第153話 能力の解体

 竜夫はさらに重くなった身体に鞭を打って、青年が放ってきた赤い矢を回避していく。刃で弾き、銃で撃ち落とし、飛び、身体を翻し、前や後ろに踏み込んで回避をし続ける。


 竜夫は、考える。


 どうして、この戦いの最中に異変が生じたのか? この戦いが始まる前、自身に襲っていたあの倦怠感が強くなったのは何故だ? 彼は自分と戦っていただけだ。こちらになにか仕掛ける素振りなど一切なかったはずである。


 それなのに何故、この場面で身体を襲う倦怠感が強くなったのか?


 考えられるのは、いま自身を襲う倦怠感のもとのなった『なにか』が遅効性であることだ。遅効性であったのなら、一度目の戦闘でこちらに行われた『なにか』が時間経過によって強まった、となってもおかしくはないだろう。


 だが、一度目の戦闘を行ったのはせいぜい長くとも数十分ほど前だ。時間経過によって強まるのなら、効果が出てくるのはもっと遅くなるのではないかと思う。いまもなお自身を襲う倦怠感が発生したのは、一度目の戦闘の後、あの場所を離れて少し経過してから――恐らく数分というところだろう。


 であるならば、いま自分を襲っている『なにか』は時間が経てば経つほど強力になるタイプのものであるとは考えにくい。時間が経てば経つほど効果が強くなるのであれば、身体を蝕んでいくその速度はもっと遅いものになるだろう。いま自分を襲っている『なにか』は数分程度のタイムラグしかなかった。だから、恐らくあれば多少のタイムラグがある即効性のものであるはずだ。


 そしていま、自分が受けていた『なにか』の影響が強まっている。そうなると、考えられるのは――


 彼は戦っている最中に、こちらの身体に強い影響を与える『なにか』を追加したことになる。戦っていた彼が、なにかおかしな素振りは――


 そこまで考えたところで思い出す。


 一つだけある。彼の戦いの中での不審な行動。それは――


 彼は、前に出てこちらの不意を突く攻撃手段として自傷行為を行っていた。手に持っていた赤い直剣だったものを自身の胸に突き刺し、そこから刃を創り出して行った攻撃。何故、あの場面で彼は自分の身体を傷つけるようなことをしたのだろう? 死んでも復活できるほど強力な再生能力を持つからといって、わざわざそんなことをする意味があるのか? 不意を突くのならもっと他に手段はあったはずだ。それなのに、何故?


 竜夫はさらに深く思索へと入り込んでいく。


 死なないからといって、ただの気まぐれでそんなことをしたとはどうしても思えない。彼はかつて戦ったバーザルたち同じく、殺しのプロだ。そんな奴が、無意味な行いをするはずがない。


 そうなると、彼が行ったあの自傷行為にはなんらかに意味があって然るべきである。それは一体なんなのか?


 竜夫はさらに思考を回転させる。


 あのとき、なにが起こり、なにが変化したのか? それを、思い出せ――


 そこまで考えて、気づく。


 彼が胸に赤い直剣だったものを突き刺した瞬間、彼のもっていた直剣はもとの禍々しい色をした赤い直剣へと変化した。


 となると、あの赤い直剣は自身の血を固めて創り上げたということになる。


 そして、こちらと接近した状態で背を向け、心臓を突き刺して大量のばら撒かれた血は自分にも降りかかっている。


 答えは血。


 彼の体内に流れる血が、いまの自分を襲っている倦怠感を生み出していたのだ。呪いのようなものだろうか。呪いの血とそれを操る力。それが、彼がもう一つ持つ竜の力――


 そこまで考えたところで、竜夫は引っかかった。


 軍の人間である彼も間違いなく、自身の身体に竜の魂を転写されているはずだ。現に彼は超常たる竜の力を駆使している。てっきり、彼が持つ再生力がそれだと思っていたのだが――


 竜が持つ力というのは基本的に一つだ。複数扱えても、それは極めて似たような力になるか、別のように見えて根本的には同じものであるというパターンである。いままで戦ってきた相手にもまったく違う性質を持つ複数の竜の力を操る敵はいなかった。


 彼は、二つの竜の魂を転写された人間なのか?


