第114話 新たなる強者

 竜夫が振るった刃は結晶に衝突する。しかし、振るわれたその刃は結晶の中にいる『なにか』に届くことはなかった。竜夫が振るった刃は結晶に弾かれてしまったのだ。全身に響き渡るような硬い感触が手の中に広がる。竜夫はそのまま結晶を蹴りつけて地面に着地した。


『鏡像どもを相手にしているのは埒が明かぬとみて、雑魚を一気に始末した隙をついて私を直接狙ってきたか。その判断は正解だ。見ての通り、私自体はここから動けないうえに非常に貧弱で脆弱な存在だからな。だが、それは私自身が一番理解していることでもある』


 結晶の中にいる『なにか』は冷静な声を響かせた。


『私を収めているこの結晶は我が力が浸透し、とてつもなく堅牢だ。我が主たちの力を以てしても簡単には砕けぬ硬度で作られている』


 響くその声に、驕りは一切感じられない。結晶の中にいる『なにか』は純然に機械のように事実を淡々と述べているようだった。


『まあ貴様のような本物を相手にしたのは今日がはじめてではあるが――我が主たちの設計には間違いはなかったようだ。当然といえば当然ではあるが、これはいずれ復活する我が主たちをさらなる高みを目指すのに、非常に有益な情報となるだろう』


 実戦での情報はなかなか得られんからな、と相変わらず年齢も性別も一切感じさせない声を響かせた。


 気がつくと、竜夫のまわりには無数の人型の群れに取り囲まれていた。数えるのも嫌になる数だ。少なくとも、三十はいるだろう。


『できることなら貴様に関する情報も得ておきたいところだ。さてどうしたものか。逃げられぬこの状況であれば、ひたすらに数で攻めて時間をかけて耐久戦を強いて押し潰すのが定石ではあるのだが――それでは貴様に関する充分な情報は得られぬな。今後も、貴様のような存在が我が主たちの邪魔となる可能性はゼロとは言い切れない。貴様ほどの敵と遭遇する機会はなかなかないからな。である以上、貴重なこの機会を逃すわけにはいかん。情報は得られるときに得ておくべきか』


 結晶の中にいる『なにか』の目のようなものがこちらに向く。それはどこまでも異質で、自然に存在するなにものにも似ていない。それは、ただその姿を見ているだけで心を不安定にさせていく。


『まずは、貴様の戦闘力を測るとするか』


 そんな声が響くと同時に、竜夫のまわりを取り囲んでいた無数の人型たちが溶けるように消えていく。


 消えると同時に現れたのは、二メートルほどもある人型。それは、先ほどまでまわりにいた無数にいたものとは異なり、幽霊のようなおぼろげな見た目をしていながらも確かな存在感があるものであった。


『さて、きみの戦闘力を見せてもらおう。安心したまえ。貴様がそいつと戦っている限り、私は貴様の邪魔はせん。心置きなくそいつと戦ってくれたまえ。下手に手を出して邪魔をしては、得られる情報に歪みが出てしまうからな』


 結晶の中にいる『なにか』は余裕のある声を響かせた。


『できることなら、充分なデータが得られる程度に長く戦ってくれると、こちらとしても助かるところだ』


 竜夫の前に現れた人型は、剣と楯のようなものを創り出して構える。その姿は、意思なき人の紛いものとは思えないほど胴が入ったものであった。下手に結晶のほうを狙えば、その隙をつかれてやられてしまうと思えるほどだ。竜夫は、左手に銃を創り出す。


『では、存分にやってくれたまえ。敵ではあるが、貴様の健闘を祈る』


 そんな声が響くと同時に、人型が動き出した。一瞬で、人型が持つ剣の間合いへと入り込んできた。その動きだけでも、先ほどまでいた雑魚どもとはなにもかもが違っている。それは明らかに強者のものであった。


 距離を詰めてきた人型が手に持っている剣が振るわれる。それは、暴風のごとき力強さとともに、最小の動作でこちらの命を的確に刈り取る繊細さが感じられた。


 だが、幾たびの死線を超えてきた竜夫は、その程度で揺らぐものではない。人型の剣を受けつつ後ろにステップして、暴風のごとき一撃を受け流した。


 後ろにステップすると同時に、左手に持った銃を放つ。放たれた高速の弾丸は、吸い込まれるように人型に向かう。


 しかし、その弾丸は人型の持つ楯によって防がれた。弾丸は弾かれ、音もなく地面へと落下する。


 弾丸を楯で防いだ人型はさらに距離を詰め、こちらの急所を正確に狙った突きを放つ。片手での防御は不可能だと判断した竜夫は、左手に持った銃を消し、刃を両手に持ち替え得た。両手に持った刃で、人型が放った突きを防ぐ。霊体のようにおぼろげな見た目からは想像もつかない重さが感じられた。竜夫の身体は、わずかに後ろへと押し込まれた。


 人型は極めて機械的な冷静さを以て、竜夫のことをさらに押し込まんと一歩踏み出して追撃を行ってきた。左から薙ぎ払う一撃。一切音を発することのないそれは、かまいたちのような鋭さが感じられた。


