第17話 反撃開始

 さて、これからどうする? と、走りながら竜夫は自らに問いかける。どのようにしてあの傷男を打ち倒すのか?


 できることなら、傷男に気づかれる前に奴を狙撃して遠距離から倒したいところだ。だが、いまのところ傷男がどこにいるのかはわからない。そのうえ狙撃をするなら高所に位置どる必要が出てくる。それだと、空を飛び回る鳥に身体中を刻まれることになってしまう。銃を創り出せるいまなら、空を飛び回る鳥はそれほどの脅威ではない。しかし、その銃声は間違いなく傷男に聞かれることになる。その銃声はこちらの居場所を判明させかねない。いまこちらにある数少ないアドバンテージは、自分の居場所を知られていないことだ。あの男の不可解な力を考えると、そのアドバンテージをなくしてしまうのは得策ではないだろう。


 では、どうするか?


 それはとても明快だ。傷男が自分を見つけるより前に奴を見つけ出し、気づかれる前に仕留める。それしかない。


 その手に、いつでも武器を創り出せる状態にする。軽く手を握る。問題ない。もうすでに自分の力は自覚している。そして、いまの自分には躊躇も迷いもない。容赦なく、あの男を殺害できる、はずだ。


 竜夫は街を進んでいく。


 逃げ込んだ街の裏通りは表に比べると荒れた様相を呈していた。どこか退廃的な空気に満ちている。人の数は多くない。


 誰かが通りかかったら、十全に注意をする必要がある。あの傷男は生物を操れる力を持っているのだ。たまたま遭遇した人間が、傷男の力によって操られている可能性は小さいものではない。いや、これから遭遇する人間はあの傷男を倒すまではすべて警戒したほうがいいだろう。


 竜夫は立ち止まり、角の先を覗き込む。


 その先には、人間の姿があった。数は一人。正常とは思えない動作で、なにかを探すようにしている。ここからでは顔は見えなかったが、恐らく知性をはぎ取られた顔をしているに違いない。


 竜夫は足もとに落ちていた小石を拾い、なにかを探している人間に当たらないように、小石をそいつの近くに投げつけた。小さな音が響くと、操られている人間はそちらに向かっていく。その隙に竜夫は背後を駆け抜けた。


 できることなら、操られている人間との戦闘はなるべく避けた方がいいだろう。昏倒させても、操っている力が解除されるとは限らない。下手をすると、力が解除されない限り、操られている人間は死ぬまで襲いかかってくる可能性も充分にあり得る。一人だけなら問題なく倒せるが、死ぬまで襲いかかってくるかもしれない敵と何回も戦っている余裕があるのなら、その時間を使って、操っている本体である傷男を探した方がいい。


 それに、操られている人間はそもそも関係ない人間かもしれないのだ。ただ巻き込まれただけの人間を、自らを守るためとはいえ殺すのは気分的によろしくない。戦いを避けずにいたらいずれ殺してしまう時が来てしまうだろう。いまの自分には、人間を容易く殺せてしまう力があるのだから。この街を、死体まみれにするわけにはいかない。


 そもそも、あの傷男はどうやって自分以外を操っているのか? 奴と相対する前に、できることならそれを判明させておきたいところだ。正体不明というのは戦いにおいてもっとも恐ろしい存在である。逆に正体さえわかっていれば、凶悪な攻撃であっても、ある程度であればその脅威を軽減できるはずだ。


 そうなってくると、一度は操られている人間を倒さなければならない。できることなら、こちらに気づかれる前に一撃で倒すのが理想だ。操られている人間のことを調べれば、なにかしらの手がかりは見つかるだろう。


 身を隠しながら街を進んでいく。


 角を折れると、目の前に人間の姿があった。細長い体型の老人。老人はやはり先ほどの人間と同じく、明らかにおかしな足取りでなにかを探すようにしている。あの老人も、傷男によって操られている可能性が高い。


 竜夫は一度、ごくりと唾を飲み込み、それから意を決して、老人に接近する。老人に気づかれる前に首に一撃を加え、昏倒させた。老人が地面に倒れ込む前に腕で支え、それからできるだけそっと仰向けに転がした。


