第152話 限界を超えて

 ケルビンとヒムロタツオはお互い二歩ほど踏み込んだあたりで衝突する。ケルビンの直剣とヒムロタツオの刃が打ち合った。依然として人の姿が絶えたままの街の中に甲高い音が響き渡る。


「く……」


 ヒムロタツオは声を漏らし、わずかに顔を歪め、ケルビンの直剣に押し込まれて後退。やはり、呪いの影響は出ているようだ。


 ケルビンは押し込んだヒムロタツオを追撃。一歩前に踏み出して、直剣を振るう。ケルビンの直剣は赤い軌跡を描きながらヒムロタツオへと向かっていく。


 だが、呪いの影響を強く受けていようと、ヒムロタツオは崩れない。ケルビンの直剣に合わせて刃を当てて、こちらの攻撃を相殺する。力を削がれても、彼が持つ技術や経験が損なわれることはない。呪いの影響を受けてもなおここまで食い下がってくる相手はいままでいなかった。敵ながら、見事というより他にない。


 とはいっても、長期戦になれば有利なのはこちらだ。先ほど命を消費した際に降りかかった血によって、ヒムロタツオが受ける呪いの影響はさらに大きくなる。そうなれば、拮抗しているいまに状況を崩しうるだろう。


 懸念材料があるとすれば、ブラドーの呪いの血は影響が出始めるまでに多少に時間の必要とすることだ。通常であればその時間はたいしたものではないが、戦いにおいてはそのわずかな時間が勝敗を決することも少なくない。拮抗したいまのような状況であれば、そのわずかな時間というのは決して馬鹿にはならないものだ。


 時間を稼げばそれでいいが、ヒムロタツオほどの敵を相手にして下手に消極的になればそのまま押し切られてしまうだろう。もうすでに向こうにはこちらが死からも再生できることを把握されている以上、不意打ちは通用しない。


 こちらの残りはあと五回。先ほど自傷した際に降りかかった血により呪いの影響が出始めるまでの時間を稼ぐには充分ではあるが、万が一という可能性は捨てきれない。油断と慢心は大敵だ。いつだって、万全を期しておく必要がある。呪いの影響が出始める前であっても始末できるよう、積極的に前に出ていくほうがいい。


 ケルビンの一撃を相殺したヒムロタツオはそのまま攻勢へと転じる。前へと出て、武骨な刃を振るう。それは極めて鋭く無駄のない、目の前にいるこちらをただ斬り捨てることだけを考えた一撃であった。


 見惚れるほど見事な一撃をケルビンは直剣で防御し――


 衝突の瞬間に弾かれた。ヒムロタツオは刃を直剣にぶつけたと同時にそれを自壊させることで瞬間的に大きな力を発生させたのだ。その衝撃によってケルビンは後退させられる。


 刃を自壊させて素手となったヒムロタツオはそのまま前へと踏み出してきた。隙ができたケルビンに肩をぶつけてくる。


「が……」


 生じた隙に肩を叩きこまれたケルビンは苦悶の声を上げた。自分の身体を奥底から揺るがされたかのような衝撃が全身へ伝播。


 肩を当ててこちらの体勢を崩すことに成功したヒムロタツオはまたさらに一歩踏み出し――


 力強く、地面を踏みしめた。


 ヒムロタツオが地面を踏みしめると同時に地面から大量の刃は突き出してくる。体勢を崩されていたうえに予想外の攻撃手段を行われたため、ケルビンは地面から突き出してきた無数の刃に身体を貫かれ、突き上げられた。無数の刃によって全身を串刺しにされたケルビンは身体を押し上げられたのちに、刃が消えると同時に地面へと落下。大量の血があたりへと流れ出す。それは、どんな敵であっても致命傷となり得る一撃であった。ただ一人、ケルビンを除いては。


 全身を貫かれながら、ケルビンは心の中で見事な一撃だと称賛を送る。まさか、あのような攻撃手段を隠していたとは。よくもここまで、こちらの予想を裏切り、そして上回ることができるものだ。だからこそ、あの三人の襲撃をかいくぐり、撃退できたのだろう。


