第109話 立ち込める暗雲
竜夫は刃を構え、立ちはだかるアレクセイたちと対峙する。距離を挟んで対峙する彼らは、本当に意思がある人間なのか疑問に思うほどその目は虚ろであった。彼らは、この先へと進まんとする竜夫をただ排除する以外、人としての一切の機能が失せているとしか思えない状態だ。アレクセイたちをあのような状態にしたのは一体なんなのか? 奥の道を進めば、その原因もわかるかもしれない。
竜夫は、立ちはだかるアレクセイたちへの警戒を解かないまま、奥の道へと視線を向ける。
やはり、どうやったところで、現在の状況では、戦わずに彼らを突破して奥へと進むのは困難だ。現に、先ほど突破しようとしたところで、アレクセイの仲間と戦闘になったのだ。不可能であると言ってもいい。
なんとかして、彼ら全員をあの奥の道の前からおびき出せないか? 竜夫はそう自問してみた。
いや、とすぐに竜夫は心の中で首を横に振った。
一人の状況では、おびき出すのも難しいだろう。仮に隙をついて奥に行けたとしても、彼らはゲームのモンスターじゃないんだから、進んだこちらを追いかけてくるはずだ。それに、進んだ先にも恐らく敵がいるはずだ。そうなったら挟み撃ちである。一本道で、そうなってしまったら生き延びるのは難しい。百歩譲って奥にいるのが敵でなかったとしても、アレクセイたちを操っているなにかが間違いなく存在するはずだ。それが、自分になにか害を及ぼさないという保証はどこにもない。そういったことを考えても、アレクセイたちを引き連れて奥に進むのはどう考えても危険すぎる。
竜夫はこの広々とした空間を遮る炎の壁を見た。この場を分断する炎の壁は、その勢いが衰えることなく煌々と燃えさかっている。鎮火する様子はまるでない。このまま放っておけば、もっと燃え広がる可能性さえもあるようにも思えた。
そもそも、隙を作り出すにしても、ある程度の時間、アレクセイたちを引きつける者が必要だ。だが、現在こちらは一人。後ろは炎によって遮られている。
炎の奥から音が聞こえてくる。鈍く重い音や、甲高い金属音、戦いの際に発生する様々な音が響いていた。グスタフたちはまだ無数の人型たちと戦っているのだろう。炎によって数は減っているかもしれないが、それでもまだそれなりの数がいるはずだ。なにより、負傷したパトリックとレイモンの救護にあたっているウィリアムたちのこともある。炎の壁を超えて、こちらに加勢してくれると思うのはあまりにも楽観が過ぎるだろう。
一人でやるしかないのか? そう思うと、刃を握る力が強まった。
立ちはだかるアレクセイたちは強い。先ほどの戦いぶりをみれば、それは明らかだ、操られているせいで、戦闘力が下がっているとも思えない。そうなると――
行き着く答えはただ一つ。
やはり、この先に押し通るのなら、殺すしかないのか?
全員を殺す必要はない。こちらの目的は奥へ進むことであって、アレクセイたち全員を始末することではないのだ。一人か二人殺せば、奥へ行きやすくなる。
だが、それでいいのか? 竜夫は自身に問いかけた。
彼らに恨みはない。
なにか恨みがあれば、殺すことに躊躇を覚えなかったのに。
彼らがなにか裁かれるような悪いことをしたわけではない。
なにか罪悪を犯していたのなら、殺すことに罪悪感なんて覚えなかったのに。
そんな風に思えてならなかった。
恨みもなく、悪いこともしていない彼らを、殺してもいいのか?
自分たちを一人でも多く守るために、その理不尽を彼らに押しつけてしまって、仕方なかったと正当化して、それでいいのか?
