第51話 破竜戦線
破竜戦線。その名前は新聞の記事などに出ていたため、聞き覚えがあった。
わかりやすく説明してしまえば、過激派の反政府組織だ。この帝国内で幾度となく暴力的な事件を起こしている集団、とされているが――
竜夫は、目の前に座る苦しそうな女に目を向ける。
「なにか……問題、か?」
苦しそうでありながら、その目には確かな強さが感じられた。ただ暴力的なことを起こし、市民を恐怖に突き落とさんとするだけの狂気の集団のトップには見えない。
「別に。破竜戦線って、僕の記憶によると、過激派の反政府組織だったと思うんだが」
「……そうだな。そういう、ことに……なって、いる」
「否定しないのか?」
「我々が、暴力的な手段も辞さないのは事実だ。我々の行いによって、関係ない人々、を、巻き込んで……しまった、こともある。だが、それは……すべて、ではない」
「…………」
追及をしようとは思わなかった。追及をしたところで、それを話してくれるとは思えないし、そもそも、自分にとって彼女らの過去のことなどまったく関係なかったからだ。重要なのは、いまこのとき、自分がやるべきことをやるために奴らを利用できるかどうかである。
それに――
目の前にいるこの女からは、狂信めいたものは一切感じられない。ただ、なにかのために真っ直ぐ前を見つめているように見える。その印象が、間違っている可能性は充分にあるが、判断はできなかった。
「我々が、市民を……巻き込んだ、こともある……反政府組織で、あっても、構わない、のか?」
「……構わねえよ。いまの僕は、それほどあんたらと変わらない」
自分も、関係ない人を巻き込んでしまっている。それを思い出すと、竜夫の心には棘が刺さったような痛みが感じられた。
「あんたらの過去のことなんて興味はない。さっさと仕事の話をしようぜ。まさかここまで来て、引っ張る気か? 悪いけど、僕にはそんな時間も余裕もない」
「……そう、だな。時間も余裕……も、ないのは、我々も、同じ、だ」
その口調は見るからに苦しそうだったので、とてつもなく説得力があった。目の前にいる女は、倒れるどころかいつ死んでもおかしくないと思えてしまうくらい苦しげな顔をしている。これが演技であったのなら、歴史に名を残す名優であるのは間違いないだろう。
「では……話を、はじめ、よう」
地図を、とハンナが言うと、先ほど扉を開けた鋭い目つきの男が、ハンナの前にあった机に地図を広げる。件の軍事施設がある周辺の地図のようであった。
「わたしの、力を使って……見張りの、連中を……無力化する。お前は、その隙に……侵入、すれば……いい」
「お前の力とは?」
「わたしの……力は、夢と、幻を……操る。わたしの力で、あれば、軍の……連中でも、侵入する、隙……くらいは、作れる……だろう」
苦しそうに言うその言葉は途切れ途切れではあるものの、はっきりと確信があるように思えた。
「お前も一緒に来るのか?」
「本当、なら……そう、する予定、だったが……この状態では、足手まといになって、しまう。わたしは……軍に、顔が割れているから……な」
過激派の反政府組織のトップなら顔が割れているのは当然か、と竜夫は思った。
「だが、動けないならどうするつもりだ? あんたの力は、ここから例の場所まで影響を及ぼせるのか? 地図を見た限りでは、それなりの距離があるように見えるぞ」
この地図の縮尺はわからなかったが、それなりに離れているように見えた。これだけ苦しそうにしているハンナが、それなりの距離のある場所まで力を及ぼせるようには到底思えなかった。人間というのは、簡単に死ぬようでありながら、存外に頑丈である。無効化すると言っているのだから、それなりの力は必要になるはずだ。
「それならば、問題……ない。そこにいる、アースラが、私の力を、そこまで……運んでくれる」
そう言って、ハンナは竜夫に後ろに黙って立っていた年齢不詳な男に目を向ける。竜夫が振り向くと、アースラは愉快そうな笑みを浮かべていた。
「おや、タツオ殿、私のことが信用できませんかな?」
