ex4
先にお風呂に入った花音は速攻で上がってきた。正味二十分もかかってない。
シンプルなブルーのパジャマ姿でテレビの前に座り込み、一時停止していた百合アニメの続きを再生する。
「シャンプーとか、好きに使ってくれて構いませんわ」
視線はテレビに向けたままそう言った。
これはガッツリはまったな。しめしめ。
お気に入り作品の布教に成功して、わたしはほくそ笑みながらお風呂へ向かう。
服を脱ぎ、タオルを手にバスルームに入って、わたしは動揺した。
――このお湯にさっきまで花音が浸かってたんだ。
さっきの会話のせいだ。妙に意識してしまうのは。
「落ち着けわたし」
自分に言い聞かせて、とりあえず身体を洗う。
すると花音の匂いがますます強くなった。
そうか、これは花音がいつも使っているボディソープの匂いだったんだ。
花音の匂いに全身を包まれている。
そう思ったら頭がクラクラして。
花音の前に裸でいるような気分になってしまって。
もう無理。死ぬ。
「……お風呂でのぼせるなんて子供じゃないんだから」
上からから花音の声が降ってくる。
誰のせいだと思ってる、とわたしは思ったけど口にはしなかった。
わたしは花音のベッドに横になっている。布団は掛けていない。
花音はうちわ代わりのノートを仰いで、わたしに風を送っている。
「もういいよ。大丈夫」
「本当に? 無理はしてない?」
本当に大丈夫なことを示すためにわたしは起き上がった。
なおも心配そうにする花音に微笑みかける。
ようやく花音は安心したようで、頬の強張りを解いた。
冷蔵庫から冷たいジュースを出してくる。
わたしはありがたく受け取った。
「よし、続き見よう続き」
とわたしはアニメを再生する。
花音はわたしの隣に座り、ベッドに二人並んで腰掛けアニメ鑑賞の続き。
といってももうほとんどクライマックスだ。
対立していたヒロインたちは競技でぶつかり合うことを通じて和解――を通り越して、互いに愛し合う関係になっている。
最高のパートナーで、けれどライバル。
勝者はただ一人。
はたして勝つのはどちらなのか――は明かされない。
決勝戦の途中から物語は卒業式へと飛ぶ。
高校卒業後も、二人の関係は変わらない。
競い合い、愛し合う未来を示唆して、物語は閉じる。
エンドロールが終わるまで、花音は無言で画面を見つめていた。
それからほうっとため息をついて、涙をぬぐう。
「素敵だったわ……」
「でしょう?」
と、わたしは自分が作った話でもないのに得意になる。
再生の終わったブルーレイをデッキから取り出してケースにしまう。
時計を見ると、ちょうど寝るのにいい感じの時間だった。
並んで歯を磨き、灯りを消してベッドに潜り込む。
一人暮らしの花音の部屋には客用の布団なんかないので同じベッドだ。
「さすがに狭いね」
「その分、くっつけるわ」
うーん前向き。
私は寝相が悪いのでちょっと心配。
そもそもちゃんと眠れるのかな?
ドキドキして一睡もできないまま朝になったりして。なんて思っていると、
「私、ちゃんと眠れるかしら……」
花音が同じようなことと言うので笑ってしまった。
笑ったらなんだか安心した。
ううん。違うな。
隣にあるこのぬくもりが、わたしを安心させるのだ。
「……ねえ、ゆかり」
お休みと言おうとしたら、花音が話しかけてきた。
「なあに?」
「私たちも、あんな関係になれるといいわね」
何かと思った。さっきまで見てたアニメの話だ。
「わたし、花音と張り合えるような特技なんてないよ」
「もう。そういうことじゃなくて」
とぼけたわたしに花音が唇を尖らせる。
「分かってる」
わたしは手を伸ばし、花音の髪を撫でた。
「……大好きだよ。花音」
「私もよ。ゆかり」
指を絡め、目を閉じて、唇を重ねる。
愛おしさが無限にわき上がる。
来週には新年度が始まり、わたしたちは三年生だ。
そして半年もすれば受験が始まり、来年の今頃には、一体どこでなにをしているのだろう。
未来のことなんて何も分かっちゃいない。
嫌なことも、辛いこともあるだろう。
それでも、思う。
大切なこの人と、手を取り合って生きていきたいと願う。
この気持ちは本物なのだと――。
ゆりちゅ! 上野遊 @uenoyou
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