第120話 壊せないものを壊すために

 自分の力では壊せないものを壊すには一体どうしたらいいだろう?


 なにか道具を使う。それは鉄板というよりもはや常識といってもいい。普通の人間であればそれは一番最初に思いつくことだ。


 環境を利用する。高いところから落としてみたり、そこらにある石かなにかにぶつけてみたりする。これも道具を使うのと同じくらいに早く思いつくことだ。欠点としては、まわりにある環境によってできることが変わってくることだろうか。それでも、自分だけではできないことを果たすためには有用だ。


 それで話題は最初に戻る。


 ここにあるもので、いま自身が持てるもので、一体どのようにすればあの竜石の結晶を破壊できるのか? 目の前に燦然と輝きながら存在するそれは、竜の力という超常の力を以てしても砕けぬ強度を誇っている。こちらが力を尽くしても、それはことごとく退けてきた。壊すどころか、傷一つつけられないという始末だ。


 ここまで来ると、いま自分が持てる道具の一種である竜の力で、やつを守る竜石の結晶の硬度を上回るエネルギーを生み出してぶつけるというのは悪手なのかもしれない。


 やつを守る竜石の結晶がどの程度の力まで想定しているのかは不明である。だが、竜の力を以てしても傷一つつけられなかったという事実を鑑みると、それが相当なものを想定しているのは明らかだ。


 そうなってくると、やはり考えるべきはもう一つの手段。


 あの硬度を無視できる手段だ。


 竜石の結晶を、力を以て砕くというのは相手のフィールドだ。戦いにおいて相手のフィールで勝負するのは得策ではないのは明らかである。戦いというのはスポーツではない。わざわざ、相手が有利になるところで勝負をしなければならないというルールなど存在しないのだ。一切のルールもなく相手のフィールドを無視し、いかにして自分が有利なフィールドに引きずり込めるかである。やつを守る竜石の結晶の硬度と力でのぶつかり合いをするのはまさに敵のフィールドで勝負することに他ならない。相手もこちらの事情に陳謝しないように、こちらだって相手のことなど知ったことではないのだから。


 では、いま自分が持っているカードで行える、やつを守る竜石の結晶の硬度を無視する手段とは一体なんだろう? それがまったく見えてこない。いま自分が行える手段で、本当にそれが行えるのかどうかも不明である。そもそも、本当にそんなものがあるのかもわからない。


 それがなかったらというのは、あまり考えたくないことではある。そうなったら、力づくで相手の強度に立ち向かわなければならなくなるだろう。はっきり言って、いままでの状況を考えると、それで勝つのは絶望的だ。竜の力があったとしても、追い詰められたからといってできることが増えるわけではない。追い詰められた程度で、傷一つつけられなかったものを壊せるようになったら、誰も苦労しないのである。追い詰められて、真の力を発揮するなんてのはファンタジーですらあり得ないのだ。もし仮に、そのように見えるものがあったのなら、それははじめからどこかにあったことに他ならない。人間はまったくのゼロからなにかを引き出せることなどできないのだ。ファンタジーであっても、その事実は否定できない。巨人の背に乗っていたのだとしても、それに行き着いたニュートンはまったくもって偉大である。


 そこまで考えたところで、竜夫は正面に存在する竜石の結晶に目を向けた。むかつくほどの輝いているそれは、こんな状況でなければ目を引きつけて離さないものだっただろう。


『諦めたわけではなさそうだが――来ないのかね? これはお互いの生存を賭けた戦いなのだ。私は遠慮などしないのだから、きみだって遠慮をする必要はない。それとも、なにか悪だくみかな?』


 どこからか響いてくるその声は相変わらず機械的で、それでいて余裕に満ちている。自身が持つものに絶対的な自信を持った声。その声は、自分が負けることなど一ミリも考えていない。


 それも当然である。こちらは依然としてやつを守る竜石の結晶に傷一つつけられなかったのだ。自分だって相手がこちらに傷一つつけられなかったのなら、余裕に満ちた態度を取ることだろう。


「なにしろ、こっちはあんたを倒すどころか傷一つつけられていないんだ。悪だくみの一つや二つしたくなるさ。そう思わないか?」


『……ふむ。言われてみれば、それもその通りだな。圧倒的に劣勢な状況でも勝ちを諦めない姿勢は素晴らしい』


 そんな言葉が響いた直後、壁から光が反射される。拡散するような光が放たれた。それを認識した竜夫はすぐさま動き出し、反射されてこちらに向かってくる光の軌道を予測して回避。それでも回避しきることはできず、いくつかの光が身体を貫通した。


