第160話 向かうべき場所
彼女は無事だ。心配するな。どこかで落ち合おう。
意識が城に包まれると同時に視界に現れたのはそんな簡潔な文章だった。そのあとに番地が表示される。そこは、本来待ち合わせる予定だった場所とは逆方向だった。
言うまでもなく、このような真似ができるのは一人しかない。ハンナが持っていた竜の力を受け継いだアースラである。
みずきが無事。それが確認できただけでも竜夫の心は安心できた。よくよくセーフハウスの中を見渡してみても、どこかで争った形跡はまったくない。彼女は、アースラの力を借りてここから逃げたのだと思われる。無数の身体を同時に操れる奴を相手に、アースラ一人でどこまで守れるのかはわからないが、彼女が一人でいるよりは安全なのは明らかである。
だが、余裕はない。アースラの能力は他者を幻惑し、時間を稼ぐのに特化した能力だ。敵を打ち倒す力は欠いている以上、できることは負けないことである。勝ちにいくことは難しい。それは能力を持っている彼自身がよくわかっていることだろう。だからこそアースラはこちらと接触をしてきているのだ。
「てことは、さっき彼が突然動かなくなったのも――」
それも間違いなく、アースラの仕業だ。こちらに接触すると同時に、彼に対しなにか茶々を入れたのだろう。そうでなければ、戦いの最中にあのようなことになるはずがない。すぐに追ってきていないことを考えると、しばらくはあのような状態になっているはずであるが――
それはいつまでも続かない。そう遠くない時間に、彼は動き出すはずだ。彼はこちらのことをなんらかの方法でしっかりと捕捉している。であれば、動き出したのなら、すぐに追いついてくるだろう。アースラに援護によって作られたわずかばかりの猶予を浪費するわけにはいかない。できることなら、十全かつ万全な形で使いたいところだ。
もう一度ひと通りセーフハウスの中を確認し、敵の姿とみずきの姿がないことを確かめたのち、竜夫は開いていた窓から外に出た。
街は相変わらず人の姿が見られない。死んだように静まり返っている。彼がやったなにかがまだ効果を発揮しているようだ。あとどれだけこの時間が続くのかわからないが、どうにかして切り抜けるしかない。
竜夫はあたりを警戒する。
こちらに近づいてくる気配も、むけられる視線も感じられなかった。恐らく、彼はまだ動き出していないのだろう。そして――
こちらを狙っている、未だ名も知らぬ奴はみずきのほうに注視しているらしい。少し前のような、べっとりとした無数の視線はこちらには向けられていないようである。
できることなら、こちらへの警戒が弱まっている間に、奴の本体を見つけ出して始末したいところである。だが、どこの誰がどこにいるのかもわからない以上、その実行は不可能だ。素性か居場所のどちらかが判明しない限り、その行動を実行に移すことは難しい。
しかし、アースラであれば奴の居場所、もしくは何者であるかを判明させることもできるかもしれない。奴を打ち倒すのであれば、アースラとの接触は確実に必要だ。そうしなければ自身の安全も、みずきの安全も確保できない。
とはいっても、無数の身体を同時に動かせる奴だ。最低限、こちらにも警戒は向けているだろう。自分が狙われているとわかれば、なんらかの対処は必ずしてくるはずだ。そもそも奴は無数の身体を同時に操れるのである。無数のある目をかいくぐって不意を打つのは不可能に等しい。
竜夫は宙に飛び上がって、建物の上に着地する。街には人の姿はなく、こちらの居場所はすぐに知られてしまうのだ。細々とした地上の道を移動するより、建物の上から最短距離を移動するほうが効率的だ。
竜夫は軽やかな足取りで建物の上を駆けていく。
「……っ」
やはり、身体は思うように動いてくれない。彼が持つ能力による影響はまだしっかりと残っている。こちらも消えてくれる気配はない。そんな状況で、一体いつまで身体を動かせるだろうか? そう思ったが、動かなくなってしまったら終わりだ。そうである以上、なにがどうなろうが身体を動かすよりほかに道はない。
状況をもう一度確認しよう。
なによりまずはアースラと接触する。それができなければ、最大の脅威である奴の排除は不可能だ。
みずきを助けたアースラたちも恐らく、奴に狙われている。アースラの能力は強力ではあるが、基本的に戦闘向きの能力ではない。能力を使っても戦闘を回避できなくなったら、かなり危険だ。そうなる前に、二人に接触しなければならない。
もう一つの脅威である彼は、いまのところアースラによって行動不能状態だ。だが、それも時間稼ぎでしかなく、いずれ彼も動き出す。奴との決着をつけるまで動けない状態であってくれればいいが、そう都合よくはいなかいだろう。奴との決着をつける前に、彼の邪魔が入ることは織り込んでおくべきだ。死からも再生できる力とこちらを弱体化させる力はとてつもなく脅威であるが、彼が狙っているのは自分だけのはずだ。アースラと接触し、他に仲間がいるとなれば、彼もいままでのようにしかけてはこないだろう。彼が動けなくなっている間に、こちらがどこまで動けるかが鍵になってくる。
アースラと接触でできたら、自分を狙っている奴の居場所を探る。アースラの能力であれば、奴の居所や何者であるかを多少なりとも知れるはずだ。
果たして、時間の猶予はどれくらいある? ひっくり返っても、余裕があるとは考えにくい。余裕のない中で、どこまでやれるか?
いや、と竜夫は首を振る。
やれるかではなく、やるしかないのだ。いままでと同じように。できなければ、こちらが追い詰められるだけだ。
かなり綱渡りの状態であるが、その綱渡りも成功させなければ、未来はつかめない。それは自分のためでもあり、彼女のためでもある。いまはとりあえず、なによりも前に進め。
そんなとき――
こちらに視線が向けられたことに気づく。相変わらずべっとりとした視線だ。どうやら、奴がこちらへの警戒を強めたらしい。
だが、こちらに向かってくる気配はない。アースラたちのほうにも警戒をしているせいか、それとも別の狙いがあってそうしているのかは不明であるが――
向かってこないのであれば、前に進むだけだ。
どのようしても自分には無数の目を持つ奴を欺くことはできないのだ。であれば、隠れる意味などない。堂々と向かってやる。邪魔をするのなら、やってみるがいい。奴がどんな力を持っていようと立ち向かい、打ち破ってやる。
竜夫は建物の屋根を蹴り、細い通りを挟んだ向かいにある建物の屋根へと着地。すぐさま駆け出し、建物の上を次々と飛んで移動していく。
あと少し。というところで――
「悪いが行かせん」
こちらの行方を阻むかのように、男が現れる。顔色の悪い、痩せた男。その姿を見た竜夫は立ち止まり、右手に刃、左手に銃を創り出す。
「ふん。本当に面倒な連中だ。俺の手をここまで煩わせおって。本当に忌々しい。どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ?」
「邪魔しているのは、そっちだろ」
「ほう口答えか人間。まあいい許してやる。もとより貴様は存在そのものが不敬。その程度許してやるのも器量というものだろう。それではもう一度問うが、気は変わったか?」
「そんなもん、変わらねえよ」
竜夫は男に向かってそう吐き捨て――
刃と銃を構え、四度目の対峙となる相手へと向かって突貫した。
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