 竜というのは巨大な存在だ。大きな身体を持ち、人間からははかり知らない大きな力を駆使し、人の何百、何千倍もの時を生きる存在だ。現にこの異世界はかつていたという竜たちによって支配されていたという。


 そんな存在を二つも引き入れられるとは思えない。この異世界に来た初日のことを思い出す。最後の竜がすべてを自分に与えてくれた瞬間、自分はいままで感じたことがないほど強烈な熱が感じられたのだ。身体のすべて容易に溶かすほどの熱量。あの瞬間、どうなっていたのかはわからないけど、自分が感じていた通り、どろどろに溶けていてもおかしくなかった。それくらい強烈なものだった。


 そんなものを二つも受け入れることなんてできるとはどうしても思えない。なにかからくりがあるのか、それとも――


 考えたところで、彼が死からも復活できる再生能力と、こちらを著しく弱体化させてくる呪いの血の二つを駆使してくることに変わりないない。


 果たして、どうする?


 これ以上、下手に血を浴びるのは危険だ。いまは強烈な倦怠感に襲われている程度だが、あと二回三回四回と血を浴びれば、その影響はさらに強まっていくだろう。何度も血を浴び、呪いが強まっていけば、死んでしまう可能性も充分にある。


 それにもう一つ。


 彼が持つ直剣は、その血で作られたものだ。である以上、あの剣にも同じく呪いの力があるのは明らかである。あれで傷をつけられても、呪いの影響が強まっていくだろう。その呪いの力を持った直剣で致命傷となる一撃を食らってしまったら――


 間違いなく死んでしまうだろう。そんな考えが頭に過ぎると同時に、強烈な死の匂いが感じられた。嫌な汗がにじみ出してくる。


 死ぬかもしれない。この異世界に来てから、そう思ったことは幾度となくあったにもかかわらず、いま感じられる死の気配はいままでとは比べものにならないほど強力であると思えた。


「来ないのか?」


 死しても復活を果たす青年は明らかに余裕が感じられた。死んでも復活できるのだ。それも当然だろう。


「殺しても死なない相手を殺す方法が見つからなくてね。困ってるのさ」


 竜夫はさらに強まった倦怠感に堪えながら、できるだけ平静を装って軽口を返す。


「困っているのであれば、さっさと諦めてくれてもいいんだが」


「残念だけど、そういうわけにはいかないね」


 竜夫は刃を片手に持ち替え、左手に銃を創り出し、それを放った。


 当然のことながら、放たれた弾丸は容易に回避される。


「……そうか。ならば、俺も力づくで貴様を殺すしかあるまい」


 青年は直剣を構える。隙のない、オーソドックスな構え。


 竜夫も、刃と銃を握り直す。


 そこで、もう一つ不審な点に気づく。


 どうして奴は死からも復活できるほどの再生能力を持っているのにもかかわらず、こちらの攻撃を回避していたのか。死からも再生できるのなら、わざわざ避ける必要がないはずだ。にもかかわらず、避けていたということは――


 奴は死から復活できる回数には制限ある。もしそれが無制限であったのなら、攻撃など避ける必要などまったくないからだ。そう考えると、恐らくそれは、それほど多くないはずであるが――


 数に限りがあろうと、何度も蘇って立ち上がってくるのはとてつもない脅威だ。一体、あと何回殺せばいいのだろう? 少しでもそれが見えてくればいいのだが――


 やはりそれも見えてこない。


 敵の能力が割れた以上、この死からも復活を果たす再生能力をどうにかできれば、彼を倒すこともできると思うが――


 死なない存在を殺す手段とはなにか? 都合よく、死なない人を殺せる武器がそこらに落ちているはずもない。


 どうする? 竜夫は自身に問いかけた。当然、答えは出ない。


 睨み合いは続く。二人を隔てる距離は六メートル程度。それはあまりにも心許ない距離。竜夫は、いつでも動き出せるよう、石畳を軽く踏み込んだ、そのとき――


 感じられたのは、この世のものとは思えない、ふわりとした不思議な香り。


 その直後、彼は石畳に膝を突いた。そのまま動かなくなる。一体、なにが起こったのか? 突然の出来事に困惑するしかなかった。


 竜夫は身構えたまま、膝を突いた青年を注視する。


 動き出す気配はまるでない。こちらの隙をつくために、このような行動をしているとは思えなかった。動かなくなったのなら――


「……行こう」


 まったく微動だにしない青年を一瞥したのち、竜夫はそう呟いた。限界があると言っても、彼は幾度となく殺さなければならないのだ。いまはそんな相手と戦っている場合ではない。


 竜夫はみずきのことを思い出した。


 二度自分を襲った、いまで姿の見えぬ『何者か』――その魔手が届く前に、みずきを助け出さなければ。


 竜夫は再び飛び上がって建物の上へと着地し――


 みずきがいるセーフハウスへと、最短距離で向かっていった。

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