追放された悪役令嬢は灰色の魔女として生きる

仲室日月奈

魔女の門出と再会

「ここまでだ、ツェツィーリア・アインハイト! 君のしてきたことはアンネローゼの協力のもと、すべてが白日の下にさらされた。今日をもって婚約は解消させていただく。……何か申し開きがあれば聞くが?」


 きらめくシャンデリアの真下で、ツェツィーリアは無言のまま微笑みを返す。

 それを肯定ととらえ、レーヴェ王太子は横に控えていたアンネローゼの肩を抱く。


「君のお父上から領地追放の伝言も預かっている。もう会うこともあるまい」

「……ツェツィーリア様……」


 金の巻き毛を揺らし、アンネローゼが眉を寄せて上目遣いで見やる。

 目尻にうっすらと涙をため、何かを耐えるような仕草は芝居がかっており、周囲の同情を一身に集めていた。

 ツェツィーリアは瞼をそっと伏せ、ドレスの裾を持ち上げる。


「失礼いたします」


 完璧な角度で淑女の礼をすませ、くるりと踵を返す。

 コツンコツンとヒールの音が鳴る。扉の前には警備兵が待ち構えており、おとなしく彼らの背に従う。

 重厚な扉が閉まり、舞踏会の音色は聞こえなくなる。

 闇に沈んだ回廊をしずしずと歩き、自分の役目が終わったことを理解する。


(もう殿下の婚約者ではありませんから、これからは誰の目も気にせず、自分らしく生きていけるはずですよね)


 アインハルト侯爵家からは勘当され、領地からも追放。

 この未来は予期していたこととはいえ、不安がないといえば嘘になる。


(でも、これから……どう生きていこうかしら……?)


 平民として生きていくとしても、服の着替えすら一人でできるか怪しい。

 王宮の柱の隙間から見上げた半月はまばゆい光に照らされていた。


 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 市街地から離れた山裾にある緑のトンネルを抜けた先に、魔女の庵がある。

 古くからある魔女の住み処は知る人ぞ知る場所で、邪な思いを抱く者がトンネルをくぐっても庵にはたどり着けないといわれている。

 先代から付き合いのある商人は勝手知ったる顔なじみで、世間話のついでに庵にあった在庫を銀貨に変えてくれる。


「はい。……はい。これで全部ですね。すべて引き取らせてもらいますよ」

「いつもありがとうございます」

「こんなに熱心に作っていただいて助かりますよ、カルラさんに見せたいくらいですね。きっとお空の下で自慢しているんじゃないですか?」


 カルラとは先代魔女の名である。

 ツェツィーリアと同じ灰色の髪をした、情に厚い老婆だった。


「そう……だといいなと思います」

「では今日はこれで。また来ますね」


 栗色の髪の青年を見送り、ツェツィーリアは裏の畑に向かう。

 畑も庵も、先代魔女から譲り受けたものだ。

 彼女から授けられたのは物ばかりではない。服の着替え方、洗濯の仕方、畑の耕し方、火のおこし方、包丁の持ち方など、生活のさまざまな知恵を授けてもらった。

 侯爵令嬢だったツェツィーリアと先代魔女カルラとの出会いは、このキーファー地方の城下町だった。

 わずかな路銀と旅行鞄一つで下町に放り出されたものの、生粋のお嬢様を雇ってくれる店など見つかるわけもない。所持金もすぐに尽き、路頭に迷っているところをカルラに拾われた。

 彼女は、亜麻色に染めていたツェツィーリアの地毛が灰色だと知ったときは、同じ髪の色だと喜んでくれた。


(お母様の色に染めていた髪も嫌いではなかったけれど、やっぱり地毛のほうが楽ですね)


 この庵に住むようになってから、腰まであった髪はバッサリ切って肩につく程度にした。今はすべてが地毛だ。

 ブロンドの髪だった父親に遠慮して染めていたあの頃とは、印象もだいぶ違うだろう。昔なじみが見てもツェツィーリアだとは気づかれないはずだ。


(わたくしはもう、自分自身を否定しません)


