第36話 闇に紛れる者

 都内湾岸地域。


 夜中の都内湾岸地域。


 海岸沿いの道をクーカは一人歩いていた。鹿目の工場に向かっているところだ。

 本当はヨハンセンに送って行って貰おうとしていたのだが、生憎とクーカの脱出経路の準備に忙殺しているらしかった。

 そこでクーカはテクテク歩いて向かう羽目に成ったのだ。

 普通、夜中に女の子が歩いていると、厄介な連中に絡まれてしまうのを心配するものだ。だが、工場地帯の真ん中では車すら滅多に通らず心配は無用なようだ。

 もっとも、何も知らずにクーカを襲うと後悔するのは犯人の方であろう。

 すると、そこに一台の車が接近して来た。車はクーカを追い抜く事も無く並走するような感じで速度を緩めた。


「……」


 クーカが車内を見ると先島がハンドルの上で両手を広げていた。敵意は無いと言いたいのだろう。


「……」


 クーカは静かにため息を付いて助手席に乗り込んだ。どうせ無視してもしつこく付いて来るのは分かっていたからだ。

 先島はのほほんとしてる風を装うが、事態の推移を自分の望む方に誘導しようとする。中々厄介な奴だとクーカは考えていた。


「やあ、お嬢さん。 偶然だねぇ…… どちらまで?」


 先島がニコヤカに聞いて来る。


(笑顔が張り付いている……)


 そうクーカは思った。愛想笑いが苦手なのだなとも思っていた。


「同じ処よ……」


 クーカはシートベルトを体に付けながら答えた。


(分かってる癖に……)


 先島が工場の存在を海老沢から聞き出したとヨハンセンから予め電話で知らされている。つまり、クーカが先島に近づいた目的も感ずいているに違いなかった。

 クーカは研究所にあると思われる両親の臓器を探したかったのだ。


「ははは。 じゃあ、一つだけ…… 相手をなるべく殺さないようにね?」


 先島はクーカの方を見ずに言ってきた。


「…… 努力はするわ ……」


 クーカが仕方なく返事をした。敵を殺さないで無力化するには結構手こずるものだ。

 体力勝負になると自分自身が危なくなってしまう。

 返事とは裏腹に手加減はするつもりは最初から無かった。


「後処理が面倒なんだよ……」


 先島が車を運転したままに続けた。車は一路工場へと向かっている。

 その言い分にクーカはキョトンとしてしまった。


「そっち?」


 てっきり人を殺める方を咎めているのかと思っていたからだ。



 クーカを車に乗せた先島は鹿目の工場へと走らせていた。

 しかし、工場まで後少しという所で後方から猛烈な勢いでやって来る車に気が付いた。


「チッ」


 先島が車のバックミラーを覗いて舌打ちした。こんな辺鄙な場所で偶然など有り得ない。間違いなく自分たちを追いかけて来たのだろう。


「お客さんね……」


 その様子に気が付いたクーカが言った。


「ああ……」


 先島はアクセルを目一杯踏みつけて加速させた。後ろの車の助手席から男が身を乗り出したのが見えたのだ。

 普通の人はそういう行動はまずしない。お互いに結構な速度を出しているからだ。


ビシッ


 リアウィンドウにヒビが入った。銃撃だ。距離は離れているが身を乗り出した男の手元が光っているのが見える。マズルフラッシュだろう。


「減音器付きの銃とは恐れ入るな……」


 射撃音がしないが闇夜に光っているのでそう考えた。


「日本製じゃないの?」

「日本の銃には減音器のアタッチメントは付かないんだっ!」


 先島は車を左右に振って銃弾を逃れていた。路面には銃弾の火花が散っていく。


「掴まっていてくれっ!」


 いきなりサイドブレーキを曳いて、車のハンドルを切った。サイドターンで車の向きを変えたのだ。向きが変わり切る前にギアをバックに入れ、向きが変わった瞬間にアクセルを踏み込んだ。車のタイヤは路面を捉えようと激しく空転した。だが、しっかりと捕まえると車の加速が加わるのを感じた。

