第97話 石の守護者
その巨体からは想像もつかないような速度で踏み込んできた石像を、前衛に立つグスタフが迎撃。石像の重く巨大な剣と、グスタフの持つ黒い剣がぶつかり合う。
「ぐ……」
しかし、グスタフは、彼の倍以上の体躯を持つ石像の重厚な剣に押し負け、体勢を崩した。石像はその生じた隙を見逃さない。澱みなくもう一歩踏み込み巨大な剣を横に振るってきた。
それを見た竜夫は、反射的に硬い床を蹴り、グスタフに剣を振り下ろそうとしている石像に接近。竜夫の持つ刃が石像の剣と衝突する。圧倒的な体躯から放たれる重量はとてつもないものであった。竜夫は自身に押しかかる重量を振り払うために、持っていた刃を爆散させた。ガラスが割れるような音があたりに響き渡る。
しかし、石像は刃が爆散する瞬間に背後にバックステップをしてそれを回避。距離と保ちながら、グスタフと竜夫の相対する。その姿はまるで、英雄のようであった。
「……助かった」
石像に体勢を崩されたグスタフがその姿勢を整えながら竜夫に礼を言う。
「いえ、気にしないでください。こういうときはお互い様ですから」
「……それでもそうだ」
グスタフと竜夫は英雄のごとく悠然を剣と楯を構える石像を見る。そこには、付け入る隙はどこにもない。下手に踏み込めば、その手に持つ巨大な剣で両断されてしまうだろう。相対するこちらにはっきりとそう認識させるほど、石像には隙というものが見えなかった。
五メートルほどの距離を保ったまま、竜夫とグスタフと石像は睨み合う。すぐに踏み出せる距離なのに、なかなか踏み出せない。石像もこちらと同じように考えているのか、なかなか動いてこなかった。
それは、竜夫たちと石像の間の空気が音もなく震えているよう。その空気の影響のせいで、竜夫の身体からは汗が滲み出てくる。極度の緊迫によって流れ出す嫌な汗。きっと、グスタフも同じような状況だろう。終わらぬ悪夢のような睨み合いが続く。
その睨み合いを破ったのは、竜夫でもグスタフでも石像でもなかった。石像のあしもとから木の根のようなものが急速に生え出して巻きついたのだ。
それから、間髪入れずに天を衝くかの炎が石像の足もとから吹き上がる。
その攻撃を行ったのは、後方に位置するウィリアムとロベルトだ。背後を確認するまでもない。確認している場合でもないだろう。
「ち……さすが石だけあって、炎は分が悪いか」
ロベルトのそんな言葉が聞こえ、石像にまとわりついた炎が消える。圧倒的な炎にさらされたというのに、石像はまだ健在であった。残った炎と燃やされる前に纏わりついていた木の根の残滓を振り払う。再び、剣と楯を構えた。
竜夫は石像と睨み合いながら、どうやったらあれが倒せるのかと思案する。
圧倒的に体躯と膂力が勝っている以上、正面からのぶつかり合いは分が悪すぎるのは明らかだ。
そのうえ、ロベルトの炎を直撃したのにも関わらずダメージを負っている様子もないことを考えると、その防御力も相当のものである。竜夫の刃や銃、グスタフが持つ二本の剣でも傷つけるのは難しい。
どこかに、弱点はないのだろうか? 睨み合いを続けながら、竜夫は石像を観察する。現状、目に見える部分には、弱点と思しき部分は見当たらない。
「そいつには恐らく、核となっている部分がある。そこを破壊すれば、そいつは倒せるはずだ」
背後からウィリアムの声が聞こえてくる。
核。それは一体どこにあるのか? ゲームではないのだから、頭などのわかりやすい部分にそれがあるとは思えない。なにしろこれはあの竜どもが作った存在なのだ。
再び石像のまわりから木の根が生えてくる。それは、植物とは思えないほど鋭利なものだった。石像の身体を貫通すべく、全方位から襲いかかった。
「…………」
しかし、石像は自身にそれが突き刺さる瞬間、なにかの力によってあたりに衝撃波を放ち、鋭利な木の根をすべて打ち払った。その衝撃波は、前に立つ竜夫とグスタフに襲いかかった。身体のすべてを内部から揺るがされたかのような衝撃が走る。
衝撃によって動きが止まったところを、石像は逃がさない。剣と楯を構え、その巨体を思わせない速度で踏み込み、一瞬で距離を詰め、自身が持つ剣の間合いへと入り込んだ。竜夫の真上から、巨大な剣が襲いかかる。
