第133話 緒戦

 地面を蹴り、前へと踏み出したケルビンは短刀を構える。狙うは、ヒムロタツオの首。短刀を振るう。


 しかし、不意打ちを受けてもヒムロタツオは冷静だった。その手に武骨な刃を創り出して、ケルビンは振るった素早い一撃を防御。あたりに金属音が響き渡った。


 ケルビンの一撃を防いだヒムロタツオは逆の手に銃を創り出し、発砲。ケルビンは反射的に横に飛び、銃弾を回避。飛んだ先にあった壁を蹴り、再びヒムロタツオに突撃する。その命を一撃で刈り取るべく、短刀を振るった。


 だが、ヒムロタツオは揺るがない。左手に持っていた銃を消し、右手に持っていた刃を両手で構え直し、ケルビンが振るう刃を弾いて防ぐ。再び、人の姿が絶えた街の中に金属音が響く。


 ケルビンの一撃を防いだヒムロタツオは流れるような動作で両手に構え直した刃を振るう。その一撃は空を切り裂くような鋭さがあった。ケルビンは短刀でヒムロタツオの刃を防いだ。しかし、持つ獲物の重量差により、ケルビンの身体は大きく後ろへと吹き飛ばされる。


 ケルビンを吹き飛ばしたヒムロタツオは両手で持っていた刃を投擲。刃は綺麗に回転をしながらケルビンへと迫る。それとほぼ同時に、ヒムロタツオも新たな刃を創り出し、距離を詰めてきた。


 投擲された刃を弾けば、次の一撃を食らう。そう判断したケルビンは、自身に向かい来る刃を前に踏み込んで掻い潜った。至近距離でヒムロタツオとぶつかり合う。ケルビンの持つ短刀とヒムロタツオの持つ武骨な刃が衝突し、甲高い音を響かせた。


 だが、武器を片手で持つケルビンが、武器を両手で持つヒムロタツオと真正面からぶつかり合えば、よほど膂力の差がなければ負けるのはこちらである。それをあらかじめ予測していたケルビンは、ぶつかり合うと同時に無理矢理身体を後ろに引き、体勢を崩されるのを防いだ。ヒムロタツオから八歩ほど離れた場所に着地する。


「…………」


 できる。ケルビンは無言のままそう思った。あの三人を、歴戦の暗殺者三人を相手にしてそれを撃滅し得たのは決してまぐれではない。いま正面に立つあの若者は、間違いなく強敵だ。いままでの敵のように、楽に倒せる相手ではないだろう。相応の覚悟が必要になる。


「……あの三人を倒しただけのことはあるな」


 ケルビンはそう言うと、ヒムロタツオは少しだけ眉を動かして反応する。


「あの三人の仲間か」


 ケルビンの声に、ヒムロタツオは重苦しい声で返答する。どうやら奴は、あの三人が誰のことを指しているのかわかったらしい。


「そうだ。同僚でもあり、尊敬できる先輩でもあった。無論、こんな仕事をやっているのだから、あの三人の敵討ちをしようだなんて思っちゃいない。あの三人だって、自分たちがやっていることが汚い仕事であることくらいわかっていたはずだし、その道の果てに自身が殺される可能性があることも理解していただろうからな」


 ケルビンは短刀を構えたまま答えた。


「…………」


 ヒムロタツオは言葉を返さない。返すべき言葉がなかったのか、それとも、こちらの言葉になど返すまでもないと思ったのかはわからない。


「だから、俺にはあんたに対して恨みなどまったくない。あんたを始末する。これがいま請け負っている仕事だからやるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 自身が守りたいもののために。持たざる者だった自分にできることなど、忌まわしい力を活かせることなど、こんな仕事しかないのだ。だから、やるしかない。その覚悟は、とうの昔にできている。


 だが、どうする? ケルビンは自身に問いかけた。


 無策のまま真正面から飛び込んでいっても、奴を崩すことはできないだろう。そもそも、こちらが持つ武器が奴に比べて小物である。そうである以上、真正面からのぶつかり合いでは勝つことは難しい。


 そのうえ、奴は遠距離での攻撃手段も持っている。速度こそ速いが、銃弾は真っ直ぐにしか飛ばない以上、回避するのはそれほど難しくはない。だが、それはある程度離れた場所からただ撃たれただけの話だ。至近距離での戦闘で高速で飛んでくる弾丸を織り交ぜられれば、かなり厳しくなる。


