第118話 思わぬ因果

 額に刺さっていた『なにか』を引き抜くと同時に反転した世界は舞い戻る。中心に巨大な結晶のある、やけに明るい空間。


『ほう。やはり貴様には通用せんか。実に惜しいが、仕方ない。駄目なものにこだわった結果、責務を果たせなければなにも意味はないからな』


 変わることなく淡々とした声がどこからともなく響いてくる。


 竜夫は自身が手に持っている『なにか』に目を向けた。


 そこにあったのは顔の近くまで向けてやっと目に見えるような細さの針だった。わずかに見えるそれは、まるで生き物のように蠢いている。竜夫はそれを手放し、足で踏み潰すと同時に、気づく。気づかざるを得なかった。


 それは言うまでもなく、あの男のこと。この異世界に召喚されてから、はじめて戦った竜の力を持った人間。クルトたちが所属するギャングと敵対していたグループに所属していたあの男――アルバのことだ。


「…………」


 竜夫は結晶の中心で変わることなく蠢いている『なにか』に目を向ける。


 やつは、竜によって作られた存在だ。やつの持っている力が、何ものかの力を参考にして付与されたものであってもまったくおかしくない。それが、かつて戦ったアルバのものであってもだ。まさか、こんなところで最初に戦った因縁の相手に連なるものが出てくるとは思わなかった。現実というのはつくづくこちらの予想を上回ってくる。正直なところ、嫌になるくらいに。


『どうかしたかね?』


 結晶の中心にいる『なにか』に目を向けていた竜夫に対し、やつは反応を返してきた。


「別に。あんたのいま僕に使った力を知っていただけさ」


『ほう。我が能力の参考となった主を知っていたか。その様子から察するに、貴様がそのお方のことを殺したのだろう。これはなかなかに因果なものだ。であるならば、私はますます貴様のことを始末せねばならんな』


 主が殺されたというのに、どこからか響いてくるやつの声は変わることなく機械的で淡々としていた。だが、一切感情の見えない声は強者であることを想起させる。たかが自身の力のもととなった主を殺されたくらいでは、機械然としたやつを揺さぶることはできないのだろう。


『まあ、どちらであってもお互いやることは変わらんわけだが。私は主たちから与えられた命を全うするために貴様を撃滅し、貴様は生きるために私を破滅させんとする。思わぬ因果があったというのに一切関係が変わらんというのはいささか寂しい気がするな』


「そんな風には、聞こえねえけどな」


 竜夫の軽口に、やつは『おや、わかるのかね。まったくもってその通りだ』と平坦に笑いながら言葉を返してくる。


 しかし、やつの言うとおりである。やつと自分に思わぬ因果があったところで、お互い生きるために戦い、殺し合うことに変わりはない。はっきりと言って不要といってもいいくらいだ。


 だが、やつの力がアルバのものを参考としているのは、思わぬヒントだ。天啓といってもいい。


 アルバの能力は、自分を含めた生物に針を刺して、操るというものだった。操られた対象は狂戦士と化して正気を失い、その力の影響がなくなるまでひたすら戦い続けるという極めて邪悪かつ凶悪なものだ。


 であるならば、やつに操られているアレクセイたちもアルバに操られた下っ端と同じような状態になっているのだろう。いまの自分と同じく頭に針を打ち込まれて、操られている。


 そうなると、やつを倒さなくても、頭に刺さった針をなんとかできれば、アレクセイたちは止まるはずだが――ここから出ることができない以上、それを実行する術はない。それに、強力な力を持っている正気を失った相手と戦いながら、目を近づけてやっと見えるくらい細い針を抜くのはそもそも不可能だろう。慎重にやらなければ、重度の障害が残る可能性もある。


 やはり、なにをするにもやつを倒さなければ戻ることも進むこともできないのだ。


 やるしかない。圧倒的な硬度を持つ結晶に守られた、人ならざる作られた存在を倒さなければならない。竜夫はそう決意を新たにする。


 それをやるには、やつを守るあの結晶をなんとかしなければならない。圧倒的な強度を誇るあの結晶を。


 竜夫は、目の前に燦然と輝きながら存在する結晶を注視しつつ、問いかける。


 本当にあれは絶対的に無敵なものなのだろうか?


 どんな手段を用いても破壊し得ないものなのだろうか?


 そう思い、すぐにいやと否定する。


 絶対的なものなど、完全無欠なものなどこの世には存在し得ない。竜の力は強大ではあるが、決して無敵でもなければ完全無欠でもないのだ。どこかに穴は必ず存在する。それは、いままで死闘を繰り広げたものたちもそうだし、当然自分も同じだ。


 それならば、竜によって創られた存在であるやつも同じだ。有限をいくら重ねても無限にはならないように、完全でも無敵でもないものによって創られた存在ならば、完全にも無敵にもなり得ない。完全でも無敵でもないからこそ進歩をし、そしてその果てに滅ぶ。それは、かつてこの世界においてか栄華を誇っていた竜たちが姿を消したことからも明らかだ。


 本当に彼ら彼女らが完全で無敵であったのなら、滅びなど訪れなかったはずだ。いまもこの世界に竜は、以前と変わることなく存在していただろう。そうでなかった以上、彼ら彼女らはどこまでも有限だ。なにより、有限のものから無限が導き出されるときとは意味をなさないものなのだから。


 であれば、あの結晶を砕く方法は必ず存在する。膨大なものは膨大なものでしかなく、無限ではない。無限ではないのならそれは絶対に有限の存在だ。はっきり言って、それは真理である。


 だが、それはなんだ? やつを守る結晶が有限の存在であっても、膨大な存在であることに変わりはない。単純なぶつかり合いでは、間違いなく勝てないだろう。こちらが持てる最大火力をぶつけても傷一つつけられなかったという事実から、それは明らかだ。竜の力を以てしても砕けない強度というのは、一切の誇張はない。極めて正当な評価である。


 力をぶつけて勝てないのなら、なにか別の手段を用いるしかない。


 圧倒的な強度を無視し、その中にいるやつを直接攻撃する方法。果たしてそれは、自身が持っているカードで行えるものなのだろうか?


 その答えは、未だ出ない。


『再び問うが――来ないのかね?』


 どこからともなく余裕然とした声が響いてくる。


「生憎、あんたを守る結晶を破壊できない程度にはこちらも非力なものでね」


『なかなか面白いことを言う。そんな口が叩けるということは、まだ折れてはいないらしいな。そう来なくてはな。心が折れ、完全に戦意を喪失した相手を蹂躙するのは好ましくない。果たさなければならない責務であっても、多少の愉悦は必要だ』


 まったく感情が見えない声で言う愉悦はどこかおかしさを感じさせるものである。やつも、完全に機械ではないらしい。自ら考える知性を持っているのだから、それは当然でもあるが。


『では行こうか。戦いを終えるには、まだ早すぎるからな。そう思わんかね?』


「残念だけど、それには同意できないな。さっさとあんたを倒して、安心できる場所でゆっくりしたいね」


『それは残念だ』


 淡々とした声が響くと同時に――


 またしても、この空間に存在する壁から一斉に光が放たれた。

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