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「ゆかりの方はなにをしていたの? 私がいない間」

 荷物を置き、花音の淹れてくれたお茶で一息ついていると、そう訊ねられた。

 正直困った。

 わたしの春休みは、今日のための服を買いに行った以外はろくに出かけず家でごろごろするばかりで、話して面白いようなイベントは特になかった。

 わたしの長期休みはいつもそう。家族以外誰にも会わずに百合本読みふけって過ごす。

 一応事件的なものとしては、配信の方でちょっと騒ぎがあったけど。

 ライブ配信で愛の告白なんかぶちかませばそりゃあね、その後の反応はもう蜂の巣を突いたようなもんである。

 あの後どうなったのとか、りゅりゅちゃんやっぱりガチ百合じゃんとか、末永く爆発しろとか。祝ってるのか呪ってるのか分からないメッセージを一杯もらった。

 ただ、そうした騒動は花音も見ていたわけで、改めて伝える意味も理由もない。

「速く花音に会いたいなーって、指折り数えて待ってたよ」

 そう答えると花音はにまーっと、とても幸せそうに笑った。

「私も。生き霊となって思い人のところに飛んでいく姫の気持ちが分かったわ」

「やだなあ、呪わないでよ」

 冗談めかして返しながら、わたしはちょっと背筋の冷える思いがした。

 実は何度か花音の夢を見たのだ。

 夢に見るほど会いたいか。わたしどれだけ花音にはまってるんだ――なんてそのときは思ったんだけど、あれは実は花音の生き霊だったりして。

 花音ならそのくらいやりかねない。

「? どうかした?」

「何でもない。そろそろご飯作るね」

 とわたしはごまかし、立ち上がった。

 そうなのだ。本日のおうちデートは、わたしの手作り料理を振る舞うことになっている。

 バレンタインのチョコレートは見事に失敗したのでそのリベンジである。

「私も手伝うわ」

「花音は座ってなよ。引越祝いで主賓に働かせてたらおかしいでしょ」

「そうだけど、でも一緒に作りたいから」

「じゃ、そうしよう」

 とわたしはあっさり前言撤回。その方が楽しそうだったので。

 わたしたちは一緒に台所に移動した。

 食材は家から持ってきてある。

 メニューは鍋。これなら切って煮るだけだからまず失敗しない。

 わたしとしてはね、もっと凝ったもの作ってあげたかった。

 せっかくの機会なんだし、花音の好きなものが作れたらいいなって思ってた。

 だがしかし。

 ママいわく、「ゆかりの料理センスは私には似なかったのね……」

 そんなことはないもん修行すればちゃんと出来るようになるもん! とは言っても腕を上げるには春休みはあまりにも短すぎた。

「はい、ゆかり」

 と花音がエプロンを渡してくれる。

「いいよ面倒くさい」

「ダメ。ちゃんとして」

 強く言われて私はエプロンを着ける。

 食材を流しに拡げて、

「花音、とりあえずこの辺洗って皮を……」

 指示を出そうとすると、

 ピロリン! ピロリン! ピロリン!

 立て続けに電子音が鳴り響いた。

 見れば花音がスマホを構えて恍惚の表情を浮かべている。

「ああ、エプロン姿のゆかり……新妻みたい……いい……永久保存……」

「あんた手伝う気あんの!?」



 アパートの狭い台所では二人並んで料理なんて端から無理な話で、結局、私一人で作った。

 花音は応援してくれた。それはもう力一杯。ちょっとうざいくらい。

 ともあれ料理は無事に完成し、

「いただきまーす」

「召し上がれ」

 リビングに移動して、わたしたちは鍋を挟んで向かい合った。

「どう?」

 失敗はないはずだ。切って煮るだけだし、味付けは家でママに手伝ってもらって作った濃縮スープを使ったし。

 それででもやっぱり、ドキドキした。喜んでもらいたい。おいしくなかったどうしよう。

「愛の味がするわ」

「意味分かんない」

「とってもおいしいってことよ」

 熱々の、湯気の向こうに、君の顔。

 うん。いいな。こういうの。

「なあに? ニヤニヤして」

「幸せだなあと思って」

「……私も」

 と花音は頬を染める。

 やばいなあ。花音よりもわたしの方が自制できなくなりそう。

「ね、ね、ゆかり。あーん」

「……やると思った」

 ちょっと嫌そうな顔をして、けれども素直に口を開けて待つわたし。

 ぽんと放り込まれたのは、

「っ! ちょっと! ネギはやめてネギは!」

 飛び出た熱々の汁に、わたしは口を押さえてのけぞるのだった。



 お鍋はあっという間に空になってしまった。

 花音はお腹を押さえて横になり、

「もううごけなーい」

 なんてうめいている。

「食べ過ぎだよ……」

 とわたしは呆れる。残ったら明日に回せばいいと思って、だいぶ多めに作ったのに、花音は食べきってしまったのだ。

「だってゆかりが作ってくれたんですもの。おいしいうちに食べてしまいたいじゃない」

 そう言われて悪い気はしないんだけど、花音が太るのは嫌だなあ。

 洗い物を片付けてリビングに戻る。

「お疲れ様」

 なんて花音がお茶を淹れてくれる。新妻みたい。

 わたしは家から持ってきた百合アニメのブルーレイをデッキにセットした。

「ああ、この前言ってたお勧めね」

「うん。すっごく面白いよ。わたしこれ十周ぐらい見てる」

 二人並んで、肩をくっつけて座ってアニメ鑑賞。

 すぐ側に花音の体温を感じる。

 花音が指を絡めてきた。応じる。花音、これ好きだなあ。

 テレビ画面の中ではジャージ姿の女の子たちが部活動に勤しんでいる。高校三年。最後の夏に向けてがんばったり、ケンカしたりしている。

「わたしたちも、もう三年生か……」

「クラス替えがなくてよかったわね」

「だねえ」

「いよいよ受験生になるのね」

 せっかくのデート中に現実に引き戻されることを言われて、わたしは顔をしかめる。

 と、部屋にピーピーと電子音が鳴り響いた。

 続いて合成音声で「お風呂が、湧きました」。

「お風呂か」

 ふと、「一緒に入りたいな」という欲望が脳裏をよぎった。

 花音はスタイルいいから、脱いでもきっと綺麗なんだろうなあ。

 でもわたしの方が胸はちょっとあるぞ。……背が低い分相対的に大きく見えるだけだけど。

「ゆかり」

「一緒にはいるのはダメだからね!」

「私はビデオを見ているからお先にどうぞ、って言おうとしただけなのだけれど……」

 わたしがいきなり大きな声を出したせいだろう、花音は戸惑ったようにそう言った。

 そのあと、不意に悪魔的な笑みを浮かべて、

「……もしかして、一緒に入りたかった?」

「そそそんなことは」

 うわあどもっちゃったよわたし。こんなの自白も同然じゃない。

「そうなんだあ」

 と花音はニヤニヤ。

「でもさすがにそれはねえ……まだ早いと思うのよ」

「だよね、早い早い」

 やばい。心臓がバクバク言ってる。

 バレないように花音から離れる。

「お風呂は花音が先に入りなよ。花音の家なんだし家主優先で」

「お客様が優先されるべきでしょう」

 一理ある。と言うか普通はそうする。変な遠慮はよくない。

「じゃあ先にもらうね」

 そう言って、わたしは自分の荷物からお風呂セットを出そうとしたんだけど、

「ゆかりの残り湯……うひぇへへ……」

 背後から何かおぞましい呟きが聞こえてきたのですごい勢いで振り返った。

「わたし後! 絶対に後!」

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