自分たちのボスを目の前にしても、この男の胡散臭さは消えることはない。本当に力があるようにも思えるし、まったくのハッタリでしかないようにも思える。
「アースラは、他人と接続をし、接続した……先の、相手の力を利用できる。無論、わたしが、使うより……効果は落ちて、しまうが……力のある、お前が……侵入する、隙くらいは、作れ……る」
ハンナがそう言うと、アースラは「そうですそうです、そうなんです。実は。驚きましたか?」なんて相変わらず癇に障る愉快な声でまくし立てていた。
「それに……潜入の際は、他の、仲間も……いる。お前にとっては……戦力にはならなかも、しれないが、囮には……なるだろう」
「僕がヘマをした場合、お前らの仲間にも危険が及ぶが、それはいいのか?」
「構わ、ない。彼らも、こんな作戦に……参加する、以上……覚悟はできて、いる。それに、しくじった場合、危険が及ぶのは……お前も、同じ……だろう」
苦しそうな声で、「なら、立場は、対等……だ。お互い……様、だろう」と言う。
「他に潜入する仲間は?」
「別の……場所で、待機中……だ。必要ならば、ここに呼ぶ……が」
「いや、いい。潜入するとき一緒に行動するわけじゃねえしな。いつどのタイミングで、敵を無力化して隙を作るのかがわかればそれでいい」
それよりも、と竜夫は切り出した。
「どうしてお前らはここにいる? 僕がここに来たから待ち構えていたわけじゃないんだろ?」
「ああ……お前が、ここに来たの…は、予想外……だった。アースラが、言った……と思うが、我々は……目的が、あってここに……いる」
過激派の反政府組織だからといって、軍の施設に忍び込むのはあまりにもリスクがありすぎる。となると――
「お前らと僕が潜入しようとしている軍事施設にはなにがある?」
なにもないのなら、そこまでの危険を冒すとは思えない。間違いなく、この町にある軍事施設には『なにか』あるのだ。それが、自分を異世界召喚したものなのかは不明であるが――
「いや、具体的に……なにが、あるのかは……知らない。だが、普通の軍事施設には……ないものが、あることは……わかっている。それが、我々が……探して、いるものかどうかを、確かめ……たい」
「お前らが探しているものとは?」
竜夫はそう問いかけたが、ハンナは沈黙を貫いた。どうやら、答えるつもりはないらしい。
「まあいい。別にあんたらがなにをしようと僕には――」
関係ない、と言おうとした瞬間――
ハンナの全身が、狂ったように痙攣を始める。白目をむいたまま、その眼球が異常に動き回っていた。その痙攣の仕方は、明らかに尋常なものではない。それを見て、先ほど扉を開けた目つきの鋭い男が急いで駆け寄った。
「すみませんが、ハンナ殿と話を続けるのは無理なようです。しばらくお時間をいただきたい。構いませんか?」
アースラが竜夫の前に出る。竜夫としても、あれほど尋常ではないものを見せられて、話を続けようとは思わなかった。
「客室に案内します。もしよろしければ、そこに泊っていっても構いません。いかがいたしますか?」
「……そうさせてもらう」
竜夫は恐ろしいまでの激しい痙攣を続けるハンナから目を逸らした。アースラは「わかりました」と言って扉を開けて歩き出す。竜夫もその後ろをついていった。
部屋を出て、扉を閉め、少し進んだところで――
「あいつ、大丈夫なのか?」
前を歩くアースラにそう問いかけた。
大学の時、授業中にてんかんの発作を起こした子を見たことがあったが、ハンナの起こした痙攣はかつて見たそれよりも遥かに激しく、異常なものに思えてならなかった。
「大丈夫、と私が言うのは憚られるのですが――正直なところはわかりませんね。私にはハンナ殿の身体の状態は詳しくはわかりませんから」
「病気、なのか?」
「まあ、似たようなものです」
それから、竜夫とアースラは無言のまま寂れた廊下を進んでいった。
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