第9話 魔女サリエリ

「調子はどうなんだい?」


 店内に置かれたカウンターに片肘をつきながらサリエリは問う。うろうろと店内をうろついて、最終的にいつもの定位置に戻るあたりがなんとも猫らしい。店に漂う魔力を感知したのか、ライズハイムの杖に埋め込まれた大粒の宝石、魔法媒体が燐光を放つ。それらをよく観察すれば、形を持たない何かが渦を巻いていた。


「どうって、いつも通りだよ。分かるだろう?」


 ヒューイは師匠作である成分濃縮機からビーカーを取り出し、別で作った液と混ぜ質を整える。その色は空よりも余程青く、王国を南下した先にある海よりも青いのではないかというほどだ。それを試験管に注ぐとシヴァのレリーフが鈍色に輝く。

 容器にかける保存魔法は内容物を上回らなければ十分な効果を発揮できない。試験管を作る際の鉄則であり、ヒューイが一人で切り盛りするようになってから上級以上の薬を販売しなくなった要因でもある。

 ヒューイの手が及ぶのが、せいぜい中級の魔法薬まででもあるのだが。

 袋詰めするヒューイを横目にサリエリは口の端を持ち上げる。


「そうかな? 冒険者がここに、居座ってるという噂を聞いたよ」

「……あー、まあ、そうだね」


 さすがにあの全身甲冑姿が何度も出入りしていれば、否が応でも噂は立つだろう。ヒューイは歯切れ悪く肯定しながらどこまで明かすべきか逡巡した。


「つれないなあ。あたしという常連客を差し置いて居候させるとはねえ」


 何を言いだすかとサリエリを見やれば、ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべている。


「別にそういう関係でもないよ。強いて言えば協力し合う間柄かな」

「へえぇ? へーぇええ? あたしを差し置いて? んん?」

「…………なんで機嫌悪いのか分からないけどごめんって」


 サリエリは師匠がいなくなる前から『月落樹の雫』に訪れていた懇意の冒険者だ。確かに付き合いの長さだけで考えればアリザよりもよっぽど長いし、個人としても助けられたことが何度かある。けれどヒューイとしては店主と常連、それ以外の何者でもなかった。


「ヒューイのバカ」

「はいはい」


 師匠がいなくなってからこんなやり取りが増えた気がする。

 そんな益体もないことを考えながら、サリエリが必要とする薬品を規定数揃えた。


「お待たせ。中級と下級の魔力ポーションと、中級精霊薬、中級体力ポーションだよ」

「お金これね」

「毎度あり」


 サリエリは中身を伺いもせず受け取り、ヒューイもまた皮袋の紐を解くことなく金庫に仕舞う。サリエリが腰につけたポーチへ袋を持っていくと、明らかにサイズの大小が逆転しているにもかかわらずするすると入っていく。魔法鞄と呼ばれる、内部に拡張した空間を持つ魔法道具の一種だ。

 先ほど使用した成分濃縮機も広義では魔法道具に分類される。ヒューイは門外漢だが、現金で購入しようとすればとんでもない額が要ることくらいは知っていた。

 サリエリは杖を鳴らし、身を翻そうとしたところで固まる。


「どうかした?」


 それとほぼ同じタイミングで住居部分に繋がる廊下から部屋着姿のアリザが現れた。


「ヒューイ、昼飯はまだ……」


 まだ眠たげなアリザはヒューイの横に立つサリエリを見つけピリと殺気を放つ。


「「誰よあの女」」


 バチィとサリエリの持つ、杖の先端で火花が爆ぜた。

 ヒューイとしては一気に険悪ムードになった二人に当惑するしかない。


「へっ? アリザ、こっちは常連の魔法使いのサリエリ。それであっちが手伝ってもらっている剣士のアリザだよ」


 とりあえずお互いを紹介してみたヒューイだが、どうやら悪手だったようだ。


「サリエリ……!? あの『殲滅者』サリエリかっ!」

「『鬼武者』のアリザ!? やっぱり中身は女だったのね!」


 サリエリに『殲滅者』なんて物騒な二つ名が付いていることを初めて知ったヒューイはそそくさと距離を取ろうとした。しかし冒険者の身体能力によって即座に腕を掴まれ、肘あたりに柔らかな感触が伝わる。ヒューイは表情を強張らせ冷や汗がどっと噴き出た。


「ヒューイ、中身がナイスバディの女だからって籠絡されちゃダメ!」

「ええい、ヒューイにくっつくな離れろ! 貴様こそ不埒な真似をしているだろう!」

「そんなこと言ったって三食昼寝付きの生活してる癖に! 羨ましいっ!!」

「なっ!? 貴様には関係ないだろう! しっかりと対価は払っている!!」


 ズカズカと近づいてきたアリザがサリエリを引き剥がそうと逆の腕を掴む。二の腕にサリエリよりも凶悪な柔らかさ……

 しかしそれを堪能することは叶わなかった。


「ふ、二人とも千切れる! 千切れるから!!」


 何を隠そう、ヒューイを両側から引っ張る女性二人は凄腕の冒険者である。

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