第110話 刃と毒と雷と
「早速で悪いんだが――」
リチャードは少しだけバツの悪そうな声で竜夫に話しかけてきた。
「さっきのといまので使いきっちまった。いまのと同じように昏倒させるには、あと少しだけ時間を稼いでくれるとありがたいんだが」
「どれぐらいですか?」
竜夫はリチャードに問い返す。
「三分ってところだな」
三分。三対一の状況でその時間を稼ぐのはなかなかに厳しいものがある。だが、やるしかない。
「……いいでしょう。なんとかやってみます」
竜夫はゆっくりと答えた。
アレクセイたちは相変わらず沈黙したままだ。昏倒した仲間のことを気にする様子はまるでない。本当に機械のようである。やはり、この奥へと進もうとしないか入り、動き出さないのだろうか? 不利な状況で徹底して待たれるというのは非常にやりにくい。
「ところで、ここにどうやってきたんです?」
この空間を分断する炎は強烈な熱をあたりに放ちながら、変わることなく煌々と燃えさかっている。身体能力が強化されていても、あの中を強引に突破するのは不可能に思えた。
「タイラーの能力で足場を作って、炎の上を潜り抜けてきた」
そう言われ、竜夫は上の方を見る。炎の上には、人が通れそうな隙間があった。だからといって、その上を通っていくのは難しい。下手を打てば炎の中に落ちて焼死するかもしれないのだ。相当の覚悟と勇気がなければできないだろう。
「一つ言っておくが、俺の能力は敵味方を判別できるものじゃない。巻き込まれれば、あんたも昏倒しかねないから、それだけは気をつけておいてくれ」
「わかりました。気をつけます。ところで、なにをするつもりなんですか?」
「俺の能力は毒物を生成するものでな。その力を使って蒸気を吸引した相手の意識を昏倒させる揮発性の高い毒物を作る」
ということは、あの炎を生み出した液体もリチャードの能力で作られた毒物なのだろう。可燃性の毒物というのは珍しいものじゃない。
「……大丈夫なんですか?」
「普通の奴だったら死にかねないが――奴らなら大丈夫だろ。そのあたりはこっちでうまく調整する」
リチャードのその言葉に澱みや迷いはなく、確固たる自信が感じられた。
「それじゃ、頼むぜ」
「ええ」
竜夫はそう言い、アレクセイたちに視線を向ける。彼らは相変わらず虚ろな目をしたまま、なにも語ることなくこちらの行く手を遮らんと立ちはだかっていた。
先ほどまで自身を支配しつつあった弱音は消えていた。やはり、仲間がいるというのは頼もしい。一人で戦うことが多かった自分にとって、それはなによりも尊い財産のように思えた。
とはいっても、以前として不利な状況であることに変わりはない。三対一。リチャードを入れても三対二だ。できることなら、リチャードには能力の回復に徹してもらいたい。そう考えると、戦いに専念できるのは自分だけだ。やはり、楽観できる状況ではない。
しかし、いままであった不安は幾分か消えていた。それはきっと、進む先がある程度見えたからなのだろう。
竜夫は三度刃を握り直し、足に力を入れ、地面を蹴って前に踏み出す。竜夫が動き出すと同時に、前にいた十字槍が動き出した。竜夫の進行は、十字槍によって遮られる。刃と十字槍が衝突。甲高い音があたりに響き渡った。
竜夫の進行を遮った十字槍は反撃の刺突を放つ。青白い雷光を纏ったその突きは、十字槍が纏う雷光と同じくらい鋭いものだった。竜夫は冷静に、自身が持つ刃で突きをいなす。
だが、槍から流れ込んでくる電流を防ぐことはできなかった。十字槍に触れると同時に、身体の中から焼かれるような痛みと衝撃が駆け巡る。
それでも、竜夫は止まらない。歯を食いしばり、容赦なく流れ込んでくる電流に耐えながら前へと踏み出していく。
十字槍の背後から、アレクセイが矢を放つのが見えた。竜夫はすぐさま横に飛び込んでそれを回避。放たれた矢は炎の壁の中へと消えた。
横に飛び込んだ竜夫に追撃をしたのは、大槌を持った巨漢。竜夫に接近した巨漢は竜巻のような豪快さを以て大槌を振り回してくる。わずかに巻き込まれただけで、ひき肉にされてしまいそうなほどの威力があった。
竜夫は後ろにステップしてその一撃を紙一重はかわす。その後すぐに刃を片手で持ち直し、左手の銃を創り出し、大槌に向かってそれを放つ。放たれた非殺傷の弾丸は、大槌の腹部へと突き刺さる。非殺傷式とはいえ、音速に近い速度で弾丸を叩きこまれた大槌は怯んで、一歩後退。
弾丸を食らった大槌をフォローするように、十字槍が再び接近。こちらの間合いの外から、鋭い突きを放った。
それを読んでいた竜夫は突きを前に踏み込みつつ回避し、十字槍の間合いに内側へと入り込む。入り込むと同時に非殺傷性の刃を叩きつけた。刃を叩きこまれた十字槍は体勢を崩す。竜夫は前に出て、一番奥にいるアレクセイのほうの身体を向け――
前に踏み出そうとしたところで、横から飛び上がっていた大槌の姿が見えた。前に出ようとしていた竜夫はわずかに反応が遅れる。上から力任せに振るわれた大槌が襲いかかった。その一撃をなんとか刃で防いだものの、叩きつけられた大槌から流れ込んできた電流によって動きを止められてしまう。
そこへ襲いかかったのは、後方から放たれるアレクセイの矢。正確に、そして無慈悲に放たれた矢は竜夫の脇腹をかすめて抉っていく。強烈な痛みが走った。電熱を纏った矢であったせいか接触と同時に傷口を焼かれ、まったく出血はしていない。
それでも、耐える。
前に進むために。
自身が生き延びるために。
ここにいる全員を救うために。
苦しかろうが、傷つこうが愚直に前に出るしかない。
それ以外、残されている道はなにもないのだから――
竜夫は銃を構える。狙うのは奥にいるアレクセイ。彼はもう一度、矢を番えて巨大な弓を引いていた。弓の底部は地面に接地されている。彼が矢を放つ前に、竜夫は引き金を引いた。アレクセイは弓を接地させていたため動くことができず、その弾丸は吸い込まれるように命中する。胸に非殺傷弾が命中したアレクセイは大きくよろめいた。
その隙を逃さない。地面を蹴り、距離を詰め、アレクセイに接近。接近した竜夫は、刃と銃を消し、彼の胸倉をつかんで背後へと投げ捨てた。アレクセイは、大弓を持ったまま背後へと一メートル半ほど投げ飛ばされる。
道はできた。だが、まだ進むわけにはいかない。彼らをここに引きつけておかなければ、進んだ先で挟撃される恐れがあるからだ。この先になにもないということはないだろう。そうでなかったら、大量の敵が出てきたり、操ったアレクセイたちに守らせることはないはずだ。
リチャードはまだか? これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかない。長引けば長引くほど不利になるし、アレクセイたちを殺す可能性も高くなる。早く――
そう思ったところで――
「よくやってくれたタツオ! あとは俺に任せろ!」
そんな声が聞こえ――
その直後、リチャードは大量の瓶をアレクセイたちのところへと投擲し――
瓶が割れると同時に、白い蒸気に包まれた。
それを見た竜夫は自身の服の袖で鼻と口を覆いながら、やっとの思いで切り開いた奥の道へと進み出た。
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