第204話 燃える街の決闘は

 向かってくる竜夫に対し、隊長個体も前へと踏み出してくる。隊長個体は自身が持つ間合いの内側に入り込まれる前に長槍を薙ぎ払い、迎撃。振るわれた長槍を竜夫は自身が持つ刃で防いだものの、圧倒的ともいえる体格差で押し込まれ、後ろへと弾き飛ばされる。


 竜夫を背後へと打ち飛ばした隊長個体は力強くもう一歩前に踏み出し、突きを放つ。その一撃は巨大な鉄塊が高速で迫ってくるような重さが感じられる一撃であった。


 だが、幾多の戦いを切り抜けてきた竜夫はその程度では揺るがない。自身の身体を刺し穿つべく迫ってくる長槍を避けつつ、それを横から下に叩きつけた。強制的に軌道を逸らされた隊長個体はわずかに体勢が崩れる。


 そこを竜夫は逃さない。竜夫は隊長個体に向かって刃を投擲。それは隊長個体の頭部へと向かい――


 しかし、それは隊長個体の頭部を掠めただけに留まった。投擲された刃は、頭部をすっぽり覆っている不気味な兜をわずかに斬りつけただけで通り過ぎていく。


 その直後、突きを逸らされた隊長個体が体勢を立て直し、長槍を大きく振って竜夫を振り払う。竜夫は後ろに跳躍し、距離を取る。その距離は八メートルほど。


 やはり、一筋縄ではいかないようだ。ちょっとした隙では奴を仕留めることは難しい。体格差にものを言わせて振り払われてしまう。もっと決定的な隙を作らない駄目だ。


 必殺の武器があったとしても、当てられなければ意味はないことを強く実感した。


 竜夫は刃を創り出し、両手で持って構える。


 先ほど投擲した刃では、奴の頭部を覆っている兜に弾かれることはなく傷つけられたので、仰々しく見えるものの、防御力自体はそれほどではないはずだ。的確に攻撃を命中させられれば、仕留めることは充分可能だろう。


 長槍の切っ先をこちらに向けて構えていた隊長個体がそこで動き出す。構えていた長槍の石突きを地面に突き立てた。その瞬間――


 竜夫の足もとが変色する。それを見た竜夫はすぐさまその場から離脱。その直後、竜夫が立っていた場所に天を射抜くかのごとき火柱が舞い上がった。


 離脱してすぐに、再び足もとが変色。さらにそこから離れる。再び火柱。二発目もなんとか回避するが――


 火柱が自分の足もとに次々と舞い上がってくる。その猛攻はこちらに対し、一切の反撃をさせない怒涛の連続攻撃であった。


 八発ほど火柱を回避したところで――


 長槍の石突きを突き立てていた隊長個体の姿が消えていることに気づく。


 背後に気配。竜夫は振り向く。そこにいたのは、徒手空拳となった隊長個体の姿。隊長個体は力強く地面を蹴り、人間の頭部ほどもある拳を叩きつけてくる。


「ぐ……」


 竜夫はなんとかその拳を防いだものの、反応が遅れてしまったために大きく姿勢を崩された。


 隊長個体はその隙を逃すことはなかった。暴風のごとき豪快さのある踏み込みで距離を詰め、鈍器のような拳を再度叩きつけてくる。それはまともに当たってしまえば、骨を砕かれる程度で済まないことは明らかであった。


 竜夫は迫ってくる拳を、自身の身体から刃を突き出させて防御する。刃は隊長個体の拳を刺し貫き、致命傷をなんとか回避。拳を貫かれた隊長個体の動きが止まる。


 自爆に巻き込まれるかもしれないなど言っていられる状況ではない。そう判断した竜夫は拳を貫かれて動きが止まった隊長個体に向かって刺突を放つ。足もとから力を吸い上げるかのように全身の力を使って放たれたその一撃は最速最短の軌道を描いて隊長個体を滅するために迫っていく。


 だが、動きを止められた程度では隊長個体は揺るがなかった。


 竜夫の刃をつかんでそれを防いだのだ。それは多少傷ついたとしても問題なく動けるからこそできる芸当であった。


 隊長個体がそこで止まることはなかった。拳に突き刺さった刃を引き抜き、つかんで防いだ刃に力を込め、そのまま投げ捨てた。手を離すのが遅れ、竜夫はそのまま投げ飛ばされた。


