第43話 触れずの正体
最後の刺客が持つ力をもう一度確認してみよう。
まず敵は、奴自身を含め、あらゆる物体を透過させられる。それと同時に、特定の物体だけを透過させないようにすることも可能だ。
使用中、動きが制限されるものの、透視能力も持つ。透視能力使用中に発生する動きの制限は、能力を使わなければ即解除されるものと思われる。そうでなければ、こちらが発生している制限を看破したと見て、すぐに接近戦に切り替えることはできなかっただろう。恐らく、透視能力の使用には、動きが制限される以上の制限は存在しない。ならば、わずかに動きを止めることになるリスクさえ許容すれば、いくらでも使用は可能。狙撃行う際に透視能力を使っていたことから、透視可能な範囲は少なくとも数百メートルはあるはずだ。それだけの範囲を見渡せるとなると、使用中に動きが制限されたとしても、こちらの居場所はすぐに特定され、逃走は難しい。隠れることに至ってはほぼ不可能である。
こちらがいまもなお地に立って動いていることから、こちらの身体そのものは奴の能力によって透過させられていない。そうしたほうが手っ取り早くこちらを無力化できることを考えると、自分以外の生物を直接透過させることはできないか、もしくは透過させることができても、なんらかの制限がある可能性が高いと思われる。しかし、確証はないため詳細は不明。
こちらの攻撃はすべて透過されるはずなのに、何故か一度だけ、こちらの攻撃が当たったことがあった。やはり、万に一つの偶然が、あの瞬間に起こったとは思えない。当たらないはずの攻撃が当たったことには、間違いなくなにかしらの理由があるはずだ。
最後に一つ。先ほど逃げる瞬間、飛び込もうとした相手の動きがわずかに止まったのはどうしてなのだろう? これについても、あの場面でただの偶然が起こったとは思えない。これにも、なにかしらの理由があるはずだ。
「あと少しで、なにかつかめそうだけど……」
その少しが、なかなか見えてこない。それを見るためには――
「危険を覚悟して、奴と戦って様子を見るしかない、か」
だが、それはとてつもなく危険である。なにしろこちらからはまったくと言っていいほど触ることができず、相手からは一方的に触ることができるのだ。こちらは極大のリスクがあり、相手は極小のリスクすらもない状況だ。確証があるわけでもない「あと少し」をつかむために試しにぶつかってみるというのはあまりにも危険すぎる。試して殺されたら、なんの意味もない。
竜夫は走りながら、あたりを窺う。
敵が壁を無視して動いてくることを考えると、下手に建物の上に逃げるのは危険だろう。奴はどんな分厚い壁もすり抜けることができる以上、障害物がないのと同じである。障害物がないのと同義である以上、相手が上方向に移動すればそのぶん襲える角度が増えるからだ。こちらは接近してくる気配の察知はできても、壁を透かして見えるわけではない。見えない以上、竜の力によって獲得した鋭敏な感覚能力による察知には限度がある。なんとかしのぐことができても、それ以上のことは難しい。
「そういや、なんであらゆる物体を透過させているのに、奴からだけは触れるんだ?」
当たり前のように行ってきたから、いままで疑問にしてこなかったけれど、考えてみれば少し妙だ。あらゆる物体を透過させているのなら、相手からだって触れないのが道理であるはずだ。相手からは触れないようにして、こっちからは一方的に触れるなんてあまりにも都合がよすぎる。巨大な竜の力であっても、完全無欠にはなり得ない。そもそも、奴のもう一つの力である透視能力には制限があったのだ。ならば、物体透過能力に関しても、なにかできないこと、制限されていることがあってもおかしくないが――
なにがある? と竜夫は多くの傷を負い、相当量の出血を伴った結果、現在進行形でぼんやりとする頭をフル回転させて、それについて考える。
なにか、なにかあるはずだ。奴からだけ触ることができるなんらかのカラクリ。それはなんだ? 考えろ考えろ考えろ――
