第171話 狙い打て

 地面を蹴り急速に接近した竜夫は刃を振るう。竜夫の刃は男の腕とぶつかり合った。


「ち……」


 先ほどまで余裕でタツオの刃を打ち払っていた男の顔がわずかに歪み、半歩後ろへと後退。とてつもなく重かったはずの男の身体が確かに軽くなったように感じられた。


 竜夫は訪れた好機を逃さない。後退した男を追って、前へと踏み出して刃を振るう。


 再び男の腕と衝突。男の腕は竜夫の刃に弾かれ、わずかに姿勢を崩した。


 そこで竜夫は左手にも刃を創り出して、それを振るう。創り出したのは、極薄の刃を持つ魔剣。片手で振るわれたその刃は男の肩口から食い込み、そのまま両断する。


 だが、鎖の集合体である男は身体を両断された程度で動きが止まることはない。男の身体から離れた肩口から先の部分が弾け、散弾と化した。ただの一発でも人体を容易に破壊しうる嵐のごとき暴力が竜夫に襲い来る。


 竜夫は右手に持っていた刃に力を注ぎ込み肥大化させて、楯の代わりとし、その嵐のごとき暴力を防いだ。間に合わせで創り出した楯はすぐに砕けて消えるが、一瞬だけでも防げればそれで構わない。わずかでも猶予を作れれば接近できる。わずかばかりの時間を作り出した竜夫は左手に持っていた刃を両手に持ち替え、それを振るう。およそすべてを切り裂くことを可能とする魔剣は肩口から先を失った男に吸い込まれ――


 その首を両断した。通常であればそれで終わるが――


 首を両断された男は首を失ったままこちらに接近し、正拳を放ってきた。男の硬く重い一撃が竜夫に迫る。


 しかし、竜夫は揺るがない。いま目の前にいる敵は首を失ってもなお動き出すことがわかっていたからだ。竜夫は冷静に男の拳を迎撃。圧倒的な切れ味を持つ変わり極めて脆い刃は男の拳を防いだところで砕けてしまう。


 だが、問題はない。致命的となりうるその一瞬だけ防げるだけで事足りるのだ。男の拳を回避した竜夫はさらにもう一歩近づき――


 大砲を創り出し、それを男の身体に刺し穿つようにして叩き込み、ゼロ距離で発射した。ゼロ距離で放たれ、炸裂した砲弾は男の胸のあたりから上をすべて吹き飛ばし――


 残った胸から下の部分も大きく弾き飛ばした。


 ゼロ距離で大砲を放った竜夫もその反動で後ろへと大きく後退。すぐさま姿勢を立て直し立ち上がり、煙が巻き上がるほうへと目を向ける。男との距離は十五メートルほど。


 煙が晴れる。そこには、胸から上を失ってもなお立ったままの男の身体があった。距離を保ったまま竜夫は刃を創り出して、残った身体を警戒する。これで、終わってくれればいいのだが――


「本当に忌々しい。どこまで俺の邪魔をすれば気が済むのか。たかが人間風情が」


 どこかから男の声が響き、その直後に竜夫の攻撃によって失われたはずの男の胸から上が再生。蠢くように再生していく鎖はどこか醜悪さを感じさせるものであった。

 これでも倒せないか。竜夫は心の中で小さく吐き捨てる。


 問答無用で身体を大きく吹き飛ばせば、そのまま奴の核を破壊できるかと思ったが、そう事はうまく運んでくれないらしかった。


 いまので破壊されないとなると、どこかに存在するはずの奴の核は、奴自身の手で動かせるのかもしれない。


 そうなってくると、奴が自身の核を移動させる前にそこを正確に狙い打つか、もしくは一瞬で全身を消し飛ばす以外他に手段はない。どういうわけか介入してきた彼の力によって弱体化したとはいえ、奴の身体はとてつもなく頑丈だ。頑丈なものを一気にすべて消し飛ばすというはなかなか難しい。先ほどのように大砲をゼロ距離発射しても消し飛ばせるのは上半身が限界だろう。全身を一気に消し飛ばすには威力が足りない。


 やはり、核を正確に狙い打つしかないのか? だが、自在に移動させられる核をどのように見つけるのかという問題が降りかかってくる。奴の身体のどこかにあるはずの核は、当然のことながら自分からは見えないのだ。やたらめったらに攻撃して当たるのを祈るなんてことは当然やっていられるはずもない。


