第119話 映すもの

 壁から光が放たれるのを予測していた竜夫は、すぐさま前へと踏み出した。自身に向かって放たれた光を潜り抜けて前へと進む。


 それでも完全な回避は叶わず、幾筋かの光が身体を掠め、焼いていく。傷と同時に焼いてくるそれは、相変わらず出血はまったくない。その代わり普通に斬られるよりも激痛ではあるが、孤立無援の戦う状況では出血しないのはある意味慈悲ではある。自分の能力で出血を止めるのは無理矢理であるため身体にかなりの負担がかかるのだ。それになにより、とてつもなく痛い。できることならやりたくないところである。


 あの光は、見てからでは回避は間に合わない。どこから飛んでくるか、全力を賭して察知しなければ回避は不可能だ。あの光で急所を貫かれれば間違いなく致命傷になる。


 竜夫は身体の至るところから漂ってくる肉の焦げる匂いを感じながら、前へと進む。


 再び、光が来るのを察知する。竜夫は立ち止まり、手に持った刃で向かってくる無数の光を振り払う。横に飛び、後ろにステップし、前へと踏み込んで致命傷だけは回避していく。


 それでも、傷は着実に増えていく。身体のあらゆるところから激痛が感じられて、どこがどう痛いのかもわからなくなるほどだった。この紙一重の回避を、いつまで続けられるだろうか? これだけの数を試行され、こちらが着実にダメージを受けている状況では、いずれ致命傷を回避することができなくなるだろう。それは決して、遠いものじゃない。手が届く距離に、それははっきりと見えている。


 やつが行っている攻撃手段は一体なんだ? 先ほど行ってきた他者を操る力以外になにか別の力を持っているのだろうか? 持っていても、別におかしくはないが――


 また、壁が煌めく。それを察知した竜夫は横に飛び込んでそれを回避――


 しようとしたところで、いま自分に向かってきたそれが自身を追尾してくるのが見えて――


「ぐ……」


 足に激痛が走る。足には、巨大な顎だけしかない不気味な生物がかみついていた。先ほどまで無数に出現していた人型と同じくかなりチープなのにもかかわらず、かなりの存在感が感じられた。そいつは、こちらに一切容赦することなく、足をかみ千切らんとさらに牙を深々と突き立ててくる。

 竜夫は、自身の足にかみつくそいつに刃を突き刺し

た。やはり、突き刺しても手応えはまったくない。まるで、霞かなにかのようだ。そのせいかどうかは不明だが、顎しかない頭部に深々と刃を突き立てられたにもかかわらず、かみつく力はまったく衰えない。


「この……」


 竜夫は突き刺した刃を横に引き、かみついているそいつの顎しかない頭部を切断。そのあとそいつをつかんで無理矢理足から引きはがし、地面に向かって叩きつける。頭部を切断され、地面に叩きつけられたそいつは木から落ちた柿のように潰れたあと、弾けるように消滅。直接手につかんでも、感触はまったくなかった。


 一応、実体はある。見た限りではこちらの攻撃を無効化しているわけではない。そうでなければ、いまのように切り裂かれて潰れたりはしないだろう。そもそも実体がなければ、こちらに攻撃できるわけがないのだ。


 そう考えるといまのあれは、実体があるが本質は別にある。どこかにある本質を破壊しなければ、あれは無限に等しく復活するのだろう。


 であればあれは、なにかの力によって生み出された影のようなもののはずだ。あの狂気の科学者ヨーゼフ・メンゲルが生み出していたものに近い存在。


 そう仮定すると――ここにあるものは一体なんだ? ここにあるものは、あの巨大な竜石の結晶だけだ。


 再度、壁が煌めく。今度は二方向から飛んでくる。先ほどと同じ轍を踏むまいと、竜夫は回避しようとはせずに、迎え撃つ。向かってきたそれは、こちらの予想通り顎だけの生物へと変化する。


 竜夫は向かってくるそいつに刃を突き立てたあと、そのまま投げ捨てて倒し、もう一体には銃をその顎に突っ込んでぶっ放して吹き飛ばして打ち倒した。やはり、斬っても撃っても手応えは感じられない。


 やはり、あれはなんだ? 自分を襲い続けているあれは、なにかの力で生み出されたものに過ぎない。あれを生み出す大本をどうにかできなければ、止めることは不可能だ。


 ヨーゼフは、あたりにある影を使って生み出していた。やつがヨーゼフと同じ力を持っているとは思えない。なにしろここには影は存在しないのだ。ここはやけに明るくて、光に満ちている――


 そこまで考えたところで――


 光。その言葉が引っかかった。


 やつは、ここにある光を使って、敵を生みだしたり、攻撃を行っているのだろうか?


