第135話 激戦

 刃を構え、こちらに突進してくるヒムロタツオをケルビンは迎え撃つ。


 身体的な能力に関してはほぼ互角といっていいだろう。だが、こちらが持つ武器は相手に比べて小物だ。純粋な武器の打ち合いになれば有利なのはあちらだが――そのあたりはやりようによってどうにでもなる。その程度のことができなければ、このような汚い仕事などやっていられない。


 ケルビンはヒムロタツオの突進に合わせて前に踏み込み、彼の持つ刃に自身が持つ短刀を合わせて防御。短刀と刃がぶつかり合った瞬間、わずかに身体を引き、翻るようにしてヒムロタツオの横に移動する。そのまま相手の間合いの内側へと入り込み、短刀を振るう。狙うのは脇腹。うまく行けば、致命傷にもなり得るが――


 しかし、それを許すほどヒムロタツオは甘くなかった。先ほども見せたように、自身の身体から刃を突き出させて、ケルビンの短刀を防いだのだ。攻撃を防がれたケルビンはすぐさま後ろへと飛ぶ。その次の瞬間、ヒムロタツオの身体から突き出ていた刃が伸び、先ほどまでケルビンがいた空を貫く。少しでも遅れていたら、あの刃の餌食になっていただろう。


「…………」


 後ろへと飛んだケルビンは、ヒムロタツオを見やる。


 彼の表情はわずかに歪んでいる。やはり、自身の身体から刃を突き出させるのは苦痛を伴うのは間違いないようだ。


 だとしても、攻防一体のあの業を掻い潜るのは難しい。多用させれば間違いなく消耗をしていくだろうが、それがいつになるのかは不明である。向こうを消耗させ切る前に、こちらがやられるという可能性も充分にあり得るだろう。こちらも相手の能力を完全に把握しているわけではない。こちらが知らない力を、ヒムロタツオが隠しているという可能性は大いにあり得る。万全とは言い難い。


 であっても、耐久戦になれば有利になるのはこちらである。自分の持つ力はそういうものだ。戦い続けるということにかけてはどこの誰よりも優れているといってもいい。


 とはいっても、何日も耐久戦を続けられるわけではない。なにより、目撃者を出さないために使っている人払いは範囲も時間も有限だ。いま範囲だと人払いの効果は三時間弱。戦いで三時間というのはとてつもなく長いものではあるが、その時間までヒムロタツオに粘られてしまう可能性は大いにあり得る。なにしろ、あの青年はたった一人で軍を相手にしているのだ。彼が持つ不屈の精神は、それくらいやってのけてもまったく不思議ではない。


 ヒムロタツオは刃を片手に持ち直し、左手に銃を創り出す。本当に攻撃手段が豊富である。まるで生きて自我を持つ武器庫を相手にしているかのようだ。


 さて、どうしたものか。血の影響が出てくるのはまだ先だ。である以上、こちらが攻め手を欠いているのは言うまでもない。できることなら、もう少し傷を負わせて血の影響を増やしたいところではあるが、身体から刃を突き出されてしまうと、それもなかなか難しい状況だ。何度か打ち合って、彼が創り出している刃の強度がどれくらいなのかはある程度把握している。その結論は。こちらがいま持てる攻撃手段では破壊するのは難しい。


 なんとかして、彼を弱体化させたいところである。だが、そう簡単にことは運んでくれない。それが簡単にできないからこそ問題なのだ。なにか、手段はないものか。


 ケルビンが機を窺っていると、再びヒムロタツオは地面を蹴り、こちらへと踏み出してくる。ケルビンも先ほどと同じく相手の突撃に合わせて踏み込んだ。再び刃と短刀がぶつかり合う音が響き渡る。


 ケルビンに刃による攻撃を防がれたヒムロタツオは。すかさず左手に持った銃で追撃。しかし、ケルビンはヒムロタツオの左手を下に押しやって、軌道を逸らして銃撃を防御。ヒムロタツオの体勢は崩れた――かに見えた。


