非常に強い。であれば、本来であれば不可能であることも実現可能だ』


 ブラドーが言った呪いの力とは、彼との戦いでこちらを苦しめたあの弱体化のことだろう。


「まあそれはわかるが、だからといって、遠くにいる相手のことを把握できるようになるわけじゃあ――」


 そこまで言ったところで、気づく。


 どうしてブラドーはこちらに接触することができたのだろう? こうやって遠くにいる相手と話したりするのは、アースラの竜の力によるものだと思っていた。


『この状況ですぐにそれに思い至るとはなかなか頭の回転が速いな。俺がいまこうやってお前に話しかけているのは、誰かの固有の力によるものではなく、誰にでも使えるように普遍化されたものだ。無論、竜の力を持っていることは前提であるがな』


 竜が高度な文明を築いていたのであれば、遠くにいる相手と即座に通信でき、なおかつその原理を理解していなかったとしても誰でも使えるなにかがあって然るべきだ。それは恐らく、自分たちがいた世界で言うところの携帯電話やインターネットに値するなのだろう。


『普遍化されたものである以上、お前にだってそれを使うことができる。それを使ってタイセイに接触しろ。そのうえで、呪いという特殊な繋がりを利用して相手の所作を把握できるようにするんだ。その手伝いは俺がやってやる。できるか?』


「……どうすればいい?」


『俺がいまやっているこれは、生まれながらにして竜に刻みつけられたものだ。多くの動物が教えられずとも立って歩けるようになるのと同じようにな。思い出せ。あの婆の力を受け継いだお前にはできるはずだ』


「……やるさ」


 それができなかったのなら、この場を切り抜けることはできないのだから。


『奴らと戦いながら深く集中することになる。相当の負担を強いることになるが、大丈夫か?』


「なにをいまさら。それをわかっていて僕にやらせるつもりなんだろう? それ以前に、できなかったらやられるだけだしな」


 であれば、やるしかない。絶対に勝ち目のない戦いを続けるよりは遥かにマシである。


「ところで、一つ訊きたいんだが」


『なんだ?』


「お前は、こっちの状況は見えているのか?」


『いいや。いまの俺は離れたところにお前と会話をしているだけだ。お前が見ているものが見えているわけじゃない。お前だって、遠くにいる誰かと話しているとき、相手がおかしな状況だったら気づけるだろう? それと似たようなものだ』


「じゃあ、あんたが戦いに手助けしてくれるってわけじゃあないってことだな」


『ああ。その通りだ。俺がやるのは、お前とタイセイ繋がりの橋渡しをすることだけだ。過度な期待はするな』


「それならいいさ」


 今回もいつも通り楽できないというだけのことだ。


 やるしかない。


 運のいいことに、いま相手にしている奴隷兵士どもは物量だけの相手だ。遠くにいる弓兵が厄介だが、文句を言っていられる状況ではない。わずかであっても、光は見えたのだ。


 死なない程度に命を賭け、奴らを倒す。


 竜夫は小さく息を吐き出し――


 そのわずかな光明をつかみ取るために前へと踏み出した。

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