 今思えば、カルラは自分の死期を知っていたように思う。

 出会ってから別れまで、一年と少しという月日だったが、大変だが充実した日々を過ごした。

 彼女はツェツィーリアの手を綺麗だと褒めてくれた。魔女の素養があると知ると、目の色を変えて、さまざまな魔法を教えてくれた。

 侯爵令嬢では不要の才能も、ここでなら遺憾なく発揮できる。

 ツェツィーリアは火打ち石、雑草を枯らす薬剤、頑固な汚れが消える石鹸、リラックスして寝られるポプリに、ささやかな魔法を付与して、生活が便利になる商品を次々に開発していった。

 先代魔女が天に召された後は、家に残っている本を教本に独学で勉強している。

 倉庫から肥料袋を取り出し、大きく育った野菜に追肥を行う。雑草を手で引っこ抜き、葉をめくって虫がいないかもチェックする。

 一通り世話が終わったところで、玄関横に置いてある鈴が鳴った。

 軽く手を洗い、小走りで表に移動する。

 客人は一人のようだ。

 綺麗に染められた群青色のローブを羽織っている。背格好はツェツィーリアより頭一つ分大きい。


「あの……何か御用でしょうか」


 ツェツィーリアが声をかけると、客人は沈黙の後、ひとつため息をついた。

 両手でフードを降ろし、茜色の空と同じ髪があらわになる。赤銅色の瞳に目鼻立ちの整った風貌。そして、無の境地に至ったような顔。素材がいいだけにもったいない男ベストスリーに入る男。


(どうして……彼が……)


 見覚えがあるのもそのはず、彼はレーヴェ王太子の護衛兼友人で、常に後ろに控えていた。寡黙な彼は目礼するだけの間柄だったが、空気のように扱われても何一つ文句を言わず、ただレーヴェの指示に唯唯諾諾と付き従う存在だった。

 それは形ばかりの婚約者となっていたツェツィーリアにも通じるものがあり、勝手に親近感を覚えていたが、直接話したことはほとんどない。

 当然ながら、こんなさびれた庵に訪れる理由など、皆目見当がつかない。

 呆然と立ち尽くすツェツィーリアを見下ろし、招かれざる客人はハキハキと口を動かす。


「灰色の魔女殿を訪ねてきたのですが、ツェツィーリア・アインハイト様ですね」

「……アインハイトの名は捨てました。先代魔女に御用でしたでしょうか」

「いえ、用があるのはあなたです。灰色の魔女のもとに、同じ名前の女性がいると聞いたものですから」


 ――灰色の魔女。

 それは代々この地で生きた魔女の通り名である。


「先代は先々月に亡くなりました。今の灰色の魔女はわたくしです」

「……あなたが? 魔女になられたのですか?」

「そうです。まだ新米ですが」


 魔力量はさておき、その知識は先代魔女の足元にも及ばない。まだまだ学びたいことはたくさんあった。けれどもう、それは叶わぬ夢となった。


(見たところ、魔女に会いに来たというわけではないようですが……一体何の用でしょうか。どちらにせよ、嫌な予感しかありませんね)


 旅用のローブを着ているが、育ちのよさは服からにじみ出ている。ここに来たのがレーヴェの指示だとしたら、自分に拒否権はないだろう。

 

(追放された女のところの用事って、ろくなことじゃないですよね。どうにか追い返せないものかしら)


 この男のことはつかみづらい。自分の話題はろくにしないため、何を考えているのかは神のみぞ知る。

 どう追い払おうかと画策しているツェツィーリアに、静かな声が降りかかる。


「私のことは覚えていらっしゃいますか? レーヴェ殿下の護衛をしておりました、ユーリ・キーファーです」

「…………存じております」


 観念して答えると、ユーリはほっと息をついた。


「あれから大変でしたよ。アンネローゼ様は自分の意に沿わないことには癇癪を起こされて、なかなか手がつけられない。周囲の者は皆、あなたを手放さなかったらよかったのに、と思わずにはいられません」

