第121話 最後の一撃は……

 最後の一撃を決めるには一体なにが必要だろう? 竜夫は、さらに輝きが増したように見える竜石の結晶を見ながらそれを考える。


 なりよりまず、こちらが行おうとしていることをやつに予測されてはならない。これはある種の不意打ちである以上、それは必須である。不意打ちは予測し得ないところから殴って初めて効果があるものだ。簡単に予測されてしまう不意打ちなど、そんなものは不意打ちとは言えない。だから、これは絶対だ。


 次は、それを行うべきときがいつか見極めることだろう。一発逆転の手こそ、機会の見極めは非常に大事だ。行うべき時を見極めず、やぶれかぶれでやったところで、そんなものは成功しない。相手を誘導し、こちらがなにをするのか予測させないようにしつつ、効果を最大限に発揮するときを見て、攻撃を行う。これも、必須と言えるだろう。


 最後に、絶対に失敗してはならない。いまのやつは、自身を脅かす攻撃がこちらにはないことを理解しているため、余裕のある状況だ。そこに油断はなかったとしても、付け入る隙は通常よりも大きいだろう。しかし、こちらの攻撃に自身を脅かすものがあるとわかってしまったら、その隙は泡のように弾けて消える。そうなったら、同じ手段は通用しない。前述の二つがうまくいっていても、最後に失敗してしまったら終わりだ。はっきりいって、なにも意味がない。


 なんとも難しい道のりだ。それは、足の幅と同じくらいの板を進むかのようだ。だが、その道を踏破できなければ、敗北するのはこちらである。このあとに、やつを脅かすことができそうな攻撃手段が見つかる気配はない。別の手段を思いつく前に、こちらがなぶり殺しにされる可能性が高いだろう。


 壁が煌めく。竜夫は放たれる光の筋を予測し、回避を行う。一発、二発、三発。すべて回避。四発。左腕を掠める。五発。右腿のあたりを掠める。六発。刃で弾く。回避、回避、被弾、回避、回避、回避、被弾――


 どんどんと傷が増えていく。致命傷だけはなんとか避けているものの、いつまで続けられるか不透明だ。このまま傷が増えていけば、こちらの体力が尽きる。こちらの体力が尽きる前に、やつのほうが先に底を尽きるとは思えない。侵入者を排除する存在であるやつは、継続的に動き続けることを重視している。である以上、たった一度、戦闘が長時間になった程度で尽きるはずがない。


 竜夫は回避を行いつつ、手に持っていた刃を投擲する。それは、結晶の中にいるやつの位置へ的確に投げられた。しかし、当然のことながらそれは結晶に当たって、弾かれる。まったく傷はついていない。弾かれた刃は砕けて消える。


 足もとから気配を察知。竜夫はすぐさま前に飛び込む。その一瞬後に、先ほどまで竜夫が立っていた位置に光の筋が立ちのぼっていった。


 今度は、銃を放つ。結晶の中心にいるやつに向かって、弾丸を放つ。無理やりな体勢から放ったのにもかかわらず、それは地上から五メートルほどの位置にいるやつのもとへと飛んでいく。放たれた弾丸は、当然のことながら結晶に弾かれる。わずかな傷一つすらつけられない。


 結晶まであと二十メートルほど。その距離は、果てしなく遠くに思えた。


 壁が煌めき、大きな光の塊が放たれる。放たれたそれは顎だけの怪物へと変化。なにかをかみ殺すこと以外の機能が存在しないいびつな怪物。その数は四。わずかな差をつけて、竜夫を襲う。


 竜夫は刃を創り出し、一匹目を突進に合わせて斬り捨てる。竜石のエネルギーを反射させて創られた怪物はまったくの手ごたえがなかった。


 逆方向から二匹目が迫る。竜夫は自身の身体を、向かってくる怪物に叩きつけると同時に身体から刃を突き出させて迎撃。怪物は竜夫の身体から突き出た刃に串刺しにされて消滅。


 三匹目。振り向きざまに怪物の頭部に銃口を叩きこんで弾丸を放つ。怪物の身体は放たれた弾丸によって吹き飛ばされる。はじめからそこになにもなかったかのように消えていく。


 最後の一体。竜夫は前に踏み出す。やつとの距離を少しでも縮めるために。弾丸のように向かってくる怪物は正確にこちらを追尾してくる。こちらが動けば追尾してくるのは予測していたので、竜夫の心は揺らぐことはない。ノールックで向かってくる怪物に銃身で殴りつけたのち、刃を突き刺して怪物を撃滅する。


 竜夫は、さらに前へと踏み出す。一気に距離を縮める。残り十メートル。


 壁が煌めく。視界をすべて埋め尽くすような光が放たれる。竜夫は、わずかな隙間を反射的に割り出して、そこへと飛び込む。数発の光が身体を貫通する。焼けるような激痛が全身に駆け巡った。


 それでも止まらない。ここで止まってしまったら、心臓も止まってしまうように思えてならなかったからだ。全身を支配する激痛を堪えながら、着実に前へ前へと距離を詰めていく。残り五メートル。


 攻撃はさらに苛烈になる。前へと踏み出すこちらを遮るかのように、床から無数の光の筋が突き上げながら向かってくる。それを横にステップして回避。


 左右から光が飛んでくる。こちらを挟むように放たれたそれは、広範囲に拡散するスコールのようだった。竜夫はそれを、致命傷になりえるものを回避し、刃で弾いていく。しかし、それは回避するにはあまりにも数が多すぎた。細かな傷がどんどんと増えていく。その痛みは、全身を針で刺されているかのようだった。


 攻撃は止まらない。無数の光が一挙に放たれる。その瞬間、竜夫は次の攻撃は致命傷すらも回避できないことを察知した。だが、止まることはできない。止まってしまったら、そもそも終わりなのだ。前に進まなければ、道は開けない。竜夫は、全身から刃を突き出させて――


 それを放ちながら、最後の踏み込みをする。


 自身の身体から突き出された刃を放ちながら、竜夫は前へと突き進んでいく。それは、自身の血肉を削りながら放たれる攻防一体の荒業だった。あらゆる方向に放たれた刃は光を弾いていく。


 敵の猛攻を凌ぎ切った竜夫は飛び上がり――


 結晶の中にいる『なにか』へと再び接近。腕を振りかぶって――


 拳を叩きつけた。


 だが、当然のことながら竜石の結晶は拳で殴られた程度ではびくともしない――


 かに、見えた。


『な、に……』


 驚きの声が響く。


 いままで多くの手を尽くしながらも、傷一つすらつけられなかったはずの結晶に刃が突き刺さっていた。突き刺さった刃は、その中にいる『なにか』の身体を割り込むように両断していた。それを見た竜夫は、やつに向かって笑みを見せたのち、地面へと着地。


「うまくいった、か……」


 着地した竜夫は、そのまま膝を突く。


「なにかに接近した状態で刃を創ったら、そこにあったものに割り込んで創られるんじゃないかと思ってやってみたけど――成功した、な」


 そこにあったものに割り込んで創られるのなら、触れていた先にある物体の強度など関係なく行われるはずだと予測したのだ。その目論見は見事成功した。


「あ……やばいかも」


 膝を突いた竜夫はそんな言葉を漏らす。目論見が見事成功し、気が抜けたせいか視界がぐらぐらと揺れた。


「こんなこと……前にも、あった、ような――」


 そんな言葉を漏らすと同時に――


 地面がせり上がってきて、竜夫の意識はそこで断たれた。

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