 先島の車は追っ手の車と相対するように同じ進行方向に向かって突き進んでいく。

 先島は脇のホルスターから自分の銃を引き抜いた。窓から銃を付き出して相手の運転席に狙いを定めた。

 ドンドンドンと鈍い射撃音が響く。何発目かで追っ手の車のフロントガラスが一瞬の内に白くひび割れるのが見えた。そして、制御を失った車は横転してしまった。


「すごいじゃない……」


 クーカが先島の射撃の腕を褒めていた。先島はニンマリと笑っていた。褒められたのが嬉しかったらしい。

 だが、追っ手の車は一台では無かった。直ぐに新手が現れた。


「ありゃりゃ……」


 先島はガッカリしてしまった。そんなに予備弾倉を持って来て無いからだ。

 元より日本の警官は銃を撃つことは無い。相手が銃器を所持している事が少ないし、銃撃戦が想定される時にはSWATチームへの出動要請を行うからだ。

 先島は再度車の方向転換を行い正面を向いて車を走らせた。バックだけではすぐに追いつかれてしまうからだ。


「弾倉を変えてくれっ!」


 先島はクーカに銃を渡した。車の操縦に忙殺されているからだ。

 銃を渡されたクーカは先島の胸のポケットから予備の弾倉を取り出して取り換えた。

 そして、クーカが助手席の窓から身を乗り出して追っ手の車に銃撃を加える。

 もっとも撃ったのは一発だ。しかし、彼女には一発で十分だった。追っ手の車から身を乗り出して撃っていた男は、仰け反ったかと思うとうな垂れてしまったのだ。


「やっぱり、凄いな……」


 その様子を見ていた先島は苦笑しながら運転を続けていた。追っ手の車は急に減速していくのが見える、次は自分の番だと思ったのであろう。


(やはり自分の銃じゃないと駄目ね……)


 どうやら狙いを外してしまったらしい。彼女は相手の拳銃を撃ち落としたかったのだ。クーカは一発で決める事が出来なかった事を反省していた。


 警備の詰め所は無人だった。車はそのまま工場の敷地内に侵入して駐車場にやってきた。工場入り口まで行きたかったのだが車止めがあったのだ。


「どうやら俺たちが来る事はバレバレだったみたいだな……」


 一見すると無人に見える工場を眺めながら先島が呟いた。


「ええ、歓迎の準備は整っていると見るべきね」


 そういうと車を降りていった。


「……」


 先島は少しため息をついた。もう少し大人を頼りにしても良いのにとも思っていたのだ。


「貴方も行くの?」


 一緒に車から降りた先島に、拳銃を返しながらクーカが尋ねた。


「ああ、色々と問題はあるけど日本を守るのが俺の仕事だ……」


 先島は拳銃の残弾を確認しながら答えた。


「そう……」


 クーカはそう言ってスタスタと先に歩き出した。日本を守る云々は興味無さそうだった。先島は少し肩を竦めて後を付いて行く。


「その外套は何時も着ているけどお守りなのか?」


 ずっと疑問に思っていたことを口にしてみた。彼女が写り込む画像には必ず来ていたからだ。


「これは防弾仕様の外套なの……」


 外套の裾を撮みながらクーカが答えた。見た目は少しだけ厚めの生地で出来ている印象がある。しかも柔らかそうだった。

 クーカの着る外套はダイヤモンド並の硬さを持つ、史上最薄のフィルム『ジアメン』で作られた特殊な素材だ。急激な衝撃を受けると硬質に変化する。その強度は炭素繊維を遥か上回っていた。拳銃の弾程度なら撃ち抜くことが出来ない。

 一番の特徴はその軽さだった。これの御陰でクーカの運動の力を阻害する事無く防弾ベストの替わりをしてくれているのだ。

 難点と言えば強度故に加工がやりづらい点だった。その為、外套のような簡易的な姿になってしまっている。


「そうなのか、外国の軍隊ってのは凄い技術持ってるもんなんだな……」


 感心しながらも周りの警戒を怠らなかった。人のいる気配がするからだ。


「フードに付いている耳みたいなのはデザイン?」


 話のついでに何となく聞いてみた。


「これはレーダーなの……」


 クーカは気の無いように答える。


「そ、そうなのか…… 軍隊の科学力って凄いんだな」


 何の為のレーダーなのか聞きたかったが我慢した。きっと、自分には分からない機能なのだろうと思ったのだ。


「冗談よ……」


 冗談を真に受けた先島を盗み見しながらクスリと笑いながら舌をだした。


「……」


 からかわれた事が分かった先島は渋面を作っていた。



 道半ばまで来た時に不意にクーカが立ち止まった。工場入り口までは一本道だ。迷うような場所では無い筈の場所だ。


「右に三人…… 左に二人…… 化学工場に狙撃者が一人いるわ……」


 クーカがそう呟いた。


「……」


 目を凝らしたが先島には見えなかった。

 不意にクーカが空中に何かを放り投げる。次の瞬間。辺りは閃光に満たされた。

 彼女が使ったのはスタン・グレネードにも使われる、アルミニウムと過塩素酸カリウムで練り込んだお手製の閃光手榴弾だ。きっとヨハンセンが作成してくれたものであろう。


 襲撃されるのが分かっているのに暗くしている理由は暗視スコープを使用しているからだ。クーカは相手の視覚を奪って有利に事を運ぼうとしていた。


(いやいや…… 先に言ってよ……)


