第203話 燃える兵士長
自身の倍くらい体格のある存在が高速こちらに向かってくるというのはとてつもない重圧感がある。向かってくる隊長個体の重圧感に負けないよう、竜夫は敵を迎え撃った。
接近してきた隊長個体は澱みない動作で長槍を振るう。先ほど倒した個体が持っていたものよりも大きなそれは、巨大な丸太を振り回しているかのようであった。
だが、竜夫は隊長個体とそいつによって振るわれる長槍の重圧感を打ち払い、低い姿勢で前へと踏み込んでそれを潜り抜ける。
長物相手に距離を取るのは愚策だ。間合いの外に逃げ切れるときでなければ、前に出ていったほうが安全である。隊長個体の槍を潜り抜けた竜夫は銃を構え、引き金を引いた。先ほどの歩兵を打ち倒した必殺の弾丸。
しかし、必殺の弾丸は隊長個体に命中することはなかった。隊長個体はその巨躯を思わせないほど軽やかな動作で軸をずらして、放たれた弾丸を回避したのだ。
弾丸を回避した隊長個体は前へと踏み出し、その圧倒的な巨躯をこちらにぶつけてくる。
「ぐ……」
竜夫は両手に持っていた銃でそれをなんとか防いだものの、その圧倒的な重量をぶつけられて大きく背後へと打ち飛ばされた。隊長個体の巨躯をまともにぶつけられた銃は砕けて消滅する。
隊長個体は吹き飛ばされた竜夫に追撃。前へと踏み出し、巨大な長槍で突きを放つ。圧倒的な巨躯から放たれたその突きはまるで、こちらに向かってくる巨大な列車のごとき勢いであった。
竜夫は空中で姿勢を立て直してそれを紙一重で回避。突きが身体を掠める。わずかにかすめただけで内臓が抉られたかのような威力があった。常人であったのなら、内臓が破裂していただろう。それくらい強烈な一撃であった。
突きをなんとか回避した竜夫は刃を創り出し、それを投擲。投擲された刃は隊長個体の頭部へと向かい――
隊長個体は長槍を巧みに操ってそれを弾いたのちに槍を片手で持ち替え、人間の頭部ほどの大きさがある拳を竜夫へと叩きつけてくる。
回避できない。そう判断し竜夫は自身の身体から刃を突き出させてそれを防御。竜夫の身体から突き出した刃が隊長個体の拳に突き刺さる。
拳を刺し貫かれても、隊長個体は止まらない。片手に持ち替えた長槍を力任せに振り下ろしてくる。
それを見た竜夫は身体から突き出させていた刃を消し、横へと飛び退く。その直後、振り下ろされた。熱された年季の入った石畳が砕ける。片手で振り回したとは思えないほどの威力があった。
振り下ろされた長槍を回避した竜夫はすぐさま刃を創り出し、隊長個体へと接近。長槍の間合いの内側へと入り込み、刃を振るう。
だが、自身の攻撃を回避された隊長個体はすぐさま体勢を立て直し、竜夫の刃を後ろに流麗なステップをしてそれを避け、そのまま距離を取った。竜夫と隊長個体はそのまま睨み合う。
やはり、一筋縄ではいかない相手だ。これほどの戦闘力を持つのが他にもいるというのはあまり考えたくない事実だが、それに目を背けたところで現実が変わるはずもない。こいつすらも突破できなければ、この事態を引き起こした元凶を排除することは叶わないのだから。
竜夫は槍を構える隊長個体に目を向ける。
身長は恐らく二メートル半ほど。具体的な数値は不明だが、体重もその身長に相応するものがあるはずだ。体格差の有利というのは非常に大きい。体格差の有利が非常に大きいからこそ、格闘技はあそこまで階級を細分化しているのだ。
そのうえ、あれだけの巨体であるにもかかわらず、動きはとてつもなく機敏。普通であれば身長が大きくなればなるほど身体にかかる負担が大きくなって、機敏に動くことは難しくなるが、いま目の前にいる奴は人型をしているだけの存在だ。そんな常識など当てはまるはずもない。そうであったらもっとあっさり倒すことができたはずだ。