 光を操る力。影を操る力があったのだから、あり得ないとは言い切れないだろう。


 そもそも光が届かないはずのこの場所がこんなにも明かるのは何故だ?


 言うまでもない。そこに光源があるからだ。その光源とは、言うまでもなく――

 この空間の中心に存在する、あの結晶だ。


 竜石はエネルギー源をはじめとして、様々な用途で使用されている。その用途の一つとして、竜石は明かりとしても使われているのだ。あれだけ巨大なものであれば、この広い空間を明るくすることも不可能ではない。


 ならば、やつはその光を使って――


 いやまて。そこで思い直す。


 やつの力がヨーゼフと同じように光を使っているのなら、敵を生み出すたび、攻撃を行うたびにそのエネルギーは消耗していくはずだ。ここはもともと光が射さない場所である。そんな場所で、唯一の光源である竜石のエネルギーを湯水のように消耗させるとは思えなかった。あの巨大な竜石の結晶がどれほどのエネルギーを持っているのかは不明だが、それは絶対に無限ではない。やつの目的は、ここに侵入したものを排除である。アルバイトじゃないんだから、期間が定められているわけでもないだろう。やつは長い期間四六時中、ここを守り続けなければならないのだ。有限であるエネルギーをできるだけ長く持たせるための対策を竜たちが取っていないとは思えない。


 そこまで考えたところで、思い出す。


 やつが何気なく言った言葉を。


 やつは、自身が生み出したあの人型のことを鏡像と言っていた。その言葉が意味することは言うまでもない。


 やつが生み出していたあれは、竜石が持つエネルギーを反射させて創ったものなのだ。


 こちらに向かって放っていたあの光も同じだ。あの攻撃は、ここにあるエネルギーを反射させて行っていたのだろう。


 そうなると、どこから反射させているかであるが――


 それは恐らく、この空間にある壁も床もすべてだ。壁も床もエネルギーを反射させるようにできているから、この場所はやけに明るかったのだ。


 やつの持つ力は、光を操る力ではない。ものを操作する力だ。


 自分以外のものを操る力。それは、生物でないものも例外ではないのだろう。それにより、この場所に存在する反射装置を操っているのだ。


 であるならば――


 やつの攻撃手段を破壊するのは不可能に近いと言える。なにしろ、この空間は非常に広い。半径数十メートルはある。ここにある壁も床もすべて破壊するのは、どう考えても現実的ではない。そんなことを行っている暇があるのなら、力の大元であるあの結晶を破壊したほうが早いだろう。


 結局、答えはここに行き着く。すべての大元であるあの結晶を破壊するしかない。それさえできれば、やつの攻撃手段を潰すことはもちろん、とてつもなく硬い結晶に守られた本体を攻撃することもできるのだ。見た目通り、やつ自体は極めて貧弱な存在であったのなら――自身を守る結晶を破壊されることは自身の敗北に等しい。


 壁も床も天井もすべて破壊するのが現実的ではない以上、それ以外に手段は残されていない。


 やるしかない。竜夫は静かに決意を新たにした。


 だが、どうする? すべての大元がやつを守る結晶とわかったところで、あの結晶を破壊できるようになるわけではない。


 なにか、手段を考えなければ。


 やつを守る結晶を破壊する手段を。


 やつを守る結晶を無視して、本体を直接攻撃できる手段を。


 見つけなければならない。


 それは、一体どこにある?


 絶対的な防御力を持つあの結晶を無効化する手段とは。


 それを見つけなければ、勝機はない。


 絶対無敵なものなど、この異世界にも存在しないはずだ。絶対でも無敵でもないのなら、必ず手はある。


 だが、それはなかなか見つからない。


 戦いはまだ続き、さらに過熱する。

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