 ではどうする? どうすれば奴の核は見つけられるのだろう? 自分と同じく弱体化しても、それをどうにかできなければこちらに勝機はない。長期戦になれば、連続戦闘で疲弊しているこちらが不利であることは言うまでもなかった。


 どうする? 竜夫は男に目を向けたまま、それを考える。


 四肢を切断して行動不能してから、切断した部位を消し飛ばしていくか? 一度に全身を吹き飛ばすことはできなくとも、ある程度分割すれば先ほどのように消し飛ばすのは可能であるが――


 しかし、奴の再生力を考えると、四肢を切断してから悠長に一つずつ切断した部位を破壊していられる時間があるとは思えなかった。最初に破壊した部位に核があればいいが、そうなると不確定要素が絡んでしまう。戦いにおいて希望的観測の不確定要素に頼るのはよろしくない。自分の運がいいか悪いはさておき、五分の一、あるいは六分の一を最初に引ける確率はそれほど高くないのは明らかである。そして、そのチャンスは一度きりだ。


 確証はないものの、身体を切り離してしまえば他の切断された部位に核を移動させることはできないはずであるが――それでも奴の再生力に先んじて破壊できるのは精々二つといったところだろう。それでも確率は首を切り離した六分割であれば三分一、首を斬り落とさない五分割であれば五分の二。半分以下の確率。お世辞にも高いと言えるものではない。


 では、どうすればいいのだろうか? つくづく厄介な相手だ。もっと楽な相手がよかった。竜の力を持った相手との戦いで楽だったことは一度もなかったが。


 それでもやるしかない。相手も自分と同じく弱体化したとはいえ、分が悪いのは依然こちらである。なんとしても、この状況を打開できなければならないのだが――


 竜夫は離れた箇所にいる男に目を向ける。


 こちらに比べれば余裕がありそうな状況だ。打ち合った感触からして、彼の力による弱体化は決して小さなものではないが、それでも不利なのはこちらだろう。彼の力によって弱体化を受けているのはこちらも同じなのだ。


 そこまで考えたところで、気づく。


 奴が持っている力は、竜の力によるものである。そして、ハンナやあの三人の刺客たちがこちらを見つけられたのは、竜の力を探知したためだ。であるならば――


 自分にだって、その探知はできるのではないだろうか? 何十、何百メートルといった広範囲でなくていい。目の前にいる敵の核を探知することくらいはできないのか?


 いや、できるはずだ。竜夫は心の中で首を振り、自身の思考を否定した。


 竜夫は、さらに強く男を注視する。


 深く深く深く。その内側にあるはずのものを見るために、さらに深いところへと視線を向けていく。相手に警戒をしたまま、さらに深いところまで踏み込んでいく。


 敵が動き出すのが見える。金属が擦れるような音が耳を打つ。


 竜夫はまだ動かない。構えた男は地面を蹴る。その動きは重い鎖の塊とは思えないほど速く、軽やかなものであった。


 巨大な山が高速で迫ってくるような圧迫感。それが真正面から接近してくる。


 それでも竜夫は動かない。ぎりぎりまで見えないものを見るために、迫ってくる男を注視する。


 男はさらに迫る。その重圧はまるで津波が迫ってくるよう。


 竜夫はまだ動かない。外界にあるすべてのものが遅くなったように感じられた。


 男はもう三メートルほどのところまで近づいていた。まだだ。まだ引きつけろ。確実に、奴を仕留めるために。


 男はさらに距離を詰め、一メートル半のところまで近づいてきた。敵も自分も間合いの中。男はそこで大地から力を吸い上げるようにして拳を放ってくる。そこまで接近したところで――


「見えた」


 竜夫は小さくそう言って――


 こちらに放たれた拳を翻るように回避して――


 やっと見えた男の核があった場所へと、刃を突き立てた。


「き、貴様」


 男の動きが縫いつけられたかのように静止する。竜夫が刃を突き立てたのは、男の右腿。そこには確かに、身体を構成する鎖とは違った感触が感じられた。


 竜夫は、男の腿に突き立てた刃を爆散させる。男の足は、その爆発によって吹き飛ばされ――


 足を失った男はそのまま倒れた。


 しばらく警戒を続ける。しかし、核を完全に破壊された男は動き出すことはなかった。それを確かに確認した竜夫は動かなくなった男に背を向け――


「行こう」


 どこかから他人の身体を操る男を倒すために、アースラが指定した場所へと動き出した。この長い戦いに終止符を打つために。

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