 なにより、ブラドーの話によれば、奴の力はただ刃と銃を創り出すだけの力ではないらしい。数多くの武器を創り出し、それを操る力だと聞いている。いま手にしている刃と銃弾以外の武器も使用してくるのは明らかだ。戦いは、競技ではない。どんな手段を尽くしても、勝てばいいのだ。そこには、綺麗も汚いも存在しない。


 ヒムロタツオは向かってこない。こちらの隙を窺っているのか、それとも――


 別になにか、あるのか? ヒムロタツオを注視しても、それは見えてこない。


『あの婆の力を手にしただけのことはある。これはなかなかに強敵だぞ』


 ブラドーの声が響いた。いつも通り心底忌々しそうに、それでいて感心するような声であった。


『なにかいい手とかあったりしないのか?』


 ケルビンは、黙したまま自身の内にいる存在へと問いかけた。


『残念だが、ない。あの婆の力は小細工を弄する類ではないからな。下手な小細工がないからこそ、対策は難しい』


 ブラドーはそう断言する。そこには一切の嘘も含みも感じられなかった。いつも不機嫌そうにしている彼ではあるが、こちらに対しては常に誠実だ。なにも理由もなく、騙すようなこと言わないことはわかっている。


 だが、こう目に見える弱点がないというのは非常にやりにくい。たいして強くなければ弱点などなかったとしてもやりようがあるが、ヒムロタツオはそうではない。あの三人を、軍の施設に忍び込み、そして生還した紛れもない強者である。


『武器を創る以外に、他の力はあったりするか?』


『ない。基本的に俺たちが持っている力というのは大抵の場合一つだ。もう一つある場合もあるが、それはもともと持っている力と似たようなものなる。まったく性質の違う力が二つ以上あることはまずない。そもそもあの婆の力は、こと戦闘に関しては汎用性が高いからな』


 ブラドーの言う通りだ。武器を創る。単純ではあるが、それはどこまでも汎用性に長けている。状況に、相手に応じて色々な武器を創り出せるというのは、とてつもなく幅広く戦闘に応用できるのは間違いなかった。その汎用性に長けた、きわめて強力な能力をどのように対処すべきか。


 お互い、足もと地面に縫いつけられたかのように相手を注視したまま動きを止めている。こちらは攻め手にかけている状況だ。下手に攻勢に打って出ても、奴を崩すことは難しい。それはいままでの打ち合いで証明されているだろう。


 しかし、ヒムロタツオが動き出さないのは何故だ? こちらがなにか隠していると踏んで、警戒しているのだろうか? 無論、相手にはこちらがどんな手札を有しているのかわからないのだから、そうなってもおかしくはないが――


 ケルビンには、そうではないように思えた。確信はない。だが、能力に隙はなくとも、そのあたりには隙があるようにも感じられる。どうにかして、それを衝けないものか。


『さっさと血を使ったらどうだ?』


 睨み合いを続けるケルビンにブラドーがそう語りかけてくる。


『できることならそうしたいところだけど――血は俺たちの切り札だろう。下手に切るべきじゃない、と思う。切るのなら、もっと効果的な場面がいい』


 なにより、血を使うのは痛いのだ。できることなら、使わずに済ませたいところではあるが、出し惜しみをしてもいられない。これだけの強敵を相手にして、出し惜しみをするのは悪手が過ぎる。出し惜しみをして、敗北をしてはなにも意味がない。


 睨み合いは続く。


「来ないのか?」


 ケルビンは挑発をするかのようにヒムロタツオにそう問いかけた。


「生憎、別の用事があってね。あんたと戦っている場合ではないんだ。いつ逃げようかと隙を窺っているんだ。でも、なかなか隙が見えなくてね」


 ヒムロタツオはこちらの言葉に対し、軽薄な調子で返してきた。彼が言った言葉が、真実かどうかは不明だ。


「だから、さっさと憂いは断っておきたくてね。ここに来てからずっと追われる身だから、不安なんだ。不安の種はさっさと摘んでおきたい」


 そう言って、ヒムロタツオは左手に銃を創り出した。こちらに向けて構え、引き金を引く。


 ケルビンは放たれたその弾丸を短刀で弾いて防御し、構え直して再び地面を蹴って踏み出した。

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