第229話 可能性
「……そいつは実に単純明快だ」
そんな声が思わず漏れ出た。
ブラドーに言う通り、その実現が限りなく難しい。
いや、難しいどころではない。ほぼ不可能であると言えるだろう。なにしろ、氷室竜夫はこの場にいないのだ。仮に近くにいたとしてもタイミングを合わせて同時に行うのは難儀である。しかもやるのはボタンを押すなどの単純な行為ではなく、敵を倒すこと。それを遠く離れた場所にいる人間と同調して行うなど、普通に考えればできるはずもなかった。
とはいっても、この呪われた双子の倒すのであれば、その不可能を成し遂げるよりほかに道がないのも事実。なんとかしなければならないが――
『だが、それをやるにしたって、どうするんだ? 悪いが俺には遠く離れた場所にいる人間のことを把握するような能力なんてないぞ』
無線の類を持ってこの異世界に来ていたのならなんとかなかったかもしれないが、当然のことながらそんなものはない。氷室竜夫だってそんなもの持っていないだろう。あったとしても、この異世界で都合よく使えるはずもない。
なにより、自分が生きていた世界と氷室竜夫が生きていた世界はなにもかも違うのだ。使われている通信のフォーマットもまったく違うものなのは明らかである。そのうえ自分も、恐らく氷室竜夫も通信機をゼロから作れるような技術を持っているエンジニアではないのだ。それ以前に、高度な技術力を持っているエンジニアであったとしても、この状況で即座に通信機器が作れるはずもなかった。
考えれば考えるほど、ブラドーが言った案の実現は不可能であるという結論に達する。まさしく絵に描いた餅だ。絵に描いた餅であの双子をどうにかできるはずもない。
『不可能ではない』
大成の言葉に対し、ブラドーははっきりとした口調で返してきた。
『……なんだって?』
ブラドーの口調があまりにも断定的であったため、大成は怪訝な言葉を返した。
『お前とヒムロタツオには繋がりができている。それなりに強い繋がりだ。それを駆使すれば、不可能だったものを可能にしうるだろう』
『いや待て。どこにそんな繋がりなんて――』
そこまで言ったことで、大成はすぐに思い至った。自分と氷室竜夫との間にある繋がり。それは――
『奴にかけた呪い、か』
『そうだ。奴は俺の血を浴び、その呪いを受けている。それは俺たちと奴との繋がりに他ならない。それを駆使すれば、絶対に倒すことができないはずのあの双子を打破しうる可能性を見出せる』
とてつもなく細く脆い糸ではあるがな、とブラドーは付け足した。
『繋がりがあることはわかった。だが、それでどうすればいい? いきなりやれと言われてできるほど俺は器用じゃあないぞ』
『安心しろ。それは俺がやる。お前は戦うことに専念しろ。俺たちの利点はこうやって役割分担ができることなんだからな。まあ、ヒムロタツオはすべて一人でやってもらうことになるが』
『竜ってのは、そんなこともできるのか』
『ああ。高度な文明には遠隔地と即座に通信ができる技術が必須だ。これは俺たちが個別に持つ力とは違い、原理を理解していなくとも誰にでも使えるよう完全に体系化されたものでな。本来、ほぼすべての竜が使える。後天的かつ特殊な形で竜の力を手に入れたお前やヒムロタツオのような場合は難しいかもしれんが、多少のコツさえつかめればすぐにできるようになるはずだ。あのアースラという男も使っているからな』
竜どもによって構築されたそれがどんなものかは不明だが、それはきっと自分や氷室竜夫の世界にあった電話やインターネットといった通信技術に類するものなのだろう。
『それはわかった。だけど、それでタイミングを合わせて奴を倒すことなんてできるのか?』
『普通であれば難しい。だが、さっきも言った通り俺たちの場合は少し特殊だ。なにしろ、俺たちとヒムロタツオとの間にある繋がりは呪いだからな。通常よりも深い繋がりができている。無論、相手であるヒムロタツオがどこまでできるかにもかかってくるが』
『俺たちが奴らに勝って生き延びるには、氷室竜夫がどれだけやれるかにかかっている、と?』
『そうだ。だが、それは向こうも同じだ。俺たちがどれだけやれるかで勝利できるかどうかにかかっている。俺たちは奴を信用するしかなく、奴も俺たちを信用するしかない。そういう話だ』
光明は見えたが、随分と細い綱渡りである。本当にそんなことができるのか?
いや、やるしかないのだ。やれなければあの双子を倒すことはできなくなる。できなければ。その先にあるのは無様な敗走か死だけだ。
『というわけだ。俺はヒムロタツオとの交信に専念する。その間、戦闘に関してお前に助言はできん。どうにかして、あの人狼をなんとかしろ』
ブラドーの言葉を聞き、大成は構えたままこちらに睨みを利かせている人狼に目を向けた。
未だに決定打を浴びせることができていない相手。これをただ倒すのだってかなり厳しい。
しかし、これを成し遂げられなければ、その奥にいるアルマを倒すことは不可能だ。この戦いを切り抜けるのであれば、ここを踏み越えなければならないのは確実である。
「やっぱりあなた、まだ諦めていないようね。この状況でまだ希望を見出せるなんてすばらしいわ。私、そういうのが大好きなの。大きな困難を目の前にしても折れずに立ち向かっていくものたちの話とかね。自分がそれに関わることができるなんてとても素晴らしいわ。じゃあ、私も私なりにあなたに立ちはだかる壁として十全の役目をしなくちゃね。あなたがどこまでやってくれるのか、すごく楽しみだわ」
人狼の背後にいるアルマの様子は相変わらず同じだ。狂っているとしか思えない言葉を滅茶苦茶に吐き続けている。いまとなっては奴の言葉に怒りを感じることも少なくなってきた。これもきっと、慣れなのだろう。
「それじゃあ、頑張ってちょうだい。精々足掻いてほしいわ。私も立ちはだかる壁としてただ倒されるだけじゃあつまらないものね。やはり物語には盛り上がりが必要だもの。たまには、困難に立ち向かおうとする相手が負けてしまう筋だって悪くないと思うし」
それじゃあ、存分に頑張ってちょうだい、とアルマは言う。それは自身が呼び出した人狼に対していったものなのか、それともこちらに向けた挑発の言葉だったのかどうかはわからない。だが、どちらであったとしてもやることに変わりはなかった。
『ブラドー、氷室竜夫と交信するまでどれくらいの時間がかかる?』
『俺が一方的に向こうに交信するだけならすぐだが――俺たちと向こうが相互にどういう状況か把握できるほど深く交信できるようになるまではそれなりの時間がかかるだろう。これも向こうがどれだけできるかにかかっている。俺としては、できる限り早くできるよう最善を尽くすが』
『なにか、注意事項は?』
『できることなら、俺たちとヒムロタツオが相互に深く交信ができるようになるまで、あの人狼との戦闘を長引かせてくれ。あの双子を同時に倒すのなら、その前に立ちはだかっている奴を倒すタイミングも重要だからな。無理にやる必要はないが。無理に戦いを長引かせた結果、お前がやられてしまっては元も子ない。その判断は、お前に任せる』
『わかった。できる限りやってみよう。それと、氷室竜夫と相互に交信ができるようになったら、俺にもそれがわかるか?』
『ああ。俺はお前の身体を利用しているわけだからな。お前にもそれがわかるようになるはずだ。安心しろ。俺に任せておけ』
ブラドーは力強く宣言した。その言葉は、とてつもなく頼もしいと思えるものであった。
大成は、人狼に再び目を向け――
小さく息を吐き出したのち――
人狼へと向かって踏み出した。
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