第113話 数の防壁

 地面を蹴った竜夫は、結晶の中心にいる『なにか』を排除すべく突撃する。しかし、それはこの広い空間に無数に生み出された人型によって阻まれた。進行を阻まれた竜夫は、すぐさま刃と銃を握り直し、自身を遮る人型に攻撃。刃を振るいチープな映像のような人型を両断し、銃によってそれらを撃ち抜いて破壊する。


 だが、次々と生み出される人型は、こちらが倒せる量よりも多い。倒しても倒しても、その数が減ることはない。それどころか、どんどんと少しずつ、多くなっているとしか思えないほどだ。


「く……」


 まわりを取り囲まれた竜夫は、小さく言葉を漏らして、攻撃しつつ宙を飛んで、自身を取り囲みつつあった人型の包囲網から脱出。


 離脱と同時に、無数の人型はこちらを向く。無数にいる顔が存在しない異形が一斉に見られるというのは、本能的な恐怖を感じさせるものだった。竜夫は、思わず息を呑む。嫌な汗が滲み出た。


 やはり、さっきと同じだ。無尽蔵としか思えない量の敵が延々と出てくる。一体一体はたいして強くないが、逃げられなくなったこの場で消耗戦を強いられるのは非常に危険だ。先にリソースが尽きるのは、アウェイであるこちらだろう。できることなら無視して、あの結晶の中にいる『なにか』を倒したいが、あれだけの数によって阻まれてしまうと、戦闘を回避するのは難しい。どうする?


 竜夫は自身の前にいる無数の人型たちに視線を向けた。


 顔のないそれらは、あらゆる意味で一切なにかを語ることなくこちらを向いている。どこまでも無機質なそれらは、たいして強くないとわかっていても恐ろしい。機械のように淡々と、ただ侵入者である自分を排除するために、顔のない頭部を向けてこちらを見据えている。


『もう終わりかね?』


 頭の中に声が響く。性別も歳も判然としない、機械的な声。その声には、こちらを挑発する意図はまったく感じられなかった。ただ、本当に「何故?」と問うているようであった。


 竜夫は、無数にいる人型の奥にある結晶に目を向けた。この空間の中心に位置する巨大な結晶は燦然と輝きながら変わることなく存在している。その中に見える『なにか』も同じだ。それは、培養液の中に入れられた生物の一部のように蠢いている。


 結晶の中にいる『なにか』自体は強大なものであるとは思えなかった。奴自身も言っていたが、あの状態では動くこともできないだろう。であれば、この人型の群れさえ突破できれば、勝機はあるが――


 結晶の前には、無数の人型が遮っている。その数は、少なく見積もっても数十はいるだろう。それだけの数になれば一体一体は雑魚といえども馬鹿にならない。戦いにおいて、数というのは絶対だ。それは、超常の力を得た者同士の戦いであっても同じだ。


 これだけの数を無視するのも危険だろう。結晶の中にいる『なにか』には、間違いなくこの人型を生み出す以外の力があるはずだ。その未知の脅威を考えると、やはり人型どもを無視して結晶の中にいる『なにか』を倒そうするのは危険だ。


 どうにかして、この無数に人型を排除する必要がある。それは、わずかな時間でも構わない。この空間の中心にある結晶に近づくための隙を作れればそれでいい。


 どうする? 竜夫は目の前にいる無数の人型を見ながら、打開策を考える。


 グスタフとリチャードがやったように、一度に大量にあの人型を始末する手段が必要だ。すべてを倒す必要はない。こちらが無視しても問題ない程度の数まで減らすことができれば充分である。そうすれば、近づく隙を作ることができるが――


 だが、一度に多数の敵を倒す手段がない。刃と銃で一度に倒せるのはせいぜい二体か三体だ。それでは、あの結晶の中にいる『なにか』が生み出す量には遠く及ばない。先ほどのように、どんどんとこちらが削られていくばかりなのは明らかだ。


 なにか、手段はないのか? 徐々に大きくなりつつある焦りに苛まれながらも、それを考える。


 そのとき――


 自分に一番近いところにいた人型が、そいつの近くにいた人型をつかむのが見えた。それを見た竜夫は、即座に危機を察知する。そいつは、つかんだ人型をこちらに向かって投げ捨ててきた。投げつけられた人型は、巨大な刃へと変わり、竜夫へと襲いかかる。竜夫は横に飛び込んで直撃は回避したものの、脇腹のあたりをわずかに掠めた。わずかに出血する。