そのとき――
斜め後ろの方向から、なにかが接近する気配を察知。その瞬間、壁の向こう側から無数の弾丸が飛来する。竜夫は手もとにワイヤーを創り出し、それを十メートルほど先の場所に引っかけたのち、高速で巻き上げて方向転換と移動を行う。一瞬前に、竜夫がいた場所には放たれた弾丸が降り注いだ。女によって放たれた竜夫以外を透過する弾丸は、弾痕を残すことなく地面に吸い込まれるように消えていった。
竜夫は手もとに創り出したワイヤーを消して地面に降り立つ。近づいてくる気配は確かにあったものの、女の姿は見えない。遮蔽物であるはずの壁がこんなにも頼りなく見えたのは初めてのことだった。
姿を見せない敵に対し身構えていたとき、竜夫はあることに気づく。
自分以外を透過する。当たり前のように行われ、自分自身としても当然のことのように考えていたそれに対し、何故か疑問を感じたのだ。
自分以外を透過する、というのは一体どういうことなのだろう? あたりを警戒しつつ、それについて考え、気づく。
例外処理。
こちらの攻撃が当たらず、相手からだけは触れるカラクリの正体はそれだ。
奴の能力は、「こちらが放った攻撃はすべての障害物を透過する。ただし、対象Aのみは例外とする」というような処理ができるのだ。そう仮定してみれば、いままで好き放題行われてきた都合のいい事象も説明できる。
ただし、それも完全無欠ではない。
例外処理は複数個を同時に行うことができない。そういう仕様になっていなければ、こちらの攻撃が当たることはなかったはずだ。あの瞬間、こちらはなんらかの形で奴が行っている例外処理の穴を突くことによって、本来であれば起こり得ないはずのことが起こったのだろう。
いまこの瞬間、奴が行っている例外処理は――
「自分の身体を透過する。ただし、奴が僕に対して放つ攻撃はその例外とする……って感じか?」
竜夫は呟いて、納得する。
恐らく、奴の能力的には「自分の身体」には「いま現在、自分が持っているもの、身に着けているもの」も含まれるのだろう。そうでなければ、奴に向かって突っ込んだとき、奴が身に着けている服に竜夫の身体は阻まれていたはずだし、そもそも服を着ていることはできないはずだ。当然のことながら、奴は裸ではない。
敵の姿は、未だ見えない。どこかにいると確かに感じられるのに、姿が見えないのは首を絞める力をじわじわと強めていっているかのようだった。
「触れる、じゃなくて攻撃……ってのがミソかもな」
例外処理を「こちらに触れる」、としていなかったのは、それではなんらかの不都合があったのだろう。それは――
「『触れる』じゃ、奴が持っている拳銃には適用されないから、かな?」
竜夫は再び呟き、唾を飲み込んだ。
「となると、僕の首を絞めていたあのとき、手の部分だけは、透過の力を解除していたってことになるな」
そうでなければ、あの瞬間に攻撃が当たることは起こり得ない。なにしろ相手は自分自身の身体そのものを透過しているのだから。
「あの瞬間、部分的に能力を解除していたとなると、奴の能力で行える例外処理は、透視能力と違って気軽に切り替えることは難しいってことか」
そうでなければ、部分的に能力を解除なんてせずに、例外処理を「放つ攻撃」から「触れる」にすればよかったはずだ。なのにもかかわらずそれをしていないということは、それはできない、あるいは戦いの中で行うのが困難であるからに他ならない。
「例外処理。部分解除。見えてきたぞ」
最後の難敵にもやっと光明が見えた。
だが、それでも難しいことには変わりはない。
「でも、やらなきゃいけないんだよな。できなきゃ死ぬ。ただそれだけだ」
精々、死なない程度に死ぬ気でやってみよう。いまそれ以外、自分にできることはなにもないのだから。
竜夫は、まだ姿を見せない敵を警戒しながら、最後の刺客打破のためにできる最善を考え出す。
いまそこにある、最後の地獄を突破するために。
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