「く……」


 やはりこのままでは徐々に痛めつけられて、敗北するだろう。だが、この空間にある壁や床や天井から反射してくる光をどうにかすることも難しい。なにしろ、反射はここに存在するすべての部分から行われているのだ。反射を行う装置の破壊は不可能に等しい。そもそもそれができたとしても、そんなことをすればこの場所は崩落し、巻き込まれてしまうだろう。


 また、壁が煌めく。先ほどとは違う大きな塊が放たれた。竜夫はすぐさま刃を構え直し、迎撃を行う体勢を整える。放たれた光の塊は、敵をかみ殺すためだけの奇怪な存在へと変形。人間でも容易に両断できそうな顎が無数に襲いかかった。


 竜夫は刃を振るい、一匹目を切り捨てる。竜石のエネルギーを反射させて創られたそれは相変わらず手ごたえは希薄だ。ほとんど空を斬るのと変わりなかった。それでも、それはなんらかの形で存在することに変わりはない。切り裂かれたそいつは音もなく消えていく。


 すぐに二匹目が襲いかかる。竜夫は刃を投擲し、二匹目を迎撃。的確に投げられたそれは顎だけしか存在しない頭部へと突き刺さる。頭部を射抜かれたそいつは撃墜し、そのまま潰れた。弾けて消える。


 三匹目、四匹目が襲う。竜夫は三匹目を左手に持った銃で迎撃。顎の中に銃身をぶち込んで弾丸を放つ。顎の中で放たれた弾丸によって頭部は吹き飛び、そのまま弾ける。


 間髪入れずに迫ってきた四匹目は、銃で殴りつけた。カウンター同然にヒットしたそれにより、顎だけの怪物は大きく後ろへと弾き飛んだ。


 だが、その程度では命なき怪物は止まらない。すぐに体勢を立て直して、再び竜夫に襲いかかる。竜夫は銃を構え直し発砲して、迫りくる怪物を迎え撃った。


 しかし、怪物は放たれた弾丸の軌道を予測し、潜り抜けてきた。怪物は一瞬で距離を詰め、竜夫へとその牙を突き立てる。怪物の牙は竜夫の脇腹に突き刺さった。


 怪物の牙が突き刺さった竜夫はすぐさま、怪物がかみついてきた脇腹から刃を突き出させた。計り知れない激痛が走る。だが、このままかみ千切られるよりはずっといい。竜夫から突き出された刃により、顎だけの怪物は引き裂かれ、そのまま消滅。


『自分の身体から刃を突き出させて迎撃か。なかなか面白いことをする。まさに攻防一体といった業だが――多用しないところを見ると、それなりに自身にも危機が及ぶというところかな』


 そんな声を聞きながら、竜夫は怪物にかみつかれた部分を確認する。防御が遅れたせいか、出血していた。手に血のぬめぬめとした感触が広がる。その量は決して少なくない。竜夫は傷口に刃を突き出させて止血を行う。止血により激痛は、確実にこちらの気力と体力を奪うものだが、このまま出血をさせたままにしておくよりはましだ。


 そこで、竜夫は気づく。


 絶対の防御をすり抜けうる方法を。


 思いつく。


 これならば、やつを守る結晶の強度を無効化して、直接攻撃できるかもしれない。


 竜夫は、前を見る。


 竜石の結晶との距離は三十メートルほど。そして、その中で蠢くやつは地面より五メートルほどの高さにいる。竜の力を以て踏み込めば一瞬で踏み込める程度の距離だが、全方位からの攻撃を行ってくる相手を前にしては、その距離はとてつもなく大きい。


 だが、それでもやるしかない。接近しなければ、その手段は行えないのだから。


 なにより、これが行えなければ、こちらの敗北は約束されているのだ。


 余裕のあるやつは、油断はしていなくとも、警戒はそれほど強くない。


 だから、いまが一矢報いるチャンスだ。


 今回もチャンスは一度きり。そこで失敗すれば、やつも警戒を強め、同じ手段を容易にさせてはくれないだろう。


 ここが天王山だ。生きて帰れるかどうかは、ここにかかっている。


 竜夫は刃と銃を構え直し、竜石の結晶へと向かって踏み出した。

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