第233話 その先へ……

 ブラドー以外の声がどこからともなく聞こえてくるのは不思議な感覚だった。現代の人間には絶対になしえないこの行為の感覚を言葉で表現することは難しい。でも、不快ではなかった。それに、無線は携帯電話のように、端末を必要としないのは便利なところである。


『そっちの状況はどうだ?』


 大成は氷室竜夫に対して言葉を送る。ブラドーと会話するときと同じような感覚で大丈夫なのかと思ったが――


『最悪だな。どこもかしこも燃えていて、地獄みたいだ。暑くてかなわん。そっちは?』


 氷室竜夫からすぐに言葉が返ってくる。どうやら、言葉による交信は問題ないらしい。これで最初の関門は突破か。だが、これができるようになったところで、あの双子の打破はなしえない。奴らを倒すのであれば、ここからさらに飛躍することが必要だ。


『同じく最悪だ。どこもかしこも凍っていて、地獄みたいに寒い。さっさと奴らを倒さないと、こっちの身体がいつまで保つかもわからんな』


 寒冷地における消耗は自分が思っているほど激しい。特に、ここのような常軌を逸している場であればなおさらであろう。こちらと相手はもうすでに一蓮托生なのだ。変に強がって正確に物事を伝えないほうがまずいだろう。


『こっちも同じだ。いつまでいまの状態が保てるかはわからない。早く奴らを倒さないと駄目だけど――』


 この戦いは、どちらかが逸ったところでどうにかできるものではない。いまはまだ、目の前にいる敵の猛攻を凌ぎながら、氷室竜夫との交信をさらに深く強くすることに注力するべきだろう。


 そこで、人狼が距離を詰めてくる。巨体を思わせない速さでこちらに向かって踏み込んでくるのは圧巻というよりほかになかった。とはいっても、でかくて速い程度でどうにかなってしまうほど、楽な人生を送ってきたわけではない。大成は直剣で人狼の丸太のような腕の先にあるかぎ爪を防御。その後に、直剣を振るって反撃するが、人狼は硬化させた腕でそれを弾いて防ぐ。


 やはり、なにか策を打たなくては、奴を突破することは難しかった。氷室竜夫の状況が把握できるようになったとしても、こいつをどうにかできなかったらそれも無意味になってしまう。どうにかして、倒しうる手段を見つけなければならないが――


 そこまで考えたところで、横から気配を察知。離れた箇所からこちらを狙ってくる砲撃だ。大成は人狼を蹴りつけて後ろに離脱し、炸裂する砲弾の範囲から逃れる。炸裂した砲弾は人狼を巻き込んだものの、奴は一切防御行動も取ることも、傷つくこともなかった。


『そっちはどんなのが相手なんだ?』


 人狼から十メートルほど離れたところに着地した大成は氷室竜夫に問いかける。


『雑魚の集団に囲まれている。一体一体はたいして強くないが、際限なく出てくるから始末が悪い。そっちは?』


『こっちはとにかく強いのに行く手を遮られている。硬くて攻め手に欠いている状況だ。いまのところ他のは出てきていないが、遠くから大砲で狙われていて、それにも手を焼いているな』


『そっちも遠くから狙われているのか。こっちは遠くから弓で撃たれている。かなり遠くにいるせいで処理もできない状況だ。それがなければ、もう少し楽になったんだが――』


 向こうも、なかなかに厳しい状況であるらしかった。シチュエーションの差はあるが、厳しさの度合いとしてはたいして変わらないだろう。


 それにしてもあの双子、やはりなかなかに頭が回るようだ。こちらに対しては呪いの力による弱体化等の影響を防ぐために自身から接続を切った状態の強い個体で攻撃し、弱体化の恐れがない氷室竜夫に対しては数で圧し潰そうとしてくるとは。攻め方として利に適っている。


『ひと通り情報交換は終わったところだが、どうだ。こっちの状況はわかるようになったか?』


 大成は氷室竜夫に問いかけてみた。


『残念ながらまだ。そっちはどうだ?』


『まったくだ。しばらくお互いの状況を現在進行形で理解できるようにするために、会話を中断した方がいいと思うんだが、どうだ?』


『……そうだな。話してるとわかるものもわからなくなりそうだ。とにかくやってみよう。それ以外、できることなんてないし』


 氷室竜夫の言葉に対し『まったくだ』と返したのち、会話は中断。しかし、どことなくなにかと繋がったままの感覚があった。この感覚を、さらに広げていけばいいのだろうか?


 大成はこちらの状況など一切無視して猛攻を仕掛けてくる人狼の攻撃を凌ぎながら、それを試みた。深く、深く、深く。いまもなお頭のどこかに感じられる不思議な繋がりに対し、その先にあるものを手繰り寄せようとする。


 つかめない。その先になにかあることはわかっているのに、それをつかもうとする架空の腕は空を切るばかり。それがつかめなければ、この繋がりをさらに強くして、氷室竜夫の状況を把握することはできないのだろう。


 砲撃の爆音が聞こえ、集中が途切れる。直剣を伸縮させることによる移動でそれを回避したものの、入り込みつつあった深みから引きずり出されてしまった。


 とはいっても、すべてを無視したまま、深みに入り込むことはできなかった。人狼の猛攻と砲撃の対処をしなければ、こちらはすぐにやられてしまうだろう。なにしろこちらは死ににくいが、無敵ではなのだから。


 まだ足りない。氷室竜夫の状況がわかるようになるには、さらなる深みへと入り込む必要がある。当然、人狼と砲兵の邪魔がある状態でそれを行わなければならない。果たして、そのようなことが本当にできるのか?


 ……できなければ、無様に終わるだけのことだろう。そんなこと言うまでもないことだ。


 できるはずだと自分に言い聞かせる。氷室竜夫と交信をするこの力が一体どのような原理に基づいているのかは相変わらず不明だが、現状はそういうものなのだと考える以外できることはなかった。それについては、あとでブラドーにでも訊けばいいだろう。いまやるべきことは、この力がどんなものかを考えるのではなく、自分と氷室竜夫が相互に互いの状況を把握できるようになることだ。それがどのようなものなのか皆目見当もつかないが――


 繋がりの先にあるものに手を伸ばしていく。なにかがあることはわかっているのに、それをつかむことが未だにできなかった。


 この感覚を、氷室竜夫も感じているのだろうか? 向こうがやることもこっちと同じのはずだ。だから、似たようなことをしているはずであるが――


 これが理解できないということは、ブラドーが言った繋がりはまだできていないということなのだろう。もっと深く、もっと強く手を伸ばせ。まだ足りない。いま求めているこれは、近くにあるように見えてとても遠くにあるのだろう。もっと、もっと、もっと。さらに遠くへ――


 入り込んでいく。


 だが、未だにその目的地は見えてこない。本当に、遠くにいる相手の状況を把握できるようになることができるようになるのか?


 弱音を吐くな。大成は自身にそう言い聞かせる。ネガティブな考えをしているとできないものもできなくなるなんて甘ったれたことを言うつもりはないが、できて当然であると思っていたほうがいいのは間違いなかった。


 再び人狼が迫ってくる。大成は集中をしながら人狼の猛攻を凌いでいく。奴を倒す方法を考えなくてはならない。これも、どうするか?


 やはり、それなりの消耗を覚悟しよう。出し惜しみをしている場合ではないのは明らかだ。こっちの利点は、激しい消耗をしてもある程度であればそれを無視できることなのだから。


 やるしかなかった。


 そのために、機会を窺おう。氷室竜夫の状況を理解できるようになっていない今はまだ、そのときではない。


 戦いは、さらなる深みへと落ちていった。

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