「……愚痴をこぼしにいらっしゃったのですか?」

「いいえ、用事はちゃんとあります」


 肩から提げた鞄を漁り、数枚の羊皮紙を取り出す。


「こちらをどうぞ」

「……これは?」

「あなたの冤罪を晴らすための証拠類です。首謀者はアンネローゼ様ですね。こんな嫌がらせをしてきた方が未来の王妃になるなんて、この国の将来が不安になりますよ」


 いつになく饒舌な彼に、ツェツィーリアは眉根を寄せる。

 書類には丁寧な文字が認められ、証言者と思しき者の拇印まで押してある。


「…………これは殿下のご指示ですか?」

「いいえ。殿下はまだご存じありません。これらはすべて私の一存で集めたものです」

「……どうして? どうして今、こんなものを」


 書類を持つ手が震えてしまう。それに気づいたのだろう、ユーリが気まずそうに視線をそらす。

 やがて覚悟を決めたのか、ゆっくりと目線が合う。赤銅色の瞳には自分の不安げな顔が映し出されている。

 形のよい唇がゆっくりと開き、ツェツィーリアは続く言葉を待った。


「あなたの尊厳を取り戻しに来ました」


 頭が真っ白になる。一気に血の気が引き、目を見開く。

 だが目の前の男は微動だにせず、まっすぐに見つめてくる。先ほどの言葉が偽りではないと示すように。


「……帰ってください! 前の生活に戻る気はありませんっ」


 言葉とともに書類を突き返すと、ユーリが反射的に受け取る。


「ですが、王妃にふさわしいのはあなたです」

「殿下は……アンネローゼ様を選ばれたのです。たとえ今戻っても、すべてが元通りになるわけがありません。わたくしと殿下の道は違えてしまったのですから」


 できるだけ穏便に言葉を返すと、沈黙が返ってくる。


(連れ戻されるなんて冗談ではありませんわ。一体、何を考えているのです。この男)


 ツェツィーリアの警戒心が伝わったのか、ユーリは鞄に書類をしまい、胸に手を当てて一礼した。


「また来ます」


 何度来ても同じだと心の中で返し、木々のトンネルの中に消えていく背中を無言で見つめた。頭上では烏が旋回し、北風で木の葉がくるくると舞い上がっていた。


 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 数日後、ユーリはやってきた。

 城下町で買ってきたというミートパイとともに。

 平和的に追い返そうとしたが、言葉巧みに躱されて結局、家にあげることになった。それからはほぼ毎日のように手土産を携えて訪問するようになった。

 それでも一年ぶりに聞く王都の話は興味深く、あくまで紳士的な態度に強く出られず、そのままなし崩し的に居座るようになってしまった。

 いつだったか、王都に帰らなくていいのか、と聞いたことがある。そのときはいつもの無表情で淡々とした答えが返ってきた。


「長期休暇をいただいているので、ご心配は無用です」


 心配はしていないとは伝えられず、薪割りを手伝うという申し出をむげにもできなかった。冬支度に薪は多めに用意しておきたかったのだ。

 思えば、その日はちょっと考え事をしながら家事をしていた。指先一つを動かし、たらいからポットに水を移動していたところで、声がかかった。


「すごいですね。息を吸うように魔法が使えるなんて」

「…………いえ、大したことは」


 先代魔女が生きていた頃なら「なんでも魔法に頼るのは感心しないね」とお小言をもらっていただろう。


(存在を忘れていましたわ……)


 最初は威圧感で遠巻きに見ているだけだったが、今では畑に転がっているカボチャのように扱っていたせいで、無意識に魔法を使ってしまった。

 彼の前で魔法を使ったのは今日が初めてだ。

 無表情だけど、実はお喋りな彼が興味を持ってもおかしくない。


(やってしまいました……)


