第202話 戦場における在り方は

 竜夫が動き出すと同時に、三体の歩兵も動き出した。二体が散開して竜夫の横に回り込み、三方向から迫ってくる。


 竜夫は、真正面にいる個体を狙った。竜夫の踏み込みは、横に回り込んだ二体の歩兵を先んじて、正面にいる個体を捉えた。刃を振るう。


 しかし、歩兵は長槍を巧みに操って竜夫の一撃を防いだ。正面にいる歩兵に攻撃を防がれた直後、回り込んでいた二体が迫ってくるのを察知。すぐさまその場から離脱する。竜夫は自身に迫ってきた二本の長槍をすり抜けるようにして回避。再び三体の歩兵を視界へと収める。


 やはり、三対一の状況では思うように反撃することは難しい。向こうは間違いなく竜の力によって創られた存在である。自身がダメージを負うことはもちろんのこと、同士討ちを恐れることすらない。確実に倒しきることができなければ、自分を犠牲にしてこちらを倒そうとしてくるだろう。


 恐れや躊躇がない存在というのは、いまのような命を賭けた極限の状態においてかなりのアドバンテージを誇る。恐れや躊躇がないことは、戦闘能力の差が相当にあったとしてもそれを埋めうる場合がある。恐れや躊躇というのは、人間のように意思と知性を持つ存在がどうあっても脱却できないマイナス効果に等しい。


 サイコパスと呼ばれる人々が戦場においてもっともすぐれた兵士になるというのも頷ける。彼らは衝動的で共感性とともに恐怖など欠落していることも多い。そんな人間になりたいとは思わないが。


 いま目の前にいる歩兵たちはそれよりもさらに戦場に適した存在だろう。それなりの知性がありながら恐怖も躊躇もないうえに、自身がやられたときには自爆して敵を巻き込む。まさに理想の兵士と言える。


 なんの損害をなくこの兵士たちを倒すのは無理かもしれない。このあとにも確実に戦いが控えている状況である以上、消耗は避けたいところであるが、消耗を避けた結果、やられてしまったら元も子もない。これはゲームとは違ってリセットボタンもリスポーンもないのだ。死んだらそこで終わりだ。


 そう思うと、この場に渦巻く熱によるものではない嫌な汗が滲み出てくる。


 幾度となく戦いを超えても、死への恐怖は消えてくれない。だが、その恐怖がなくなってしまうのは恐らく、人間として超えてはならない地点を踏み越えてしまうことだろう。竜の力を得た自分の身体はもうすでに人のものではない。そうである以上、この精神――心の在り方まで人でなくなってしまうことは避けたかった。


 竜夫は前を見る。


 相変わらず後方にいる隊長個体は動き出す気配はない。長槍を携え、こちらを見定めるように注視している。


 不気味な兜によって頭を覆われている奴がどのような表情をしているのか不明だ。三対一で四苦八苦しているこちらをあざ笑っているのかもしれないし、そうじゃないにかもしれない。


 隊長個体がどのような思惑があったとしても、奴を倒さなければ道は開かれないことに変わりはない。


 なんとしても奴らを打ち倒し、前に進むしか他に道はなかった。この街をこのような地獄へと変えた竜たちの刺客にその報いを受けさせるのであれば。


 竜夫は敵を警戒しながら考える。


 奴らを打ち倒すにあたって一番のネックは、奴らが倒した際に自爆することだ。それに巻き込まればれこちらもやられかねない。先ほどの威力を考えれば、それは充分に考えられるだろう。


 とはいっても、生半可な遠距離攻撃では奴らを止めることも難しい。銃弾を数発食らった程度では倒れないだろう。


 刃の投擲であれば、頭部やどこかにあるはずの核を破壊して倒せるようだが――振りかぶる必要があるので二度目はできるかどうかわからない。


 大砲でも倒すことは可能であるが、三対一の状況であれを撃てるだけの隙が生じるかどうか? 歩兵たちの動きは決して遅いわけではない。大きな大砲を撃てばそれだけこちらに生じる隙は大きいのだ。その隙を残りの二対に突かれることを考えると、少しばかりリスクが大きいか。


 一応、こちらに攻撃を仕掛けてくる三体の歩兵を倒しうる手段はあるものの、それを行うにあたってネックになってくるのはやはり倒した際の自爆である。近場で三体が同時に自爆されて、こちらが耐えられるかどうかはわからない。


 どうしたものか? こんなところで足踏みをしている場合ではないのだ。なによりも早く、この街をこのようにした元凶を排除しなければならない。仮に、もうすでにこの街に生き残りなどいなかったとしても。それ以外、いまの自分にできることなどないのだから。


 そこで、三体の歩兵が動き出してくる。二体が散開し、三方向からの長槍を構えた突進。


 竜夫は歩兵がいない方向へと飛び、三体を視界に入れる。後ろへと飛びつつ、銃を放つ。突撃をする歩兵の一体に銃弾は命中。しかし、その動きは止まらない。こちらを刺し貫くべく、一心不乱に突進してくる。


 やはり、危険を承知で近接して倒すしかないか? 竜夫は敵の突進をなんとかかわしながらそれを考える。


 なにか、なにかこの状況を打破する手立てはないのか?


 そこまで考えたところで気づく。


 遠距離からでも倒しうる手段を。それも、うまくいきさえすれば二体同時に倒すことも可能な手段を。


 竜夫を敵の突進を飛び、後退し、踏み込んでなんとか回避を続けながら、その手段がどこまで有効かを。


 考える。


 ……恐らく、最初だけはうまくいくだろう。そこで二体倒すことができれば戦局はかなり押し戻せる。他の個体が追加されなければ、歩兵と隊長個体の一体ずつ。二体失われた状況で他の個体を追加していないことを考えると、あの隊長個体に追加で歩兵を呼び出すことはできないと思われるが――


 どうであったとしても、やるしかなかった。これ以外、この状況を打破しうる手段はありそうになかった。


 竜夫は手に持っていた刃を消し――


 両手に銃を携えた。


 それを、左右から突進してくる歩兵に向かって――


 引き金を引き、銃弾を放つ。


 放たれた銃弾は二体の歩兵へと命中し――


 撃たれた歩兵の身体の内部から無数の刃は突き出し、その身体を引き裂いた。身体を内部から引き裂かれた歩兵は動きを止め、そのまま爆散する。


 身体を内部から引き裂かれるのを確認した竜夫は前へと踏み込んで自爆を回避し、最後の一体へと接近。銃を歩兵の身体に押しつけ――


 銃弾を放つと同時に離脱する。


 撃たれた歩兵は先ほどの二体と同じく身体の内部から無数の刃が突き出し、そのまま身体を引き裂かれて動きが止まり、そのまま自爆。


 竜夫が歩兵に対して行ったのは、敵の身体に自身の竜の力を流し込み、その身体の内部から刃を創り出すことだ。自分以外のものに、自身の竜の力を流し込んで刃を創り出すことはできたのだから、その力を放つ銃弾に流し込んで遠距離から同じことができるのではないかと考えたのだ。


 その目論見はなんとかうまくいったのは、敵がまだこちらの銃弾を食らっても致命傷にはなり得ないと判断していたからこそだろう。


 竜夫は最後に残った隊長個体に目を向ける。


「…………」


 隊長個体は無言のまま長槍を構え直し、すぐさま臨戦状態へと移行して――


 その巨躯には似合わないほどの速度で、こちらに向かってきた。

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