ここでアレクセイたちの誰かを殺したとしても、ウィリアムたちもタイラーたちも自分を糾弾することはないだろう。危険な仕事をしている彼らは、自身を守るために仕方なくなにかを殺す正当性を知っているはずだ。その程度の覚悟がなければ、命の危険がある仕事などやっていられない。
竜夫は、再びアレクセイたちに目を向ける。
彼らは、こちらに虚ろな視線を向けたまま動かない。石像のように、こちらを注視したままだ。もしかしたら、いまの彼らはこちらが前に出てこない限り動いてこないのかもしれない。だとすると、一人で彼らを引きつけるのは不可能だ。逃げられないこの状況で待たれてしまったら、こちらが前に出るしかない。
そのうえ、この空間を分断する炎のこともある。リチャードがばらまいた液体がなんらかの可燃物ないし可燃を促進する物質であったのなら、その炎はそう簡単に収まらない。このまま燃焼が続いたら、下手をすれば窒息する可能性もある。やはり、長引けば長引くほどこちらが不利になっていく。
早くなんとかしなければと思うものの、いくら考えても、この状況を打破する手立てはどこにもない。
愚直に前に出るしかないのか? 立ちはだかる四人を突破できるまで、前に出続けるしかないのか? その果てに、彼らのうちの誰かを殺してしまうしか道はないのか? どれだけ考えてみても、行き着く答えはそこだ。無慈悲にもほどがある。どうして、現実というものはかくもこう厳しいのだろう? 竜夫は、歯を強くかみしめた。
それから、すぐに決意する。
このまま立ち止まっていても、なにも変わらない。
前に、出よう。
その先に、操られてしまった彼らを殺すことになっても。
刃を構え直した竜夫は、地面を強く踏みしめたのち、蹴る。目指すのは、アレクセイの奥にある道。
前に出た竜夫を遮ったのは、アレクセイの前にいたもう一人の男。いかにもパワーがありそうな巨漢だった。彼は、自分の身の丈ほどもある巨大な大槌を手に持ち、この場所を突破せんと踏み出した竜夫の行く手を阻む。力任せに、しかし的確に振るわれたその一撃は前に進む竜夫の行く手を見事に遮った。重い大槌を叩きつけられた竜夫は後ろへと大きく弾き飛ばされる。
後ろに弾き飛ばされると同時に手甲をはめた色黒が接近。両腕に雷光を纏わせて、ジャブを放つ。放たれたジャブは刃で防いだものの、纏っている雷光を遮ることはできなかった。身体の芯から焼かれるような衝撃が全員に駆け巡る。
「く……」
電流を流されても、怯むわけにはいかない。こちらは一人である以上、少しでも怯んでしまえば、簡単に押し切られるだろう。竜夫は、電流による痛みと衝撃に耐えながら、もう一度前に出ようとする。
その瞬間、目の前から高速でなにかが飛来。とっさに反応し、致命傷だけは避けたものの、それは竜夫の腕を貫いていった。二の腕に焼きごてを差しこまれたような痛みが走る。貫通と同時に焼かれたせいか、出血はまったくない。
奥にいたアレクセイが、大弓を構えていた。雷が具現化したような大きな矢を番えている。再び弓を引き、こちらに狙いをつける。
こちらのことを構うことなく、今度は十字槍を持った痩せた男が槍を構えて突進。その動きは雷光そのものといっても差し支えないほどの鋭さがあった。竜夫の刃と十字槍が激突する。突きは防御したものの、同時に流れ込んでくる電流を防ぐことはできず、再び身体中に電流が走る。それはまるで、身体の中から焼かれているようであった。
それでも、竜夫は耐えて、なおも前に出ようとする。踏み込んで十字槍を持つ痩せた男へと攻撃を仕掛けた。
当然のことながら、痩せた男がそれを受けてくれることはない。十字槍を巧みに操り、竜夫の刃をいなしていく。槍に触れるたびに、こちらに電流が流れ込んでくる。
奥にいるアレクセイが矢を放つのが見えた。竜夫は、自身を狙うその矢の進行上に痩せた男が入る位置へと咄嗟に入り込む。それでも構うことなくアレクセイは矢を放った。遠雷のごとき青白く煌めく矢が痩せた男に貫通した。
だが、矢が突き刺さったにもかかわらず、痩せた男の動きが止まることはなかった。それどころか、傷ついてすらいない。全身に雷光を纏わせている。
「……くそ」
後ろへとバックステップした竜夫は吐き捨てる。
どうやら、フレンドリーファイアはないらしい。
後ろに引いた竜夫を追撃するために、手甲をはめた色黒の男が距離を詰めてきた。竜夫の懐に入り込み、雷光を纏わせた両腕でラッシュを仕掛けてくる。竜夫はなんとか刃でその連続攻撃を弾いたものの、同時に流れ込んでくる電流を防ぐことはできない。雷光をまとった手甲と接触するたびに、電流が身体に流れ込み、着実にこちらを消耗させてくる。
やはり、彼らを殺しても構わないと覚悟したところで、四対一という圧倒的不利な状況を覆すことは難しい。
どうにもならないのか? そんな弱音が竜夫の心の中に生まれる。
でも、諦めるわけにはいかないのだ。そうしなければ、ここにいる全員を助けることはんてできないんだから――
そのとき――
「タツオ! 後ろへ退け!」
そんな声が聞こえてきた。竜夫はとっさに反応し、後ろへと飛び込む。その直後――
竜夫がいた場所に白い蒸気が発生する。鼻に衝く刺激臭が感じられた。
なにが起こった? そう思っていると――
「大丈夫か? 加勢に来たぜ」
竜夫の隣にいたのは、炎の向こう側にいたはずのリチャード。
なにが起こったのかわからず、竜夫はその声に反応することができなかった。そうしている間に、目の前に発生していた白い蒸気が消える。そこには、先ほど竜夫に攻撃を仕掛けてきた手甲をつけた男が倒れていた。
「一体、なにを――?」
「ちょっと一服盛らせてもらった。ま、詳しい話はあとだ。お前をあの奥へ行かせてやる。準備はいいか?」
「……はい」
竜夫は返答し、力強く頷く。
状況は三対二。まだ不利な状況ではあるが、これなら――
竜夫は刃を構え直す。
ここにいる全員を救うための戦いは、さらに混迷を深めていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます