第111話 暗き細道

 進んだ先は、いままでとは打って変わって細く暗い道がどこまでも続いていた。


 しばらく進んだところで、竜夫は背後を見る。


 背後から、追っ手が来ている様子はない。いましがた進んできた道は、まるで死んでいるかのように静かだった。操られているアレクセイたちはリチャードの毒物で昏倒させられているのか、それとも別の手段によって足止めしているのかは不明である。だが、数的に不利な状況である以上、彼の足止めがいつまで続くかもわからない。背後もしっかりと警戒しておこう。前に敵がいない状況であれば、この細道なら囲まれる心配もない。


 竜夫は、暗く不明瞭な道を手探りで進んでいく。できるだけ、壁には触れないように、足もとも警戒する。いまのところ、罠らしきものはなかった。しかし、どのような状況であっても油断は禁物である。万全を期しているつもりでも、万全にはなり得ないのが現実というものだ。人間はどうあってもミスをしてしまう生き物である。それは竜の力を得ても変わらない。なにか起こっても、すぐに対応できるようにしておこう。


 暗く、細い道に自分の歩く足音だけが響く。先ほどまで自分が激しい戦闘をしていたのが嘘のようだ。あまりしも静かなので、知らないうちにまったく違う場所に転移したのではないかと思えてくるほどだ。


 この先に、一体なにがあるのだろう? アレクセイたちが操られることになった原因か、それとも、別のなにかか――


 なにがあるのかは行ってみなければわからないが、なにかあるのだけは確実だ。そうでなければ、アレクセイたちが操られることも、無尽蔵に敵が湧き出てくることもないだろう。罠があるということは、なにか重要なものがある、あるいはあったことの証明でもある。侵入者を欺くために、この場所を造り出した竜たちがなにもない場所に罠だけを仕掛けたということも充分あり得るが――


 どちらにせよ、この先に進めばなにかわかるはずだ。いまできることは、少しでも早くこの道を踏破して、アレクセイたちが操られた原因を、あの空間から出ることを阻んでいる霧を生み出している原因を見つけ出し、速やかに破壊しなければならない。自分は、彼らに託されたのだ。危険も顧みずに全力を尽くし、前に進ませてくれた彼らの思いを無駄にしないためにも、こなすべきことはしっかりと行わなければ。そうでなければ、彼らの思いや、奮闘が無意味になってしまう。そんなことは、絶対にあってはならない。


 硬く、高い足音を響かせながら、竜夫は先が見えない暗い道を進んでいく。


 いかにもなにかありそうな道なのに、どこまで進んでもなにもない。そのなにもなさがどことなく不気味で不吉だ。


 そこまで考えたところで、ふと気づく。


 この先になにかあって、それが原因でアレクセイたちが操られたのなら、ここは一度アレクセイたちが通っているはずである。なにもないのは、ここを進んだ彼らが罠を解除して進んでいったのかもしれない。


 竜夫は前に進みながらあたりを見回してみる。


 罠や、それを解除したあとの痕跡のようなものは一切ない。罠の解除を行って、その痕跡が一切残らないとも思えなかった。


 やはり、ここにははじめからなにもなかったのだろうか? 考えてみたが、答えは出ない。だが、この狭い道で、罠にかかってなにごともなく済んだとも思えなかった。


 なにかありそうな場所でなにもないというのは不気味だ。まるで、なにかの予兆のようである。それも、とてつもなく不吉な――


 そこまで考えて竜夫は、いやと首を振って思い直す。


 そんなこと、いくら考えたところでなにも意味はない。アレクセイたちがああなっていた以上、この先になにかあるのは確実なのだ。自分がいまやるべきなのは、その原因を排除すること。それ以外は必要ない。余計なことは考えるな――


 竜夫はさらに奥へと進んでいく。


 延々と、暗く細い道が続いている。未だ分岐も部屋もない。どこまでも、無限に続いているように思えた。


 ぞわり、と背後から撫でられるような感覚が感じられて、背後を見る。その先は、ただ暗い道が延々と続いているだけでなにもない。操られたアレクセイたちが追ってきている様子もなかった。なのに、背後になにかいるように思えてならない。これが、暗闇が持つ魔力なのか、それとも本当に、五感では認識できないなにかがいるのだろうか――


 そんなこと、あるわけがない。そう思いたかったが、ここは超常の存在たる竜がいた世界なのだ。五感では認識できないなにかがあってもおかしくはない。そう思ってしまうと、自身の内に潜む恐怖が大きくなった。


 それでも、前に進まなければならない。ここで怖気づいて戻ったところで、なにも得られないのは明らかである。仮になにか手に入れられるとしても、臆病者という不名誉な称号だけだ。そんなものは必要ない。まあ、名誉ある死を望みたいとも思わないが――


 暗い道は、なおも続く。


 一体、この道はどこまで続いているのだろう? あそこを出てからどれくらい進んだのだろうか? とても長い道を進んだようにも、そうでないようにも思える。どこまでも風景が一切変わらない道というのは、時間の感覚を喪失させていく。車の運転をしていて、長いトンネルの中で催眠にかかったような状態になってしまうのも無理もないように思えた。


 一体、いつまでこの道は続くのだろう? この道は実は罠で、先などなく、このまま永遠と暗い道がループし続けているのかもしれない。そう思うと、途端に前に進むのが怖くなった。戻るべきか、それとも――


 そんなことを思いながら、竜夫の足は止まらない。なにかによって動かされているかのように、ひたすらに前に進んでいく。


 暗闇がさらに濃くなる。数センチ先も見えないほどの圧倒的な暗黒。泥のように粘性のある澱みが身体の至るところに纏わりついてきた。それは、錯覚のはずなのに、錯覚とは思えないほどのリアルさがあった。その澱みをかき分けて、竜夫はさらに進んでいく。


 澱みをかき分けて、ただひたすらに進み――


 しばらく進んだところでそれが消え――


 前を見た、そのとき――


 強烈な光が竜夫の目を襲い――


 なにかの、声が――聞こえた。

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