第6話 未来は僕らの手の中

「な、なに言ってやがる?」


 男は驚いた顔をして、さらに大きな声を上げた。


「相手は武装した強盗だぞ? わかってんのか?」


 その通りだ。こちらを銃撃している以上、自分たちを傷つけることに躊躇なんて持っていない集団だろう。


「…………」


 竜夫は無言のまま男を見つめた。二人の間に広がるのは先ほどとは別種の、緊張感に満ちた沈黙。


 彼は、見知らぬ自分のことを助けてくれた。彼が、なにを考えて自分を助けてくれたのかはわからない。


 だが――


 彼が、たまたま道端で転がっていた自分を見つけていなかったら、そのまま見捨てていたのなら、強盗団に襲われていなかったかもしれないのだ。そのわずかな時間が、彼の明暗を分けてしまったのであれば、本当に心から申し訳ないと思う。


 なんとかしてこの男を助けたい、そう思った。自分の父親と同じくらい歳の、異世界ではじめて言葉を交わした人間である彼のことを。


「……どうするつもりだ?」


 無言で注視する竜夫の様子に根負けしたかのように男は言う。


 それでも、竜夫は答えない。ここでなにか言うよりも、無言で通したほうがいいと思ったからだ。


「……こんな状況になっちまったんだ。俺が出て行っても、あんたが出ていって状況はたいして変わらないだろう」


 男は小さくため息をついた。


「どうしてかはわからんが、あんたに賭けてみようと思っている俺がいる。なんでだろうな。賭け事は好きじゃねえってのに。やれやれ。俺もヤキが回ったらしい」


 自嘲するように男は言う。


「ありがとうございます」


 竜夫は小さく頭を下げ、扉に手をかける。


 どくどくという、自分の心音が異常なほど大きく聞こえた。いままでの人生で、これほど心音が大きく聞こえたことはない。


 緊張で手が震える。本当にそんなことができるのかと自分に疑いを持った。


 だけど何故か確信があった。自分にはできるはずだと、それだけの力を持っているのだという確信。どうしてそんな風に思えるのか、自分でもよくわからない。


 どちらにせよこの状況ではやるしかないのだ。


 未来を自分の手で切り開け。そう何度も心の中で唱えて、自分を鼓舞する。


 手に力を込め、扉を押す。扉を開いて、外に出て、すぐさま扉を閉める。


 竜夫が車外に出ると、二十メートルほど後ろの位置に車が二台停まった。それからすぐに扉が開かれる。車から出てきたのは五人の男たち。そのうちの二人が銃をぶら下げていた。どいつも危険な雰囲気を身に纏っていて、明らかに堅気ではない。


「なにが目的だ?」


 竜夫は一番前にいた、顔に刺青を入れた男を見据えて問いかけた。


「車をいただく。もう一人乗っているのはわかっている。そいつにも降りるように伝えろ。言う通りにすりゃ命だけは助けてやるよ。俺たちだって暴力的なことは嫌いだからな」


 にたにたと薄ら笑いを浮かべながら刺青の男は言う。その言葉にはこちらに対する優越感が滲み出ていた。


「……わかった」


 竜夫はそう言い、強盗たちに身体を向けたまま後ずさった。


 後ずさって、助手席の窓の横まで来たところで――


 竜夫は足に力を込め、大地を踏み込んで加速。刺青の男に一気に近づいた。そのまま流れるような動作で自分の掌を刺青の鳩尾に叩きこむ。手に広がるのは肉の感触。刺青の男は驚愕の表情を浮かべながらうめき声を上げて倒れ込んだ。


「てめえ!」


 いきなり仲間がやられたのを見て、銃を持っている男が声を上げた。それからすぐに持っていた銃を竜夫に向けようとする。


 だが、遅い。刺青を一撃で倒した竜夫は、男が引き金を引くよりも早く身を翻して飛び上がり、そのまま身体を捻って、銃を持っていた男の側頭部に自分のつま先を叩きこんだ。竜夫のつま先が直撃した男は冗談みたいに吹き飛んでいく。


 地面に着地した竜夫は、身体をねじりながら逆方向に加速する。狙うのはもう一人の銃を持った男。銃を持った男は状況が理解できていないのか、まったく動く様子がなかった。竜夫はもう一人の銃を持った男に近づき、顎を拳で突き上げた。顎を突き上げられた男は、空中に飛び上がったのちに地面に落ちる。


 瞬く間に三人を倒した竜夫はそれでも止まらない。流体のように身体を滑らかに動かし、四人目に腹に踵を踵で押し込んだ。踵で腹を思い切り押し込まれた男は、蹴られた犬の鳴き声みたいな情けない声を出して三メートルほど水平に飛んだのち、地面を無様に転がった。


 竜夫は、最後に残った男を見据える。呆然と立ち尽くすその男に浮かんでいるのは困惑と恐怖だった。


「おい」


 竜夫は近くに倒れていた刺青の服をつかんで、持ち上げた。


「こいつらみたいになりたくなかったら、さっさとどっかに行け」


 竜夫は茫然と立ち尽くす男に刺青を投げ捨てた。刺青の身体をぶつけられた男は情けない声を上げて倒れ込む。しかし、すぐさま立ち上がり、動かない刺青を引きずったまま一番近くの車に逃げ込んだ。


「これを置いていくな」


 竜夫は倒れていた三人の男を次々とつかみ上げて強盗団の車に放り投げた。投げ捨てられた男たちは車のボンネットに衝突する。


 ボンネットに倒れた男たちを乗せたまま、二台の車は百八十度展開し、竜夫から逃げるように離れていった。その車が、充分小さくなったところを見て、竜夫は大きく息をついた。


 本当にできた。銃で武装した複数人の強盗を素手で撃退するという、普通であればできるはずのないことを自分はやってのけたのだ。追い詰められた状況だったからあんなことできた、というわけではないだろう。


 そして、同時に恐ろしくもあった。あれだけ暴力的な行為を一切の躊躇なくできてしまった自分自身に。


 どうやら、自分は本当に人とは似て非なる存在になってしまったらしい。あらためてそれを実感する。あんなことができるようになったのも、竜の力なのだろうか?


「おい、あんた」


 車から男が出てくる。その顔には驚愕が浮かんでいた。


「大丈夫か……って大丈夫だよな。あいつらになにもさせないまま撃退しちまったんだからよ」


 本当にあんた何者だ? と冗談めかすように男は言った。


 竜夫はなんと言っていいかわからず、押し黙ってしまった。まさか異世界人です、なんて言うわけにもいくまい。


「ま、何者でもいいさ。あんたが何者であれ、あんたのおかげで俺が助かったのは間違いないんだからな」


「あの……怖くないんですか?」


 竜夫は恐る恐る言う。


「あんなことできるあんたの力が怖くないかって言われたら嘘になる。けどよ、あんたはその力を俺に向けたわけじゃねえ。あんたがその気だったのなら、俺のことなんていつでもやれたはずだ。そうじゃなかったってことは、あんたは俺に危害を加える気がねえってことだろ。違うのか?」


 気にすんな、と言って男は笑う。


「というか、車のタイヤを換えるから手伝ってくれないか? さっさとやらないと、暗くなっちまうしよ」


「なにをすればいいですか?」


「とりあえず、そこに工具と予備のタイヤが入ってる。まずはそれを出してくれないか?」


 男はそう言って車のトランクを顔で指し、ポケットからなにかを取り出し、放り投げた。それは、トランクの鍵だった。


「わかりました。お手伝いします」


 竜夫はそう言って、鍵を差し込んでトランクを開けたのだった。

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