 老人に視線を移す。倒れている老人には、素人目から見てもおかしいとわかるところはなにもない。一応服もめくってみる。やはりおかしなところはなにもない。


 傷男の力は、対象になんの痕跡も残さないものなのだろうか? そんなはずはない、と思いたいが――


 そこで竜夫は、あの傷男が子分二人の額に手を翳した瞬間におかしくなったことを思い出した。


 額に手を翳した瞬間におかしくなったのなら、傷男はその瞬間になにかをしていたに違いない。それなら、この老人にも同じようなことをしているはずである。それなら、なんらかの痕跡が頭に残っている可能性は充分にあるだろう。当然、魔法のように目には見えない形でしか残っていない可能性もあり得るが――


 竜夫はそっと倒れている老人の頭を触ってみる。するとすぐに、引っかかる感触に気づいた。引っかかった感触のある位置に目を移してみる。そこには、接近してよく目を凝らしてみないとわからないほど細い針のようなものが刺さっていた。


 これだ、と思った。この針を対象に頭に突き刺すことによって、傷男は自分以外の存在を操っているに違いない。無数の鳥を操っていたことを考えると、一度に何発も、ある程度遠くから針を放つことができるはずだ。


 ただ操るだけでなく、異様なほどに凶暴化させるなんて邪悪な能力だ、と思った。


 その邪悪極まりない力を、関係ない人間にも容赦なく使うとは。操られているこの老人がギャングの一員だったとは思えない。傷男が自分を痛めつけるために行っている行為に対し、ふつふつとした怒りが湧き上がってくる。


 この針を抜くべきだろうか? そう思ったけれど、やめておくことにした。無理に引き抜けば、なにか障害が残るかもしれないと思ったからだ。下手をすれば死ぬかもしれない。針を引き抜くのは、この力の大元である傷男を倒してからのほうがいいだろう。奴を倒せば、この針も消えてなくなってくれる可能性も充分にある。そう判断した竜夫は立ち上がった。倒れたままの老人に一度目を向け、走り出そうとする。


「がああああああああああああ!」


 その瞬間、聞こえてきたのは獣じみた絶叫。背後を見ると、昨日のチンピラの片割れの姿があった。目を異様なほど充血させ、口からは馬鹿みたいな量の涎を垂らし、顔中の筋肉をあらぬ方向に痙攣させている。それはどんな人間であっても絶対に見せることのない、人として最低限の誇りさえもはぎ取ったものであった。


「ちっ……」


 その姿を見た竜夫はすぐにその場から走り出した。ここで戦っていたら、倒れていた老人が目を覚まし、動き出す可能性がある。一度昏倒させても力が解除されないのであれば、あのチンピラのように襲いかかってくるだろう。そうなると二対一になる。老人が目を覚ました状況によっては、この細い道で挟まれてしまう可能性もあった。それだけは、なんとしても避けておくべきだろう。


 竜夫が走り出すと、チンピラも追いかけてくる。その姿は獲物を狙う、血に飢えた肉食動物のようだった。理性も知性も微塵も感じられない。


 道を進み、二つほど角を折れたところで、竜夫は身を翻した。ずっと逃げていると、他にもいるはずの、操られている人間に遭遇する可能性がある。最低でも、もう一人のチンピラが自分を追っているはずだ。逃げている間にそれと遭遇してしまったら、挟撃を避けるためにあの老人を倒した場から離れた意味がない。ここで倒しておく必要がある。


 身を翻した竜夫は、自分を追っていたチンピラに接近。低い体勢でチンピラの懐に潜り込み、腹に掌を叩きこむ。腹に渾身の一撃を打ち込まれたチンピラは獣じみたうめき声を上げて倒れ込む。チンピラが動かなくなったことを確認して竜夫が動き出そうとした瞬間――


 突如、自分の真上からなにかが接近してくるのを察知した。竜夫は考える前に横に飛び込む。


「やるじゃねえか……」


 先ほどまで竜夫が立っていた場所に、傷男の姿があった。とっさに反応できていなかったら、自分の首は奴の腕によって叩き折られていただろう。


 竜夫は体勢を整え、傷男に相対する。にたにたと残虐な笑みを浮かべる傷男は、先ほど鼻を潰されたダメージは完全に抜けているように見えた。


 倒れているチンピラに一瞬だけ目を向ける。チンピラが目を覚ましたら、二対一になってしまうが、傷男を目の前にして先ほどのように逃げるのは不可能だろう。


 覚悟を決めろ。


 この異世界で生き抜き、もとの世界に戻るために。


 竜夫は地面を踏み、傷男に一気に近づいた。

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