 だが、悔いてもすでに遅い。

 薄く息を吐き出し、見られてしまったものは仕方がないと開き直る。


「ツェツィーリア様が魔女になったと聞いたときは驚きましたが、やっと今、実感が持てました」

「さようですか」

「ええ。もともと素養があったんですね。無詠唱でここまでできるなんて。さすがに想像していませんでした」


 誰しも、褒められて悪い気はしない。

 魔法を使うのを見られたのがユーリでよかったと安堵していると、彼は世間話の延長のように言った。


「復讐は考えていないのですか。あなたの魔法で」

「……え? 今、なんと?」


 聞き間違いであってほしい。そう思いながら尋ねると、ユーリはなんでもない顔で答えた。


「こんなに魔法を使いこなせるなら、かの令嬢に一泡吹かせることも造作もないはず。やられたままで悔しくないのですか」

「……悔しくなどありません。相手を出し抜くことも、王妃に必要な素養でしょう。わたくしにはないものです。第一、わたくしは新米魔女です。そんな高等な魔法など扱えません」

「ですが、これほどの使い手だと知っていれば、殿下もあなたを手放すような真似はなさらなかったでしょう。この国で魔法が扱える者は貴重なのですから」


 魔法使いや魔女は貴重な存在だ。

 とりわけ、太古より伝わる古の魔法を扱える魔女は、かなり少数になってきている。王家が手元にほしいと思うのも無理はない。

 ツェツィーリアは毅然とした表情で口を開く。


「わたくしは、この先も復讐は考えていません。今の生活が気に入っているので。どうか邪魔をしないでいただけませんか」


 やっと、新しい土地での生活にも馴染んできたのだ。

 息が詰まるような侯爵家の暮らしなど、新たな苦痛でしかない。

 しかし、その気持ちはユーリに伝わらなかったようで、不思議そうに聞き返される。


「あのとき、どうして冤罪だと言わなかったのですか? 王妃の位はあなたがずっと大事にしてきたもののはずです」

「……殿下が心変わりされたのは、わたくしが地味姫だからです。理由はわたくしにあります。殿下を責める理由にはなりません」


 地味姫とは、ツェツィーリアのかつての呼び名だ。

 決して出しゃばらず、控えめに。それをモットーに過ごすうち、令嬢たちから地味姫と陰口を叩かれるようになっていた。

 だが、それは紛うことなき事実。肯定も否定もせず、聞き流していた。

 ユーリはわずかに眉を寄せ、首を横に振った。


「私はあなたが地味姫とは思えません」

「嘘をおっしゃらないで。わたくしの髪は灰色なのです。ブロンドでも赤髪でもなく、灰と同じ色。いくら髪を染めていても、すぐにまた灰色の髪が生えてくるのですよ」


 物語の主人公は鮮やかな髪の色をしていた。

 灰色の冴えない色の主人公は、光り輝くスポットライトの下よりも日陰のほうがお似合いなのだ。


「その髪の色がお嫌なのですか」

「……いいえ。周りが嫌がっても、あたたかく優しかった祖母と同じ色はわたくしの自慢です。侯爵令嬢に戻れば、またこの髪の色を隠さなければなりません。そんな生活はもう嫌なのです。……わたくしはありのままの自分で生きていきたい」


 嘘偽りのない言葉を返す。

 ユーリは悩むように顎に手を当てていたが、やがてその手を下ろす。


「なるほど、承知しました。あなたを侯爵家に戻すことは諦めます」

「では、もう用事はお済みですね。お気をつけてお帰りください」


 これで話は終わりだと締めくくると、ユーリは皮を剥いたジャガイモの籠を横に押しやり、居住まいを正した。


「……いえ、もうひとつの用が残っています」

「まあ、なんでしょうか」


 目を細めると、彼は心なしか顔を強ばらせた。


「……ツェツィーリア様は、殿下のことはもう心残りはないのでしょうか」

「ありません。もともと、それほど親しくしておりませんでしたし、婚約者という立場は分不相応だと思っておりましたので」

「そうですか。それが聞けてよかったです」


 椅子から腰を浮かし、ユーリが立ち上がる。テーブルに椅子をしまう様子を見ながら首をひねる。


(顔は相変わらず無表情だけど……何か、嬉しそう……?)


