第35話 愛国者の掟
保安室近辺。
藤井あずさが帰宅しようと歩いていると一台の車が寄って来た。
車が藤井の傍に止まると車の運転席が開き、男が小走りで藤井の傍に来ると耳打ちした。
促されるように身を屈めて中を覗き込むと、後部座席には老人が一人いた。鹿目だ。
藤井はそのまま後部座席に乗り込み鹿目に報告を始めた。
「先島が生物兵器の存在に気付いたようです……」
「……」
鹿目は何も言わずに藤井の話を聞いていた。
「海老沢から工場の構造などの情報を収集して向かいました」
「……」
鹿目は黙ったまま話を続けよとでも言いたげに頷いただけだった。
「クーカも同様に保安室から情報を入手して向かっています……」
藤井は座席に座ったままで老人に報告をしていた。
「手の者が手厚く迎えてくれるじゃろ……」
徐に口を開いた鹿目が答えた。手の者とは大関の部下たちだ。
「彼女は貴方を許さないと思いますが……」
藤井は伏し目がちに聞いてみた。
鹿目が作る生物兵器はまだ研究の途上だ。政府機関が表立ってやるわけにはいかないので、鹿目が代わりに研究してやっているのだ。それを咎められる筋合いは無いとも考えていた。
平和平和とのんきにお題目を唱えていれば、日本への脅威が無くなるわけではない。
世界大戦後に局所的紛争しか発生しないのは、核兵器による暗黙のルールがあるお陰だと鹿目は考えている。
日本が核兵器を所持する事が出来ない以上は、それに替わる兵器を所持するべきなのだと信じているのだ。
その一つが生物兵器だった。勿論、生物兵器禁止条約で禁止されている品目だ。
だが、世界各国は絵空事など気にもとめないで研究している。
そこで日本も対抗策として行うべきだと鹿目は考えていた。
生物兵器の一つが完成が近かったのだ。そして、研究の完成にはクーカの両親のDNAが必要だったのだ。
海老沢の体から取り出した臓器を、他人の物とすり替えたのも鹿目の指示だった。
クーカが臓器が偽物だと何故気がついたのかは謎だった。それは、もはやどうでも良い問題だ。
問題は研究施設の安全をどうやって守るかだ。
幸い、保管庫は自分か大関かの生体認証が必要だ。
認証の為には右目の中の虹彩と、右手中指の静脈の両方が必要だった。
しかし、人間が作ったものに万全が無いのも事実だ。
ならば、脅威であるクーカの始末をすれば解決したといえると鹿目は考えていた。
「世界一の殺し屋と詠われていても所詮は人間だ。 万能ではあるまい……」
ある程度は想定内だった様だ。違っていたのはクーカの異質な強さだけだった。
だが、大関の部下たちも元陸上自衛隊だったり警察の機動隊上がりだったりする。
個々の能力が問題なら飽和的な攻撃を加えれば良い。今度こそはクーカを仕留める事が出来ると鹿目は考えていた。
鹿目の中では万能の人間など居ないのだ。彼が思った事は全て実現して来たし、これからもそうするのだろう。
日本を背負って舵を取るのも自分なのだと鹿目は考えているのだ。
「是非とも手に入れたい人材であったがな……」
クーカの強さは話半分で聞いても欲しい人材であった。
自分の異に沿わない者を始末できる手駒はあるに越した事は無いからだ。
だが、言う事を聞かないのなら居ないのと同じだ。始末しても問題無い。
「刃向う狂犬は処分すると?」
先島とクーカ。どちらの事を言っているのか分からなかったが、恐らくは両方の事だろうと藤井は思った。
「ああ…… 使えない犬は処分するのが世の常じゃな……」
鹿目は口元に薄い笑いを浮かべている。
そんな鹿目を藤井はジッと見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます