第10話 調合師と冒険者

「あのさ」

「断る」


 二人で囲む食卓は珍しく気まずい雰囲気に包まれていた。モンスターの核である魔石を利用したランプが橙に室内を照らし出す中で、アリザの表情はどこか仏頂面。普段の険しめな顔がさらに憮然と歪む。

 サリエリが帰ってからというものの、アリザはずっとこんな感じだった。


「サリエリのことなんだけど」

「断る」


 羊肉のソテーをフォークで刺し、大口を開けて放り込む。仏頂面が不機嫌な顔になった。


「僕としては別に住んでも」

「だから断ると言っているだろう!」


 ガンッ、と食卓が打ち鳴らされる。冒険者、しかも前衛職であるアリザにとっては軽めに叩いたつもりなのだろう。しかし置かれた食器類は小刻みに振動し注がれた安酒に波紋が立つ。そのあまりの物音に、アリザはバツが悪そうに横を向いた。


「……済まない。居候している身分でお前の行動に口出しをすることなど実に痴がましい事だ……忘れてくれ」


 確かにそうだ。机の上に並んだ食事も、探索の度に与えているポーションも、この家や庭もヒューイが持っているもの。対価としてヒューイの欲する素材を採取してくることもあるが、用心棒という役割を含めてもアリザがやや得しているように見える。

 ヒューイとしてはそこに負い目を感じて欲しくはない。

 代わりに別の角度から切り出した。


「アリザは……なんでサリエリを毛嫌いするんだ?」


 初対面にもかかわらずアリザがあれほど敵対姿勢をとるのはいささか腑に落ちない。サリエリの方は、アリザが居候していることに関して羨まし気であったからまだ納得できるものの。妙にいたたまれないヒューイである。

 アリザはしばし思考し、やや影のある目をヒューイに向ける。


「何故……私はああいった『女』らしい女が反吐が出るほど嫌いだ。男どもに媚を売って、態とらしい科を作って。そうして愉悦に浸る輩が大嫌いだ」


 その独白じみた言葉はどす黒く濁っていた。ヒューイはアリザの過去を知らない。けれどバイエルンに来るまでの年月に何かがあったのだろうと察する。

 察して、果たしてサリエリがそれと重なるのかは別。


「サリエリは別にそういう訳じゃ」

「本当か?」

「……っ」


 言葉少なく問われ、ヒューイは即答できなかった。

 だから逆に聞くしかない。


「……僕を誘惑して、どうするのさ」

「お前は自分の価値を解っていないらしいな。らしいと言えばらしいが」

「ともかくサリエリにその気はないよ」


 それにアリザは鼻で笑った。


「ともかくあの女を招くのはやめておけ。これは本心からの忠告だからな」

「アリザが嫌ならやめておくよ。けどサリエリをちゃんと見て判断して欲しい」


 ヒューイの言葉もまた本心だ。アリザの過去は知りようがない。が、サリエリがアリザに何かしたということもまたない。サリエリを知るヒューイからすれば、多少でも手を取り合えるのが最善だと思えた。


「ああ、約束しよう」


 ふっとアリザは気を緩めて微笑する。


「サリエリがお前にとって有益であるならば、我慢もまた考えないでもない」

「いやいや、無理は良くないよ」

「実力自体は何ら遜色ないのだがな」


 アリザの言う通り、『殲滅者』の二つ名を持つサリエリはアリザと同じく金等級の冒険者だった。前衛と後衛の違いがあるとはいえ、互いに攻撃手としてはかなり高位。

 そこではたとアリザの食指が止まる。


「……あの女に懸想していると言うなら、私はお暇するぞ?」


 はっ? とヒューイは数秒硬直した。


「いやいやいやいやいや、違うから!」


 アリザはしばらく訝しげにヒューイを見ていたが、やがて諦念じみた溜息を吐いて首を横に振る。


「あの女も存外苦労ものか……?」


 バイエルンのどこかで盛大なくしゃみが聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮都市の片隅で 金木犀 @sijimaissei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