第96話 深き場所の先に
暗い場所で同行する仲間の数が減るというのは、力を得たいまであってもどこか恐ろしいものだ。タイラーたちが別行動にとなり、人数が半分になった以上、いままでと同じようにはしていられない。体力を温存しつつ、いつ戦闘が行われてもいいように身構えておく必要がある。竜夫はあたりを警戒しながらそんなことを思う。
正面を見つつも、時おり床や左右にも視線を動かしてあたりを警戒しながら、人の立ち入らぬ深き場所へと進んでいく。
いまのところ、危険な罠も敵の姿もない。このまま、何事もなければいいのだが、とは思うものの――
相当の経験を積んでいるウィリアムたちの警戒は続いている。いや、タイラーたちと別れたことで、その警戒はさらに強めたと言えるだろう。恐らく、経験豊富な彼らにはわかっているのだ。いまこの瞬間、危険でなかったとしても、この場所ではいつ危険ななにかが現れてもおかしくないと。それは同行する彼らの空気からありありと伝わってくる。
竜夫は軽く深呼吸して、少しでも自身の気を落ち着かせた。
油断は禁物だ。いま危険なものがなかったとしても、一秒後にそれが現れるかもしれない。そうやって常に身構えていなければ、訪れるかもしれない一秒後の危険には確実に間に合わないのだ。そして、その一秒は命の危険があるときには致命的なものとなり得る。それは、この異世界に召喚されてから幾度かの修羅場をくぐってきた竜夫には充分理解できることであった。
竜夫は、自身の右隣を見る。
先ほどまで気楽な様子で時おり会話をしていたロベルトの空気は一変していた。タイラーたちと別れたことで、より一層警戒を強めているのだろう。こちらの視線には気に留めることなく、あたりに気を張っている。この状態では、さすがに話しかけていいとは思えなかった。
一番前を歩くグスタフも同じである。なにかが起こった際、その影響を真っ先に受ける可能性が高いのは一番前を歩く彼だ。彼が遅れれば、他の面々も遅れることになるのだから、その責任は重大と言えるだろう。
そして――
竜夫はそっと、一瞬だけ後ろを見る。
しんがりを務めるウィリアムもグスタフと同じくらい、なにかが起こった際の影響を受けやすいと言えるだろう。背後からなにかが起こった場合、その影響を真っ先に受けるのは彼である。それになにより、通り過ぎたからといって、そこが安全であるとは限らないのだ。通り過ぎてから発動する罠があってもおかしくないないのだから。
足音だけを響かせながら、さらに深い場所へと進んでいく。ここにある暗闇と危険な空気は、自身を侵食する呪いのようだ。それがただの錯覚なのか、本当にそういうものがあるのかは判断できない。だが、かつてあった竜文明の遺物が眠るこの不思議な場所である以上、そういうものがあってもおかしくないだろう。なにしろ、竜たちは超常の力を持った存在なのだ。奴らと戦った自分には、それがどれほどものなのか、嫌というほど思い知らされている。警戒しておくに越したことはないだろう。
タイラーたちと別れてから、どれほど進んだのだろうか? 暗闇に閉ざされ、延々と同じような風景が続いているせいで、自分たちがどれほどの距離を進んでいったのかがまったくつかめない。とてつもなく長い距離を移動したようにも、とてつもない時間が経過したようにも思える。
そこで、前を歩くグスタフが足を止めた。それを見て、後ろを歩く竜夫たちも一定の距離を保ったまま足を止める。どうやら、道が曲がっているようだ。グスタフが警戒しつつ、その曲がり角の先を覗く。
「大丈夫だ。先に進もう」
曲がり角の先の安全を確認したグスタフがそう言ったのち進み出した。竜夫たちもそれに続く。竜夫は曲がる際に壁に手をつきそうになったが、壁にも罠が仕掛けられているかもしれないと気づいて、直前で踏みとどまった。壁に手をつけないように、曲がり角を折れていく。
曲がり角を進んでも、その風景が変わることはない。暗く危険な空気に満ちているのにも関わらず、やけに整っている壁と床がどこまでも続く風景。その変化のなさは、延々と続いている先の見えない長いトンネルを進んでいるかのようだ。
それでも、竜夫は自分のできる限りあたりを警戒しながら歩を進めていく。この危険な場所を進んだ先に、自分が求めているものがあると信じて。
再び曲がり角に差しかかり、グスタフが足を止める。先を警戒しつつ、壁に触れないように曲がり角の先を確認。
「問題ない。行くぞ」
緊張感に満ちた声でグスタフは言い、先に進む。そのあとに竜夫とロベルト、さらにそのあとにウィリアムが続く。
曲がり角を進んでも、相変わらず同じ風景が続いている。あまりにも変わらないように見えるので、同じところをずっとぐるぐる回っているかのようだ。
それから、しばらく進んだところで――
正面に開けた空間が見えた。やっとなにかがあった、と思うと同時に、この先には一体なにがあるのだろう? という言いようのない恐れが顔を覗かせた。
先行するグスタフが警戒しながらその開けた場所へと足を踏み入れる。それに竜夫とロベルト、それからウィリアムが続く。
そこは、数十メートルはあると思われる円形の空間だった。自分たちが来た方向とは逆の位置に先へ進む道があった。どうやら、見渡す限り分岐はない。
だが、先に進むその道を塞ぐかのように、重厚な鎧に身を包んだ石像が倒れ込んでいる。三メートル以上はあるだろう。竜夫がそれに目を向けたその瞬間――
その石像が鎧の奥にある目を禍々しく輝かせて、のっそりと立ち上がった。
巨大な石像は立ち上がるとき、自身の近くに落ちていた子供の背丈ほどある巨大な剣と楯を拾い、構える。この場所に入り込んできた自分たちを排除するために。
「来るぞ! 戦闘準備」
グスタフが叫ぶと同時に両手に剣を創り出した。それは、炎のような激しさを持つ赤い剣と、暗黒を凝縮したような黒の剣。竜夫も、刃と銃を創り出す。
「――――」
石像は唸り声を上げ――
その巨体さが嘘かのような速度で、前へと踏み出した。
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