 それでも竜夫は冷静に刃を振ってそれを防御。自身が持つ刃に振るわれる剣を的確に当てて、人型の一撃を相殺する。


 だが、自身を大きく上回る体格をした人型の力はおぼろげな見た目に反して強く、なかなか攻め返すことができない。わずかながらも的確に、後ろへと押し込まれていく。


『この程度では揺るがぬか。さすが我が主たちに仇なすだけのことはある』


 感心するような声が響く。しかし、自身を挑発すような声に反応する余裕はまったくない。下手に挑発に反応して隙を作ってしまったら、わずかであっても人型は的確にそこを突いてくるだろう。目の前に立ち塞がるこの敵はその程度のことをやってのける力があることは間違いなかった。


 人型の猛攻は止まらない。豪快に、けれど的確にこちらを徐々に追い込んでいく攻撃を放ってくる。竜夫は刃を当て、相殺して防いでいるものの、このままではじり貧になるのは明らかであった。


 竜夫は、敵の剣に刃を当てて相殺すると同時に、攻撃と攻撃の合間にあるわずかな猶予を縫って踏み込んだ。相手が持つ剣の間合いの内側へと入り込み、刃を斜め下からすくい上げた。


 だが、竜夫の一撃は命中することはなかった。竜夫の一撃よりも、人型が放った楯による殴打が先んじたのだ。


 攻撃をしようとしていた竜夫に楯が命中する。肩から踏み込んでいたため、直撃は免れたものの、カウンターとなったその衝撃は大きかった。姿勢を崩される。


 その隙を、人型は逃すことはない。もう一歩踏み込んで、剣を振り下ろす。力強いその一撃は、竜の力を得た竜夫であっても、容易にその命を断ち切る威力があった。


 しかし、体勢を崩れても竜夫は冷静さを失わなかった。前へと踏み込んで、振り下ろされた一撃を回避。人型の背後へと回り込みつつ、振り返りながら突きを放った。


 竜夫が放った突きが貫いたのは人型の身体ではなかった。人型は背後に回り込んで放った竜夫の突きを超反応で前方へと飛び込んでかわしたのだ。


 前へと飛び込んだ人型を竜夫は追撃する。流れるような動作で持っていた刃を投擲し、再び刃を創り出して、そのあとに続く。


 前へと飛び込んだ人型はすぐに姿勢を整えて、投擲された刃を剣で弾いて防御。その直後、距離つめていた竜夫の刃が振るわれる。竜夫が振るった刃は人型を見事両断した。身体を両断された人型は膝を突いて崩れ落ち、そのまますぐに泡が弾けるように消滅する。


『ほう』


 竜夫の頭の中に感心するような声が響く。


『この程度の敵はあっさり倒してしまうか。先ほど貴様らが戦った石像を参考したのだが――どうやら貴様は一人の方が存分に力を発揮できるようだな。実に興味深い』


 結晶の中にいる『なにか』は機械的で淡々とした声の中に、わずかな愉悦を滲ませる。


『ここの力を全集中して作り上げたあの鏡像で駄目だったのだから、再び同じものを出したところで変わらんだろう。であるならば、環境を変えるべきか』


「……なにを、するつもりだ?」


 竜夫は結晶のほうを向き、その中にいる生物ともつかない『なにか』に言葉を返す。少なくとも、いまの人型を再び出すことはなさそうだが――


『決まっているだろう。私が戦うのだよ』


「……なに?」


 予想外の言葉に竜夫は思わず声を上げた。


『おや、結晶の中で動けない貧弱な私が戦えないとでも思ったのかね? 確かに私は見た目通り貧弱で脆弱な存在だ。その気になれば普通の人間でも引き裂けるくらいにはね。


 だが、貧弱で脆弱だからといって、戦えないわけではない。自分自身が身体を張って戦うのだけが戦いではないのだ。弱者には弱者なりに戦い方というものがある』


 響いたその声はまるで、頭の悪い教え子にしっかりと言い聞かせる教師のように思えた。


 竜夫は剣と銃を構え、空間の中心にある結晶に身体を向けた。結晶はLEDの明かりのごとく燦然と輝いている。その輝きは、屋内でありながら眩しさを感じられるほどだった。


『私自身が弱くとも、私が操るものが強ければ戦いは成立するのだ。我が主に仇なす者よ。さらなる力を見せてみろ。ここで始末はするが、今回得られたものは間違いなく我が主たちの糧となるだろう。その栄誉が与えられるのだ。誇るがいい』


「生憎だが、殺されて得られる栄誉なんてごめんだ」


 竜夫は吐き捨てるような言葉を返した。


『ふむ。それは残念だ。まあしかし、貴様がいらないと言ったところで、貴様が死ねば我が主たちの糧となるのは確実なのだ。私だけは、貴様に対して敬意を表そう。それが、殺した私の役目でもある』


「……そいつはどうも」


『では、はじめようか。私は動けないが、できることは色々とある。なにか希望があるかね?』


「知るか!」


 竜夫はそう吐き捨て――


 地面を蹴って結晶の中心にいる『なにか』を撃滅するために飛び上がった。

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