 先島が閃光に戸惑って立ち止まっていると、通用道路の右側を目指してクーカが走り出した。走ると言うよりは飛び込んでいくと言う方が合ってるのかもしれない。それと同時にククリナイフを外套から覗かせているのが分かった。


「うぐっ」

「そっちに行ったぞっ!」

「ぎゃっ!」


 声を掛ける間もなく暗闇の中から叫び声が聞こえた。銃声が聞こえない所を見ると相手が構える前に始末をつけているらしい。


「仕事が早いな……」


 先島も弾かれたように左側の樹の根元に銃弾を送り込んだ。ほんの一瞬だが人が居る気配がしたからだ。


「ぐあっ!」


 樹の根元に居た一人に命中した。目線を上に向けると樹の上にもう一人居るのに気が付いた。

 上半身を起こしている。狙撃するつもりがいきなりの閃光で気が動転していたに違いない。無防備な状態で顔から暗視スコープを外そうとしているらしかった。

 先島は続けざまに銃弾を送り込んでやった。樹の上の男はスローモーションのように落ちて行った。


 その様子を見ていたクーカは先島に近寄ろうとした。すると。


ヒュンッ


 クーカの耳元を何かが通り過ぎ、傍の樹木に弾痕を作った。狙撃されたのだ。


(そういえば狙撃手が居たわね……)


 足元を見ると倒れた男はライフルを持っていた。クーカはそれを拾い化学工場に向かって立膝で構えた。狙撃手を片付ける為だ。


 大体の所に狙いを付けると引き金を引く。自分の狙撃銃では無いので撃ちながら調整する為だ。


 一発目。


(左に逸れている……)


 二発目。


(右に逸れた……)


 三発目。


(これでお終い……)


 クーカは着弾したのを確認する事無く連続で射撃した。彼女には打った弾の弾道が見えているのだ。

 戦場であれば狙撃された兵士は身を低くしたまま後退するのが鉄則だ。そうしないと照準が合ってしまうからだ。しかし、戦場に出た事の無い男は身を起こしてしまった。人が素早く動こうとする本能なのだろう。

 見ていると狙撃手の左側に着弾の煙があがり、続けて右側に火花が散った。狙撃手は驚いたのか身を固くしてしまった。

 それが彼の命運を分けてしまった。彼の頭から血が飛び散り、仰け反ったままに倒れてしまった。


「凄いもんだな……」


 その様子を見ていた先島がクーカに近寄りながら言った。言われたクーカは少しだけ照れたようだ。

 しかし、先島の目に倒れた男が拳銃を構えるのが見えた。


「危ないっ!」


 先島は思わずクーカを自分の身体で隠しなが引き金を引いた。しかし、間に合わなかった。

 闇夜に鳴るのは二つの銃声。


「ええいっ! くそっ!」


 先島が顔をしかめてしゃがみ込んでしまった。銃を構えていた男は額に穴を開けて虚空を見詰めている。


「ちょっと撃たれたの?」


 先島の身体の下から抜け出したクーカが辺りを見回しながら聞いて来る。先島の様子から察したのであろう。


「ああ……」


 右の脇腹辺りを手で抑え込んでいる。指の間から血が出て来ていた。放たれた銃弾で負傷してしまったのだ。


「平気だ…… 俺に構うな……」


 しかし、言葉とは裏腹に、先島の額には脂汗が浮かんで来ていた。


「分かった…… でも、目覚めが悪いから戻ってくるまで死なないでよ?」


 クーカは先島に肩を貸してやり木の根元に横たえてやった。小柄なクーカでは先島を車まで運べないのだ。


「ふふっ…… 今の所。 そんな予定は無いよ……」


 だが、先島は力無く苦笑いしていた。だが、やがて気を失ってしまった。


(この外套は防弾だって言ったのに……)


 クーカは気を失った先島の頭を撫でてやった。彼女の人生で人に庇われたのは初めての経験だからだ。


(お人好しなんだから……)


 先島の息が安定しているのを確認したクーカ。ハンカチを取り出し傷口に充ててあげた。少しは止血の役に立つだろう。

 その時にメモリーステックを落としてしまった事に気が付かなかった。情報を保安室から拝借しようとした時に使った物だ。


(さて…… 彼を探しましょうか……)


 クーカは厳しい目を工場へと向けた。そこに鹿目が居るに違いないと踏んでいた。

 先島の銃に残弾があるのを確認してから、徐に立ち上がり工場へと向かって走っていった。


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