 けれど、その理由がまるでわからない。

 訝しむツェツィーリアの前に歩み寄り、ユーリが足を止める。


「ああ、そうそう。近々、この近くの警備隊に異動することになったので。どうぞよろしくお願いいたします」

「……異動ですか?」

「はい」

「王都から離れたこの地に?」

「はい」


 彼は寡黙だが腕は立つという噂だし、将来有望のエリートだったはずだ。順当に行けば、王太子の身辺を守る近衛隊になっていただろう。


(それを蹴って、この地で働くって……左遷?)


 一体何をしでかしたのか。瞠目するツェツィーリアの反応に無表情で応え、ユーリが口を開く。


「意外でしたか?」

「……ええ、それは……もちろん。近衛隊として殿下のそばについていくものとばかり思っておりましたので……」

「言っておきますが、何か落ち度があったとか、罰を受けたとかではなく、私個人の希望です」


 ツェツィーリアの考えていることなどお見通しといった風に断言され、薄く開いていた唇を引き結ぶ。ユーリはかすかに口元をほころばせ、語を継ぐ。


「あなたの婚約破棄を目の当たりにして、私も上司は選びたいと考え直しまして。それに、せっかくなら、密かに慕っていたツェツィーリア様とお近づきになりたいと」

「……は?」


 耳がおかしくなったのだろうか。

 いや、幻聴に違いない。もしくは言い間違いだ。そうでないとおかしい。

 そう自分自身に言い聞かせていると、ユーリがたたみかけるように言葉を重ねる。


「婚約破棄も無事に認められ、今はお互い婚約者はいない立場です。……やっと同じ目線で話せますね」

「…………」

「侯爵家の後ろ盾がなくても、自分なら、今の生活を守ることができますよ。これからも毎日巡回に来ますから、どうぞ護衛代わりにでも思ってください」


 退路を断たれた気がするのは気のせいだろうか。

 冷や汗をたらしながら、ツェツィーリアはわずかな抵抗を試みる。


「……そ、それは……こちらに拒否権は……」

「ここは我が家の領地ですし、治安維持のための見回りは当然です。やっと対等で話せるようになったんですから、ゆっくり仲を深めていきましょう」


 ツェツィーリアは天井を仰ぎ見る。


(嘘だわ、ありえない。……だって、この方がわたくしを……し、慕っていたなんて……!)


 誰か嘘だと言ってほしい。さっきのが聞き間違いであったなら、どんなによかったか。

 早鐘を打つ心臓をなだめようとするが、うまくいかない。息が苦しい。部屋の酸素が少ないのかもしれない。

 脳内で現実逃避を始めたツェツィーリアの耳に、ふっと息が吹きかけられる。


「ひっ!」


 慌てて飛び退くと、無表情がデフォルトのはずのユーリが微笑んでいた。

 野原の草花が花咲いたような、素朴な、優しい笑みに胸が高鳴る。


「これからが楽しみです」

「な、何の話です」


 耳を両手で押さえて聞き返すと、くつくつと笑われる。

 一通り笑い声が収まったところで、赤銅色の瞳がジッと見つめてくる。


「幸い、私は待つのは慣れておりますから」

「……だっ、だから、何を」

「それはもちろん、好きな人が自分に振り向いてくれるのを」

「……っっ……」

「これから長い付き合いになるでしょう。どうぞ仲良くしてください」


 逃れられない予感がして、全身の血が沸き立つ。

 喉が干上がって声を紡ぐことすらできない。そのまま硬直したツェツィーリアは、このまま気を失ったらどんなにいいかと思わずにはいられなかった。


 かくして恋占いをしては惨敗だった令嬢は、王都より離れた土地で、自分を追いかけてきた青年に愛を囁かれる日々に苦悩することになる。

 後日、王太子は冤罪の証拠を匿名で送りつけられて二度目の婚約破棄を果たし、隣国からの姫を娶ることになったという。

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