先ほど倒した歩兵と同じく、戦闘中にこちらに対応できるだけの知性と判断能力を有している。恐らく奴は、歩兵たちを倒したあの必殺の弾丸について警戒しているはずだ。その証拠に奴はしっかりと弾丸を回避している。奴も先ほどの歩兵と同様に、普通の銃弾を数発食らっても問題なく動けるだけの耐久力を有しているはずだ。必殺の弾丸を食らわすためには、奴を欺くか回避できない状況を作り出すしかない。
竜夫はまわりを見る。
あたりは相変わらず燃えている。渦巻く炎は留まる気配すらない。こんなところで足止めを食らっている場合ではないが、目の前にいる隊長個体を無視して、この状況を作り出した元凶を探すというのは確実に無理だ。その程度にはあの隊長個体は強敵である。
いまのところまで他の敵がこちらには来ていない、が――それが来ないという保証は一切ない。このまま長引けば、他の敵と遭遇する危険は高まっていく。そうならないためにも、早く奴を倒す必要があるが――
さらにもう一つの懸念は、この隊長個体にも先ほどの歩兵たちと同じく自爆機能を持っているかどうかも気になるところだ。他に敵がいない状況であれば自爆をされてもそれほど脅威ではない。だが、自爆の規模によっては危険である。爆発が広範囲に及ぶのであれば、近接した状態でそれを回避するのは難しくなるのだから。
そうなるとやはり遠隔攻撃で倒したいところである。しかし、敵の対応力を考えるに、うまくいってくれる保証はない。一度見せた手札は安易に使えないというのが戦いの鉄則である。使うのであれば、違う組み合わせでの使用が必須だろう。
やはり、あの必殺の弾丸は温存しておくべきだったか? そう思ったものの、ああする以外に複数の敵を突破できる手段は見つからなかっただろう。後悔したところで、いまの状況が変わることもないし、出し惜しみをした結果、あそこでやられてしまったらなにも意味はない。
止まっている間もじりじりと皮膚が熱くなる。きっと渦巻く炎による高温だけでなく、戦いによる高揚も関係しているのだろう。
睨み合いは続く。
向こうはこちらを倒せなかったとしてもいいのだろう。なにしろ奴は他にもいるその他大勢でしかないのだ。奴はこの状況を作り出した『何者か』によって生み出された存在である。自分が倒せなかったとしても、なにか問題があるわけではない。ここでできる限り消耗させるだけでも充分である。意思を持たない軍勢に最適な戦法だ。下手をすれば、このまま奴は『やられない』ことに終始して、こちらをひたすら釘づけにしてくる可能性もあるだろう。膠着状態になって釘づけにされることだけは絶対に避けたいところであるが――
だからといって、焦るのは危険である。極限状態であればあるほど、冷静さは必要だ。冷静さを失うのはマイナス以外の何ものでもない。それだけは絶対にあってはならないことだ。
隊長個体の顔は、不気味な兜にすっぽり覆われているためまったく見えない。だが、そこから覗く炎と同じ色をした双眸だけははっきりと見える。そこからは、はっきりとこちらを殺すという意図が見て取れた。このまま膠着状態のまま戦いを長引かせるつもりなどないと言っているかのようであった。
竜夫は歯を食いしばり、それから力を抜く。
一対一になればなんとかなると思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。この異世界に神がいるのなら、そいつはきっと人が苦しんでいるのを見て悦に浸るサディストなのだろう。そう思った。
神がいろうがいまいが、こちらがやらなければならないことは同じだ。いち早くここを突破し、この元凶を引き起こした『何者か』を倒す。ただそれだけだ。
竜夫は刃を両手に持ち替え、足もとにわずかに力を入れ――
ゆっくりと息を吐いたのち――
立ちはだかる隊長個体に向かって踏み出した。
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