第34話 招かれざる者

 海老沢邸


 先島は車の中で鼻をぐずぐずさせていた。さあ、海老沢邸に乗り込もうとした途端に、いきなり大きなくしゃみをしてしまったのだ。


(風邪でも引いたかな……)


 何だか出鼻をくじかれた思いだった。


(今日は正面から訪問するか……)


 前回に海老沢に会いに来た時には、クーカに狙われて助かった理由が知りたかっただけだった。

 だが、色々な事情を探る内にクーカの戦闘に対する考え方が分かって来た。彼女は自分に敵対する意思の無い者には、攻撃をしないのだと確信していた。

 それは彼女自身の強さに起因しているのだろう。


 クーカの詳細な人物リポートを読むと、クスリで強化された兵士である事がハッキリと書かれている。それまでは噂で伝聞される類いの物だけだった。強さに裏打ちされた自信。彼女が史上最強の暗殺者と呼ばれる所以であろう。


(まあ、実際にあのジャンプを見ると納得出来るものが有るよな……)


 何度も驚異的な跳躍力を目の当たりにすると、納得できるものがあったのだ。

 今回の海老沢への訪問は、大関と鹿目の関係を探るのが目的だ。クーカが二度も来たのには理由があると考えていたのだ。

 先島は門を潜り抜け玄関の呼び鈴を鳴らさずに屋敷内に入っていく。すると居間に海老沢が居た。


「……少しくらいは礼節を弁えたらどうなんだ?」


 海老沢は憮然として言い放った。元々、警察嫌いだし公安は輪をかけて嫌いなのだ。


「やあ、聞きたい事があって来たんだ」


 そんな問いかけを無視して、先島が張り付けたような笑顔で語り掛けた。


「普通は門の所にあるインターホンで用件を言うもんだろう」


 先島が門を潜り抜けた辺りから気が付いていたらしい。海老沢の御付きの者たちは下がらせているようだ。揉めるのが嫌だと見える。


「大関と鹿目の関係が知りたくてな……」


 先島は海老沢の恫喝など気にせずに言い放った。


「当人たちに聞けば良いんじゃないのか?」


 海老沢としても余り関わり合いになりたくは無い様だ。クーカに関わったばかりに部下を八名ほど失っている。後処理が非常に面倒だったのだ。


「どっちも宗教界と財界の大物だ。 木っ端役人なんか相手してくれるわけないだろう?」


 先島は少し肩を竦めながら返事をした。


「教えるにしても俺には何のメリットもねぇじゃねぇか」


 海老沢が吐き捨てる様に言って来た。その木っ端役人は自分の所なら気軽に来るのが気に入らないらしい。


「何か条件が言える立場なのか?」


 先島はそんな海老沢を見ながら懐に手を入れた。


「ほらよ」


 先島は無造作に拳銃を海老沢に放り投げた。


「え?」


 海老沢はわけも分からずに受け取ってしまった。


「これで銃器不法所持だ。 抵抗するんなら腹に二・三発ぶち込むぞ」


 海老沢が触っている以上は指紋がベタベタ付きまくっている。証拠にするには十分。これで、どうにでも良い訳が出来るというものだ。


「汚ねぇぞ……」


 海老沢が憤怒した表情で先島を睨みつけている。警察のやり方が全うだった試しは無いが、これは一番酷いと思えたのだ。


「これはこれは…… 褒めてくれてありがとうよ」


 先島は涼しい顔をしながら、自分を睨みつける海老沢に礼を言った。


「あんた警察官だろうがっ!」


 その態度に頭に来た海老沢が、更に顔を真っ赤にしていた。


「公安印のな…… 俺たちの正義は別の方を向いてるんだよ」


 先島が言っているのは本当だった。市民を守るのは警備警察の役割だ。彼等の基準は日本を守れるかどうかだ。


「ちっ、困ったもんだな…… で、何が聞きたいんだ?」


 海老沢は強引な先島の尋問に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「だから大関と鹿目の関係さ。 なんで大関はクーカを使ってまで鹿目を脅したがるんだ?」