 それを契機に、他の人型も近くにいた人型を竜夫に向かって投擲してくる。投げつけられたそれらは人間大の巨大な刃と化し、竜夫を襲う。竜夫は投げつけられた人型を横に飛びかわし、手に持つ刃で弾いて迎撃するも、次々と放たれるそれらによって徐々に追い詰められていく。


「くそ!」


 人型が次々と投げ込まれていくせいで、反撃の隙すらもない。自身に向かって投げられてくる巨大な刃を回避していくので精いっぱいだ。


 そしてなにより、味方を投げつけているというのに、その数は減っていなかった。人型はこの空間に次から次へと生み出されている。


「この……」


 竜夫はそう吐き捨てたのち、左手に持っていた銃を消した。代わりに生み出したのは、大砲。竜夫は創り出した大砲を構える。できるだけ大量の敵を倒せる場所を狙う。投げつけられてくる刃を受けるのを承知で竜夫は立ち止まり、狙いをつけてそれを放った。


 砲弾は投げつけられた刃を破壊しながら進み、着弾。爆発音が竜夫の耳を貫いた。爆発の衝撃で視界が歪む。


 しかし、それでもすべてを倒すことはできなかった。砲弾の発射と同時に進んだ竜夫の進行を残っていた人型が遮る。当然、遮った人型は竜夫によってすぐさま斬り捨てられた。しかし、そのわずかな時間により、大砲で壊滅した人型は新たな個体が投入され、再び竜夫に襲いかかってくる。竜夫が、それを相手にしている間に、人型たちは戦線を立て直した。


「やってらんねえな……」


 竜夫は小さく吐き捨てる。やはり、数というのは立派な力だ。一人で多数を相手することになって、その力の大きさを改めて痛感する。


 どうする? 竜夫は再び自身に問いかけた。早くこの状況をなんとかしなければならない。いつまでもこの状態が続けば、敗北は約束されている。


 やはり、こちらにできる打開策はあの結晶の中にいる『なにか』を倒すことだけだ。それはとてもシンプルかつわかりやすいが――


 その実行は、難しい。自身を一切顧みることのない無数の敵がその前を遮っているのだ。恐れが一切ない兵隊というのは、たいして強くなくとも戦いにおいてかなりの脅威である。それが無限に等しく投入されてくるのは悪夢に等しい。


 竜夫は手に持った大砲を結晶のほうに向けて、放つ。放たれた砲弾は放物線を描き結晶へと向かっていった。しかし、放たれた砲弾は投擲された人型の刃によって迎撃され、途中で爆散する。わかっていたことだが、遠くから狙うのも不可能のようだ。


 立ちはだかる人型の数は相変わらず減る様子がない。一体、どういうことなのだろう? あの結晶の中にいる『なにか』は無限に奴らを生み出せるのか? いや、そんなはずはない。竜の力は強大であっても決して無限ではないのだ。竜によって作られた奴もそれは同じだろう。無間の存在というのは、あり得ない。


 もし、無限のように見えるのなら、そこにはなんらかのからくりがあるはずだ。無尽蔵に生み出される人型もその類のはずである。


 そこまで考えたところで、竜夫はあることに思い至った。


 無数の人型を一度の倒す手段。どうしてそれをいままで気づかなかったのだろうと思えった。なにしろ、自分の能力は――


 竜夫は敵を見る。顔のない無数の人型がこちらを向いていた。顔のない存在というのは、何度見ても本能的な恐怖を感じさせる。それら、機械のようにこちらを見据えながら、こちらを排除せんと様子を窺っていた。


 どうすれば、一度に多くの敵を倒せるだろう? それを考え――


 竜夫は地面を蹴り、再びこの空間の中心にある結晶へと接近する。


 当然のことながら、自身を生み出した主を守護するために、人型ども結晶に近づこうする竜夫を遮らんと踏み出してきた。自身を顧みることなく、その身そのものを防壁として進み出る竜夫を遮る。


 進み出した竜夫は――


 敵に持っていた刃と大砲を消した。


 代わりに生み出したのは、無数の円筒状のもの。それを動きながらあたりにばら撒いた。


 ばら撒かれたそれらは地面に、人型に当たると同時に炸裂する。


 竜夫が創り出したのは、わずかな衝撃でも爆発する爆薬だ。竜夫が得た竜の力は、武器を創り出す力である。爆薬だって武器の一つだ。であれば、創れない理由は存在しない。


 竜夫によってばら撒かれた大量の爆薬によって大量の人型が破裂して消滅する。その隙を、竜夫は逃さない。再び刃を創り出し、さらに地面を蹴り込んで、結晶へと接近し――


 その中にいる『なにか』に向かって、刃を振るった。

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