 ヒムロタツオは身体を翻すように動かし、ケルビンに蹴りを放つ。ヒムロタツオの踵がケルビンの左肩へと突き刺さった。その一撃はまるで、巨大なつるはしを振るわれたかのよう。重さと鋭さを兼ね備えた一撃であった。身体から嫌な音が聞こえてくる。


 ヒムロタツオは止まらない。ケルビンの肩に踵を叩きつけた直後、すぐさま銃を構えて引き金を引く。踵による一撃でわずかに反応が遅れたものの、狙ったのが頭であったため、身体を逸らして放たれた弾丸を回避。


 弾丸を回避したケルビンはすぐさま横に飛んで距離を取る。その距離は六歩ほど。遠距離からの攻撃手段を持つヒムロタツオが相手では心もとない距離だ。


 ケルビンは自身の身体の状況を確認する。


 見事に肩をやられた。回復をするにはしばらく時間を必要とするだろう。すぐに回復させることも可能だが、先が見えぬ以上、控えておくのが無難だ。いまはまだ、そのときではない。


 いまの手腕を考えるに、ヒムロタツオを相手に耐久戦を仕掛けるのは少し危険であるようにも思えた。昔から耐えるのは得意だが、得意だからと言って好きというわけではない。できることなら、痛い思いなどしたくないところではあるが――


 それも難しいだろう。いま目の前にいる相手は、痛みなしで済ませられる相手ではない。こうなってくると、危険を承知してもあれをやるしかないか――


『ブラドー』


 ケルビンは自身の内にいる存在へと語りかける。


『俺とあいつ、耐久戦を仕掛けたら、どっちに分があると思う?』


『耐久力、という点だけを考えればお前だろう。お前がもともと持っている力はそういうものだ』


 ブラドーは冷静な言葉を響かせる。


『相手が相手だ。ここは惜しむべきではなかろう。一つ使えば、奴を確実に消耗させられるぞ』


『……そうだよな』


 あまり気は進まないが、攻め手を欠いているいまの状況を考えると、そうせざるを得ないだろう。


 黙したまま、ケルビンは覚悟を決める。


 ここで一つ使うしかない。であれば、それをどう使うかが問題だ。うまく使えなければ、こちらがただ消耗するだけだ。


 ケルビンは、ヒムロタツオを見る。


 彼はまだまだ余裕そうだった。身体から刃を突き出させたことによる消耗も、こちらの血による影響もまだありそうにない。


 その反面、こちらは完全に攻め手を欠いており、切り札を使わなければ、どうしようもない状況になりつつある。


 なんという強敵か。これならば、あの三人を相手に打ち勝ったことも頷ける。


 だとしても、やるしかない。そうしなければ生き残れないし、なにより――


 守らなければならないものも守れなくなる。


 ケルビンは、病室にいる妹のことを思い出した。自分が死んだら、彼女はどうなってしまうのだろう? できることならそれは、考えたくないことだった。


 ケルビンは短刀を構え、地面を蹴って前へと踏み出す。一瞬で、ヒムロタツオが持つ刃の内側へと入り込み、刺突を放った。それは閃光のごとき鋭さを持った一撃だったが、その程度ではヒムロタツオを崩すことは叶わない。冷静に、刃で防御する。


 突きを防がれたケルビンは、低い姿勢からヒムロタツオの足を払うような蹴りを放った。


 しかし、ヒムロタツオはそれを後ろに飛んで回避し、銃弾を放つ。ケルビンの胴に銃弾が掠めた。


 それでも、ケルビンはさらに前に出る。もう一度、ヒムロタツオの懐へと入り込んだ。短刀ではなく、自身の掌をヒムロタツオの腹部へと叩きつけた。


「っ……」


 ケルビンの掌に肉の感触が広がる。手ごたえはあった。だが――


 腹部に打撃を受けたヒムロタツオは怯むことなく、ケルビンの腕に持っていた刃を突き刺して――


 ケルビンの動きを止める。


 ヒムロタツオはそのまま逆の手に持った銃をケルビンの頭部へと突きつけ――


 引き金を引くと同時に――


 弾けるような音とともに、ケルビンの意識はそこで断絶した。

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