第79話 調査

 まずは手がかりを集める必要がある。とにかく、標的を見つけなければなにも始まらない。ヒムロタツオが帝都にいたというのなら、なにかしら手がかりは見つかるはずだ。まずはそれを見つけよう。彼の容貌は大陸の住む人種とは違うようだし、多少は目立つはずだ。場合によっては、聞き込みをしてもいいかもしれない。ケルビンの所属は汚い仕事を請け負う表沙汰にはできない部隊の所属なので、あまり大っぴらに動くことは望ましくないが。


「……ブラドー、なにか感じたりしないのか? あいつの力は特徴的なんだろ?」


 街中を歩くケルビンは自身の内にいる存在へと小声で話しかける。


『わずかに感じるが……どうもな。この街は雑音が多すぎる。おぼろげにしか感じ取れん。少なくとも、いまのところはな』


 ブラドーは不機嫌そうな声を響かせる。


 この帝都には自分と同じよう状態になっている人間が数多くいる。それが、ブラドーの探知を邪魔しているのだろう。特に、いまケルビンがいる東地区は軍本部と宿舎があり、他の地区よりも遥かに竜の力を持つ人間が数多くいる。


『奴は現在、このあたりにはおらん。仮にいたとしても、もうすでにそれなりに時間が経過しているだろう。それだけは確かだ。そもそも、ここは軍の本部がある。軍に追われている奴が、そんな危険な場所の近くに潜むようなアホではないだろう。それに、こちらは失敗している以上、同じような場所には潜伏はしないだろうな』


 ブラドーの言葉を聞き、ケルビンは確かにと納得する。


 いくら帝都が広いといっても、いつまでも同じところに潜伏しているのは危険だろう。なにより、ヒムロタツオの容貌はこの大陸に住む人種とは異なる。である以上、長い時間同じところに潜伏していれば自然と目立ってしまう。


『あの三人組がやられたのはどのあたりだ?』


 ブラドーはケルビンに問いかける。


「隔離して、戦闘を行ったのは南地区のほうだ」


『ふむ。南地区で戦闘になったのなら、奴らに狙われる前には、そのあたりに潜伏していた可能性があるな。このあたりをうろついたところで時間の無駄にしかならん。そちらに行くぞ』


 ブラドーは吐き捨てるように言って、ケルビンを促した。


「わかった。そっちに行ってみよう」


 ケルビンはしばらく進んだところにあるタクシー乗り場へと向かった。



 十五分ほど車に揺られたところで、南地区に辿り着き、ケルビンは料金を払ってタクシーを下車する。


『……ふむ』


 降りると同時に、ブラドーが頷くような声を響かせた。


「感じるのか?」


『ああ。ここには、あの婆の力の痕跡がはっきりと残っている。ヒムロタツオとやらがこのあたりにいたことは間違いない。だが――』


 ブラドーはそこで言葉を切る。


『痕跡がはっきりと残っているのは確かだが、こちらも時間が経過しているな。二週間と数日といったところか。このあたりであの三人組に捕捉され、戦闘になった以上、ここに潜伏はしていないだろう。こちらも外れか』


 やれやれ、と言ったようにブラドーはため息をつくような声を響かせた。


 二週間と数日。二週間ほど前にアーレム地区上空で竜が目撃されたことを考えれば、辻褄は合う。となると、あの三人を撃退してから、それほど時間が経たないうちに、アーレム地区の施設に向かったということか。


『それにしてもあの三人は随分と派手になったようだな。そこかしこに奴らの痕跡がばったりと残っている。いくら隔離空間を作れるとはいえ、よくやったもんだ』


 褒めるような言葉とは裏腹に、ケルビンの脳内に響くブラドーの声は忌々しさが感じられるものであった。


「調べなくていいのか?」


『もうここにいない確率が高い以上、調べる必要はないだろう。それともなんだ。聞き込みとか、刑事の真似事でもしたいのか?』


「……いや、そういうわけじゃないけどさ。もう少し、このあたりで情報収集してもいいんじゃないかと思うんだけど」


 このあたりに潜伏していたのが間違いないのなら、多少なりとも手がかりは見つかるだろう。見切りをつけるのには早すぎる気もするが――


『なんだお前、俺のことが信用できないのか?』


 ブラドーは不服そうな声を響かせる。


「だから、そういうわけじゃないって。俺たちはそこらの奴よりも長い時間、一緒に居るんだ。信用してるよ。これ以上にないってくらいにはさ」


 ケルビンがそう言うと、ブラドーは不満そうに鼻を鳴らすような声を響かせた。


『まあいい。お前が刑事の真似事をしたいというのなら、俺は止めん。お前の言う通り、わずかであってもなにか手がかりが見つかる可能性はあるからな。俺は、お前の身体を間借りさせてもらっている身だ。お前がそうしたいのなら好きにするといい。俺は俺のためになるのであれば、お前の判断にどうこう言うつもりはない』


 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、どうやらブラドーはこちらのことを信用してくれているらしい。


「いや。やめておくよ。この近くで捕捉されて戦闘になったのなら、ブラドーの言う通り、奴はこの場を去っているだろうからね。アーレムの施設を脱出してから、ここに戻ってきたとも考えにくいし。時間ってのは貴重だからね。わずかなもののために無駄遣いするのはいただけないしね」


 我ながら貧乏性だ、とケルビンは思いながらそう言った。


 なにより、ここでの戦闘は隔離されて行われていたのだ。あの三人とヒムロタツオの戦闘を目撃した人がいるとも考えにくい。そうなると、ここで手に入れられる情報は思っているほど多くないだろう。


「じゃあ、次に行こう。アーレム地区だ。奴の足取りはそこで途切れているようだし。なにか見つかるだろう。なにかあったら教えてくれ」


 ケルビンはそう言い、踵を返して駅の方へと進んでいった。

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