 空中で姿勢を整えてなんとか着地。すぐに身構えるも、隊長個体に先んじることはできなかった。


 隊長個体は地面に突き立てていた長槍をその手に戻し、再び手に持つ。豪快でありながら隙が一切ない見事な突き。それは、胴体のどこに命中したとしても致命傷となる一撃であった。


 竜夫はその突きをとびあがって避ける。上を取った竜夫は、そのまま隊長個体に対し強襲を行う。


 しかし、隊長個体は冷静であった。槍を巧みに操り、上からの強襲を捌く。攻撃を防がれた竜夫は後ろへと飛び退いて着地。再び距離が開く。


 長槍の石突きを突き立てて火柱を発生させてくるとは。本当に芸達者な敵である。これほどのことをしてくる個体がまだ他にいるというのはかなり厳しい状態だ。


 とはいっても、なんとかするよりほかに道はない。ここを突破できなければ、そこで終わってしまうだけだ。それがどれだけ苦難に満ちたものであっても、やり遂げられなければどうすることもできないのだから。それは、この異世界で嫌というほど理解させられてきた常識でもある。


 竜夫は、隊長個体を見る。


 拳ごと腕を貫かれ、刃を鷲づかみにしてそれなりに傷ついているはずだが、血らしきものは垂れていなかった。顔はまったく見えないが、痛みを感じている様子もない。やはり、決定的な一撃を与えられなければ、奴を止めることはできないのだろう。多少傷ついても、気にすることなく動けるというのは非常に厄介だ。


 だが、しばらく打ち合って奴を仕留められそうな手段を思いついた。これならば、奴が自爆したとしてもなんとか回避できる――かもしれない。


 確証がなかったとしても、躊躇するわけにもいかなかった。リスクを恐れることは大事である。しかし、それを恐れた結果、つかめるはずのものがつかめなかったらなにも意味はない。なにより、つかみ損なった結果、こちらがやられてしまう可能性もある。それならば――


 やるしかない。そもそも、戦いにおいて絶対などあり得ないのだ。絶対があり得ないからこそ厳しいものである。絶対など待っていたらなにもできやしない。いや、絶対など待っていたら、それこそ敗北が約束されていると言ってもいいだろう。


 竜夫は覚悟を決める。


 うまくいかないかもしれない。うまくいかなかったらどうしようという考えを頭から追い出していく。


 前へ進め。お前にできることはそれしかない。そうしなければ、なにもつかむことなんてできないんだから――


 竜夫と、隊長個体が動き出したのは同時だった。しかし、先んじることができたのは間合いが広い隊長個体のほう。それでもいい。敵は長物を持っている以上、離れている状態でそうなるのは必然だからだ。


 隊長個体は長槍で突きを放つ。巨躯と巨大な獲物から放たれるそれは、本能的にこちらを竦ませる強さがあった。


 だからといって、怯むわけにはいかなかった。ここで怯んでしまったら、なにもつかめなくなるのだから――


 竜夫は突きを回避し、それを地面に叩きつけて――


 力を注ぎ込んだ。


 竜夫の力を注ぎこまれた長槍から、無数の刃が弾けるように突き出して――


 隊長個体の身体にいくつも刺し込まれる。上半身の至るところを刺し貫かれた隊長個体は動きが止まり――


 無音のまま身体を痙攣させ――


 それを見た竜夫はすぐさま背後へと飛んで離脱。その直後、隊長個体と持っていた長槍が爆発した。竜夫はその衝撃と熱を空中で受けたものの――


 問題なく地面へと着地する。


「なんとかなった、な」


 小さく呟き、あたりを見回す。


 そこにはもう、自分以外の姿は完全に消えていた。自身の目論見がなんとかうまくいったことが確認でき、胸をなでおろした。


「……これで終わりじゃない。まだ先に進まなくては」


 倒すべきはあの歩兵たちじゃない。倒すべきはこの街をこのような地獄へと変えた竜たちの刺客である。


 前に進もう。そうしなければ、この街がどうなってしまうのかもわからないのだから。


 竜夫は、燃えている街をさらに前へと進み出した。

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