第134話 削り合い

 竜夫は、こちらへ距離を詰めてきた青年を両手で刃を持って構え、迎え撃つ。瞬く間にこちらに接近してきた青年は、禍々しさが滲み出る、赤いナイフを振るってきた。その動作は極めて速く鋭く、一切の無駄がない。


 竜夫は、自身の間合いの内側へと入り込んできた青年の一撃を、半歩ほど後ろに引いたのち、刃で防御。甲高い音が人の姿が絶えた旧市街の一角に響き渡った。


 青年の攻撃を防御した竜夫は一歩踏み込んで前へと出る。刃を片手に持ち替え、左手に銃を創り出した。右手に持つ刃が鈍色の軌跡を描きながら敵である青年目がけて振るわれた。


 当然のことながら、その一撃は青年が持つナイフによって防がれる。向こうもこちらの力に慣れてきたのか、押し切ることはできなかった。


 刃による一撃を防がれた竜夫は、すかさず左手に持った銃の引き金を引く。


 だが、青年はこちらの追撃を読んでいたのか、低い体勢で前にステップして放たれた弾丸を掠めながら回避。前に突き出していた竜夫の手に向かって、赤い色をしたナイフを振り上げた。


 まずい。そう直感した竜夫は反射的に自身の腕から刃を突き出させて、腕が切断されるのを寸前で防いだ。身体の内側から突き出させた刃は、一切の出血もなく強烈な痛みだけを発生させた。腕に突き出させた刃は、青年の一撃を防ぐことに成功。金属音が響き、腕に衝撃が伝わった。


 その後に、竜夫はこちらの間合いの内側へと入り込んできた青年に向かって、刺突を放つ。打ち下ろすような一撃。最小の動作で放たれたその一撃は閃光のごとき鋭さがあった。


 しかし、青年はその一撃を横に飛んで回避する。飛んだ先にあった建物の壁を蹴り、竜夫の横から強襲を行う。竜夫はすぐさま振り向くが、わずかに遅かった。青年の攻撃こそ防いだものの、姿勢を崩された。


 青年はその隙を逃さない。流れるような動作で追撃を行う。赤い軌跡を描きながら、ナイフが振るわれる。


「く……」


 竜夫はなんとか青年の連撃を防いでいたものの、わずかとはいえ一度崩されたペースをなかなか取り戻せない。そのまま防戦へと追い込まれる。


 竜夫は左手に持つ銃を消し、刃を両手に持ち換えた。続々と打ち込まれる青年の怒涛の連撃を防いでいく。


 このまま引いていれば防戦一方となる。この状況をなんとかしなければならない。


 そう判断した竜夫は、青年の踏み込みに合わせて一歩踏み込んだ。青年のナイフは竜夫の肩へと食い込む。だが、切断することは叶わない。竜夫は青年のナイフが肩へと食い込んだその瞬間、そこに刃を創り出して防いだのだ。自身が持つ武器の動きを一瞬だけ止められたため、連撃を行っていた青年にわずかな隙が生じる。


 竜夫は、両手で持った刃を斜め下方向からすくい上げた。わずかに動き止められた青年に刃が向かっていく。


 しかし、青年は冷静だった。持っていた刃を手放し、後ろへとステップ。竜夫の一撃を服だけ断ち切らせて回避。そのまま五メートルほど離れた。


「こっちの攻撃をそんな方法で防ぐか。やるな」


 青年は感心するような声を上げた。彼の様子は、武器を手放したのにもかかわらず落ち着いている。


「…………」


 竜夫は、その言葉には返さない。黙したまま、素手となった青年に目を向けている。


「だが、致命的な状況でしか使ってないところを考えると、それは完全無欠でもないようだ。自身の身体から刃を突き出させているのだからそれも当然か。かなりの激痛が走るのだろう。ならば傷は負わずとも、消耗はする。多用させて、消耗させるのが吉か」


 青年がそう言うと、地面に転がっていた赤い刀身のナイフはその手へと戻っていた。


 そのまま、再び睨み合う。前にいる青年に対し警戒をしたまま、竜夫はあたりを窺った。


 相変わらず、人の姿はない。以前、あの三人に襲われたときと同じ状況だ。なんらかの手段を用いて、この場所から人を遠ざけているのだろう。


 であれば、人のいる場に逃げ、彼を撒くというのは難しい。以前と同じ状況なら、人がいない場は、かなりの広範囲に及んでいるはずだ。彼と戦いながら、その範囲外まで逃げるというのはどう考えても現実的ではない。


 できることなら、刺客である青年をまいて、アースラのもとへと行きたいところである。自分の目的は、敵を倒すことではない。


 だが、いま目の前に立ちはだかる敵はそれを許してくれるほど甘くはないのは明らかだ。下手に背を向ければ、一瞬でその命を刈り取られてしまうだろう。


 それとも、彼をまくことができそうなものを創り出すか? 自分の能力であれば、それを創り出すことは可能なはずだ。


 それも手段の一つではあるが、二度は通じないだろう。できることなら、最後の手段としてとっておきたいところではある。


 そしてなにより、彼から逃げるということは問題を先送りにするだけだ。この場で奇襲をかけてきた以上、彼にはこちらの居所を特定するなんらかの手段がある可能性が高い。であれば、仮にこの場から逃げ出したところで、こちらがどこにいるかすぐに特定されてしまうだろう。安全とは言い難い。


 やはり、安全にアースラのもとに向かうには、彼を倒さなければならない。後顧の憂いは断っておくべきだ。


 しかし、あの青年は簡単に倒せる相手ではない。戦いの中で、下手なことを考えていれば、こちらがやられてしまう。


 なにか、手段はないのだろうか? いまのところ青年は、手に持つナイフによる攻撃しか行っていない。となると、まだなにか手は隠しているだろう。それにも、警戒しておく必要がある。


 肩にできた傷が痛む。相変わらず、自分の身体から刃を突き出させるのは痛い。いまだに痺れるような痛みが残っている。彼の言う通り、これを多用させられれば消耗するのは間違いない。


 どうする? 竜夫は青年を注視したままそれを考える。


 明らかに劣勢というわけではないが、どうにも決め手が欠けている状況だ。それを打破するにはどうしたらいいのか? それがなかなか見えてこない。


 睨み合いが続く。こちらからは、向こうがどのように見えているのかはわからない。もしかしたら、相手もこちらと同じように決め手が欠けている、と思っているか知れないな、と思った。


 向こうは一体こちらのことをどれくらい把握しているのだろう? あの三人と同じく軍の刺客であるのなら、ある程度の情報はあるはずだ。であるならば、下手な不意打ちは失敗する可能性があると見ておいたほうがいいだろう。一方的にこちらが持っているカードを知られているというのは非常にやりにくい。


 竜夫は、再びあたりを警戒する。


 いまのところ、こちらを監視するような視線はない。となると、目の前にいる彼は単独でこちらを狙ってきているのか?


 わからないが、単独こちらを狙っているのなら、このところ感じていたあの視線は、目の前にいる彼のものではないということになる。


 やはり他にも敵がいるのか? そうなってくると、ますますこのまま戦いを続けるべきではないが――


 竜夫は目の前に立ちはだかる青年に目を向ける。彼からは、まったく隙が感じられない。逃げられるような状況ではなかった。


 どうにかして、彼を撃退しなければ。そうしなければ、アースラと接触して情報を得ることもできないし、なによりみずきが狙われる可能性もある。


 覚悟を決めろ。ここでやらなければ、目的を果たすことはできなくなるのだから。


 竜夫は刃を両手で構え――


 地面を蹴り、目の前に立ち塞がる青年に向かって踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る