第50話 協力者

「ここです。ご足労いただきありがとうございます」


 電車を降りて、年齢不詳な男に案内された場所は、殺風景な雑居ビルであった。


「どうかしましたか? なにかおかしなことでも?」


 ぼんやりとビルを眺めていた竜夫に年齢不詳な男が話しかけてくる。


「軍の施設にちょっかいを出そうとしている我々の拠点がこんな寂れた建物だったのが意外だったのですかな?」


 年齢不詳な男は相変わらず愉快そうな声でまくし立てている。ここまで一貫して癇に障る言動を繰り返されると、怒りも呆れも通り越して感心さえ抱くほどだ。こちらがその言動で多少なりとも苛立っていることをわかっていて、それを続けているのだから始末が悪い。


「私としても客人を招くときくらいはそれなりの場所を用意すべきだと思っているのですが、我々は大っぴらに動くような立場にありませんもので、拠点は隠密性を第一に考えた地味で殺風景なものばかりなのですよ。ご理解していただきたいものですな」


 はっはっは、と笑っているものの、その声からにじみ出る感情は実に薄っぺらだ。薄っぺらいというか、わざとらしいことこのうえない。だが、その露骨なわざとらしさがこの男が語る真実を絶妙に覆い隠している。


「別にいいよ。連れてこられた場所が豪華なところだったら、尻込みするからな。貧乏な小心者なのでね」


「ほう! それは奇遇ですな。私も同じでございますよ。実に気が合いますなあ」


 男が発したその言葉面からは、そのようなものは一切感じられない。やはり、露骨なまでのわざとらしさが、その所作から垣間見える情報を徹底的に削り取っているように思えた。交渉をする相手としては、最悪のように思えた。


「まあ、中に入りましょう。いつまでもこんなところで無駄話をしていると、奴らに察知されかねませんからね。せっかくうまく隠れていたのに、ヘマをして見つかってしまったらなにもかも無意味にかしてしまいますし」


 徹底的にわざとらしい口調で男はそう言い。扉に手をかけて、押す。押された扉は何事もなく開かれた。なにか仕掛けがあるようには見えない。


「どうぞお先に」


 扉を開けた年齢不詳な男は竜夫を促した。竜夫は一瞬躊躇したのち、建物の中に足を踏み入れる。やはり、なにも起こらない。


 竜夫が建物の中に入ったことを確認して、年齢不詳な男も中へと足を踏み入れ、扉を閉め、取り出した鍵を使って施錠する。


「ささ、我らが同志のところに行きましょう」


 扉を閉めた年齢不詳な男は、竜夫の前を歩き出した。ここまえ来ておいて引き返すわけにもいかないので、竜夫は彼についていく。


 建物の中は、外観と同じく実に殺風景で寒々しい。生活感というものが皆無である。それなりに清潔には保たれているものの、明かりも物も少なく、どことなく廃墟のような不気味さがあった。


「いかがされました?」


 前を歩く年齢不詳な男が話しかけてくる。


「別に。あまりにも殺風景で、軍の施設に乗り込もうと悪だくみしているようには見えないなって思っただけだ」


「まったくですな。作戦上の問題とはいえ、実のところ、私もそう思っていたのですよ。それにしても、悪だくみとはなかなか面白い評をする。確かに我々がやろうとしていることは事情を知らぬ者から見れば悪だくみに他ならないでしょう」


「…………」


 揶揄したつもりだったのだが、この年齢不詳な男はまったく気に留める様子はない。目の前にいるこの男の在り方は、ある意味で無敵だ。その無敵さは、相当に強固で、容易には崩せない。


「あなたとしても、その悪だくみに乗ろうとしているのですから、別にいいじゃあありませんか。我々のことが、事情を知らぬ人々にどう思われたところで関係ないでしょう」


 殺風景で暗い廊下を進み、その突き当たりにある階段を昇っていく。空虚な足音だけがやけに甲高く響いていた。


 階段を昇っても、廃墟のような殺風景さが一切変わることはない。


 廊下を進んでいき、一番奥にあると扉の前まで来たところで――


「私です。彼をお連れしました」


 年齢不詳な男はノックしたのちそんな声を張り上げた。五秒ほど待ったところで――


「入れ」


 中から扉が開かれる。顔を見せたのは、仏頂面をした若い男だった。


 扉を開けた男は、年齢不詳な男の背後にいる竜夫に目を向ける。竜夫に向けられたその鋭い目は、まるでこちらを値踏みしているかのように思えた。


「ささ。どうぞこちらへ。遠慮なさらずに」


 年齢不詳な男は竜夫を促す。促された竜夫は前に進み、開かれた扉の中へと足を踏み入れた。その中にいたのは――


 重い病気を患っているような顔色の悪さをした、鋭利な目つきと空気を身に纏った、若い女であった。


「お前が……」


 女は、いかにも苦しそうな重い声で告げる。


「竜の力を得た、人間だな?」


「だとしたらどうなんだ?」


「どうにも、しない。お前が、そうであることは、すでに確証が取れている。でなければ、アルバや、あの三人を、殺せるはずも、ないからな」


 その言葉は、明らかに苦しそうで切れ切れであったが、はっきりと聞き取れるものだった。


「わたしは、ハンナ・アルゴリオと、いう。お前の、名は?」


「……氷室竜夫」


 竜夫は、ハンナと名乗った女に自らの名を告げた。


「ヒムロ……タツオ。聞いたことのない、響き、だな」


「なにか問題でも?」


「いや……別に、問題ない。聞かない響きの名前で、あろうと、どうでもいい。必要なのは、利用価値が、あるかどうかだ。違うか?」


「そうだな」


 ハンナの言葉に竜夫は同意する。


「で、具体的になにをしてくれるんだ? 僕とお前ら、いまのところ方向性は一致しているんだろ? さっさと本題に入ろうぜ」


「そう……」


 だな、と言おうとしたところで、ハンナは糸が切れた人形のように椅子に座ったままぐったりと頽れた。明らかに正常ではないハンナの挙動に竜夫は驚きを隠せなかった。目の前にいるこの女は、なにか重病でも患っているのだろうか?


「ハンナ殿。やはりいまは休まれたほうがよろしいのでは?」


 竜夫の後ろにいた年齢不詳な男が言葉を発した。そこには、いままで見せることのなかった表情を浮かべている。


「そう、いう……わけにはいかない。彼に、信用して、もらうために……は、わたしが話す、必要が……あるだ、ろう」


「……わかりました」


 年齢不詳な男はあっさりと引き下がった。


「お前らは、何者だ?」


 竜夫は、見るからに苦しそうなハンナに視線を向けながらそう問いかける。ハンナは、一度深く咳きこんだのちに――


「我々は、破竜戦線。人の世を、飲み込みつつある脅威を、排除するべく、動いている、者たちだ」


 ハンナは、重く、苦しそうな声で、それでいて堂々と、竜夫に向かって宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る