竜夫は衝撃によって生じた吐き気を堪えながらも、前に飛び込んでそれを回避。再び刃を創り出して、石像の左斜め後ろから攻撃を仕掛けた。
「が……」
だが、石像はそれを予測していたようだった。左手を振るい、懐へ入り込んだ竜夫を迎撃した。分厚い鉄板のような楯が竜夫の身体に直撃する。それを受けた竜夫は、背後へと大きく打ち飛ばされた。
グスタフが距離を詰め、剣を振るう。赤い剣が美しい軌跡を描きながら、石像へと迫った。
しかし、石像は揺るがない。左手を振るった反動を利用して回し蹴りを放ち、その足でグスタフの剣を受け止める。当然のことながら、圧倒的な膂力を持つ石像の蹴りとぶつかり合って勝てるはずもない。グスタフの剣は石像に力づくで押し切られてしまう。グスタフも後ろへと突き飛ばされた。
楯によって後ろの大きく突き飛ばされた竜夫はすぐさま姿勢と整えて、立ち上がる。ここで倒れてしまえば、後衛にいるウィリアムとロベルトが襲われるのは必然だ。それは、前に立つ自分が、自身の役目をはたしていないことに他ならない。パーティで戦う以上、その役目を果たさないというのは許さないことだ。未だに振動を続ける体内の嫌悪感に耐えつつも、竜夫は床を蹴って前へと踏み出した。
「…………」
向かってくる竜夫を認識した石像は、臆することなく距離を詰めてきた。圧倒的な重圧と重量が真正面から高速で襲いかかる。
竜夫より先んじた石像は剣を振るう。再び、自身を両断すべく巨大な剣が迫ってくる。
だが、竜夫は恐れることなく、さらにもう一度床を蹴り加速。間一髪で振るわれた剣を潜り抜け、石像の間合いの内側へと入り込み、腕を突き出して――
石像に掌を押しつけると同時に、その先に刃を創り出し、硬い石像の身体へと無理矢理刃を押し込んだ。体内に無理矢理刃を押し込まれた石像は、はじめてその身を揺らがせた。一歩後ろへと後退し、よろめく。
竜夫は、よろめいた隙を逃さない。もう一歩さらに踏み込んで、無理矢理押し込んだ刃に掌を叩き込み、それを爆散させた。ガラスが割れるときのような音があたりに響き渡る。
「…………」
爆散した刃によって、石像は大きく後退してよろめいた。刃を押し込まれていた左わき腹の部分は大きく抉られている。
「…………」
しかし、刃の爆散によって抉られた脇腹は、崩した態勢立て直した瞬間、瞬時に再生した。再び、剣と楯を構える。
「一筋縄ではいかないか」
いまので核をぶち抜けたらよかったが、物事はそう簡単に進むもものではない。現実というのは良くも悪くも自身の都合のいいように、悪いは悪いようにできていないのだから。
「ぐ……」
石像の蹴りを食らったグスタフが立ち上がる。苦しそうにしている彼は相当のダメージを受けているのは明らかだった。
「大丈夫か?」
ウィリアムの声が聞こえ、竜夫の身体のまわりに温かいものに満たされた。つい先ほどまで、身体中を支配していた吐き気と不快感が軽減されていく。
「ありがとうございます」
竜夫はウィリアムに礼を言う。
「気にするな。後衛にいる俺は、前にいる二人をしっかり援護するのが仕事だ。気にしなくていい。お互いさまってやつさ」
竜夫はグスタフの方を見る。彼も同じく、ウィリアムの力によって、幾分か回復したらしかった。その目はまだ、闘志は消えていない。
竜夫とグスタフは石像を挟むように相まみえる。挟まれるような格好になっても、石像はまったく隙を見せてくれなかった。どちらが飛び込んでも、あるいは両方が飛び込んでも、十全に反応をするだろう。敵ながら見事と言わざるを得ない。
硬く、強く、それでいえ速い。とてつもなく難儀な敵である。
だが、無敵ではないはずだ。再生されたとはいえ、ダメージを与えられた以上、奴は無敵ではない。そもそも、無敵の存在などあり得ないのだ。
竜夫は自身のまわりにある温かなものによって充分に体力が回復したところで――
床を蹴り、石像に向かって踏み出した。
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