 こちらが殺しても復活できることを知っているヒムロタツオは警戒を解くことはない。後ろへと飛んで距離を取り、様子を窺いつつ、再び刃と銃を創り出した。死んだふりが通用しない以上、狸寝入りを続ける必要もないだろう。ケルビンは身体を再生させて立ち上がる。これで残りは四。


「まさか、そんな攻撃をしてくるとは思わなかった」


 立ち上がると同時に、ケルビンはそう言った。


「……そろそろ、諦めてほしいところだけど」


 ケルビンの言葉に、ヒムロタツオはそう返してくる。その声には、呪いによる影響は見て取れたものの、まだ余裕がありそうであった。


「残念だが、そういうわけにはいかない。あんたが諦めてくれないのと同じように、俺だって諦めるわけにはいかないからな」


「……そうか」


 ケルビンの言葉に対し、少しだけ残念そうな調子でヒムロタツオは返答。


 二人は、離れた距離で再び睨み合う。じりじりと間にある空気が焼け焦げるような匂いが感じられた。


 どうする? と、ヒムロタツオと睨み合いながらケルビンは自身に問いかけた。


 先ほどのことを考えるとやはり、消極的な戦法を行うのは危険だ。ケルビンはそう確信した。逃げ回って勝てる相手ではない。


 だが、向こうも相当の重圧がかかっていることは間違いないだろう。向こうは、こちらの再生能力に限りがあることはまだわかっていないはずだ。倒しても幾度となく復活を果たしてくる相手と戦うのは悪夢にも等しい。こちらとしても、自分と同じような能力を持っている相手を敵にしたくないと思う。


 とはいっても、向こうにもこちらの再生能力が無制限ではないと知られるのは時間の問題だ。竜の力は強力ではあるが、無制限でもなければ万能でもなければ完全でもない。できることとできないことが存在する。向こうもそれは知っているはずだ。


 であっても、まだ有利なのはこちらである。死からの復活はまだ四つ残っている、なにより――


「ぐ……」


 五歩ほど離れた距離にいるヒムロタツオが苦悶の声を漏らす。どうやら、先ほど降りかけた呪いの影響がやっと出てきたらしい。


「……なにを、した?」


 ヒムロタツオはそう問いかけてきた。


「さあな。あんたになにをしたかなんて、敵である俺が明かす義務も必要もない。そういうものだろ?」


 ケルビンはそう返答すると同時に――


 先ほど全身を串刺しにされた際に流れ出た血を操り、無数の矢を創り出して放った。それは真っ直ぐにヒムロタツオへと襲いかかる。


 だが、呪いの影響が強くなってもヒムロタツオは未だに崩れない。刃を振るい、銃を放って自身に襲い来る赤い矢を防いでいく。


『呪いの影響はどんな感じだ?』


 ケルビンはブラドーに問いかけた。


『見ての通り、相当の影響が出ている。だが、まだ死ぬには足りん。もっと押す必要があるだろう。わかっているとは思うが、油断はするな。奴は強者だ。腐ったとしても、その力は侮れない』


 響くブラドーの声に『わかっているさ』とケルビンは答える。


 力をどこまでも弱体化させられたところで、ヒムロタツオが弱者になることはない。強者というのはただ強いだけではなく、その在り方にある。強者である者はどんなに力を削がれようと、強者のままなのだ。


 そして、ヒムロタツオはそういう存在だ。二度の戦闘で、それを充分すぎるほど理解させられた。


 であっても、彼の力が大きく削がれている事実が消えるわけではない。あと少し、押せるなにかがあれば、そのまま押し切ることもできるはずだ。


 しかし、それは見えてこない。そう簡単に見えてくるものではないのだろう。それが簡単に見えてくれるのならば、ここまで苦戦しなかったはずなのだから。


 あとわずかで届きそうなものが届かないというのは実に歯がゆいものだ。それは向こうも同じのはず。着実に攻め続け、この有利な状況をさらに盤石なものにするしかない。


 そう決意したケルビンは、まだ大量に残っている血を操って再び矢を放った。


 呪いに満ちた戦いは続いていく。

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