 チョウを狙撃したのはクーカであろうことは分かっている積もりだ。近所の防犯カメラにクーカらしき人影が映っていた。証拠としては弱いが嫌疑をかけるのには十分だ。


「……鹿目が北安共和国との約束を守らないからだ」


 渋々という感じで海老沢が語り出した。

 鹿目は北安共和国首領用の移植用臓器作成を請け負っていた。だが、違う臓器を渡していたようだ。


「なんで鹿目がそんな危ないことやるんだ?」


 鹿目は財界の大物だ。配下に一流と言われる会社を幾つも持っている。彼の企業があげる収益から見れば臓器密売などチリにもならない。


「人の命運を握るのは魅力的だったんだろう…… たぶん」


 確かに一度移植を受けると定期的な検査が必要になる。元の情報を握っている方が立場上有利なのは確かだ。どんなつまらない事でも人の上に立ちたがる人間は居るものだ。


「そのデザインされた内臓を培養してある程度大きくなったら、提供された人間に移植して培養していたのさ」

「提供された人間?」

「北安共和国から提供された人間だ。 彼等は日本人の中で培養された臓器を使うのを嫌がるんだよ」

「良く分からん拘りだがね……」


 そう言って海老沢は笑った。


「鹿野は生体培養を担当して、大関は提供された人間を管理していたんだ」

「お前さんの役割は何だ?」

「俺は人間を運ぶのが仕事だ。 主に漁船を使ってやっているがね……」


 昔は覚せい剤などを沖合で取引する『セドリ』とい手法があった。だが、海上警備や港湾警備の強化で現象していると聞いている。


「大関はどう関与してるんだ?」

「その話を鹿目に持ちかけたのが大関だったんだよ」


 大関はクスリ関係の密輸取引で北安共和国と繋がりがあったらしいと公安のファイルにはあった。


「もっとも奴の目的は別だったけどな」

「別?」

「自分のクローンを鹿目に作らせようとしてるんだよ」

「権力を待った人間なんてみんな一緒さ。 来世救済を信者に解く癖に自分は死にたくないんだとさ」

「笑っちまうよな……」


 海老沢はクックックと押し殺したように笑っている。余程面白かったのだろう。身体が震えているようだ。


「ところがだ…… その検体に致命的な不具合が見つかったんだよ」


 ひと通り笑い終わった海老沢は話を続けた。


「人を食いつぶすバクテリアって聞いた事あるか?」


 海老沢が真面目な顔をして聞いて来た。


「溶血性連鎖ブドウ球菌って奴か?」


 そんなに医学知識を持ち合わせない先島はニュースで聞いた事のある単語を言ってみた。


「ああ、似たような奴は一杯あるが健康な体なら何て事が無いものばかりだ」

「ところが鹿目が作った奴は、そんな可愛いもんじゃない」


 海老沢がニヤリとしながらいってきた。


「溶血性連鎖球菌レベルで人を喰いつぶし、増殖する速度は驚異的なレベルだ」

「凄いなんてもんじゃなかったぞ。 人間がみるみるうちに解けていくんだ」


 海老沢が笑いながら話していた。深くは追及する気は無いがどうやら見た事があるようだ。


「しかもだ……コイツの凶悪な所は空気感染しちまうんだよ」


 口から煙草の煙を吐き出しながら、それを両手で辺りに撒き散らして見せた。


「生物兵器になり得るのか……」

「ああ……」


 問題は運搬方法で在ろう。生物兵器を撒いた方も被害が出るのでは武器としては失格だからだ。


「ところがコイツの凄い所はそこじゃない。 寿命が無いんだ。 無限に増えていく」


 大げさに手ぶりを交えて話し始めた。


「その寿命が無い部分に北の連中は注目したのさ……」


 煙草を灰皿で消して、すぐに新しい物に火を点けていた。海老沢は興奮すると煙草が吸いたくなるようだ。


「それを改良して首領様とやらの細胞を不老不死に仕立てようとしてるんだよ」


 ところが改良が巧く行ってないらしいとも言っていた。しかし、それは鹿目の事情で在り資金を提供している北安共和国は関知する所では無い。早急に結果を出せと迫られているらしい。


「未来永劫で役立たずのデ……首領様に導いて欲しんだとさ」


 海老沢が再びクックックと笑っていた。


「その細胞を根本的に改良する為に、クーカの両親のDNAが使われる予定だったのさ」


 ひとしきり笑ったのちに付け加えた。


(それで鹿目の事を知りたがっていたのか……)


 クーカが鹿目に拘っていた理由が判明した。彼女はDNA情報を葬り去りたいのだと思った。


「最終的には北安共和国の首領のクローンを作成するのが目的だと聞かされているがね……」


 その為にクーカ一家の細胞(Q細胞)が必要であった。

 それを手に入れようとしたチョウは、エバジュラム国まで出向いたがクーカの妨害により失敗した。

 チョウの失敗に激怒した北安共和国諜報機関はチョウの家族を労働矯正収容所に放り込まれてしまったのだ。


「その生物兵器の情報を、三文小説家にリークしようとしたんで消されたのさ」


 家族の窮状を知ったチョウはクーカを逆恨みしていたのだった。


「そこで百ノ古巌が出て来るのか……」


 先島がポツリと漏らした。


「誰だって?」


 だが、名前を聞いた海老沢は首を傾げた。自称社会派ジャーナリストの小説家の名前までは知らなかったようだ。


「知らないんならいいよ。 死んじまったし……」


 先島が答えると海老沢は首を少しすくめた。死んだ者には興味が無いのだろう。


「それで、秘密工場は何処に有るんだ?」


 先島が話を促すように言った。肝心の工場の在処がまだだったからだ。 


「知ってどうするんだ?」


 海老沢が聞いて来た。


「きっと、工場にボヤが起きて中身は全て燃えてしまうよ……」


 それを聞いた海老沢はニヤリと笑った。彼もクローン工場の事は気に入らなかったようだ。



 海老沢が再び話を始めた。


「鹿目化学の湾岸工場に併設されている野菜工場がそれだ」


 海老沢のスマートフォンに問題の工場が映し出されていた。それの隅っこの方に窓が片側にしかない建物が写り込んでいた。


「もっとも、野菜工場と言っても露地などで作られるものじゃないんだ」


 海老沢は問題の建物をスイープで拡大して見せた。


「今、流行のLEDライトを使用した人工光の工場なのか?」


 先島は覗き込みながら尋ねた。自分が知っているのはニュースなどで赤色に照らし出された屋内の光景だけだ。外側など興味が無かったので記憶が無かったのだった。


「ああ…… 何よりも無菌状態にするという名目で、無人化出来るのが最大のメリットだ」


 事実、建物の中はベルトコンベアーで結ばれていて、その中をロボットが縦横無尽に走っている。

 種植えと収穫の時以外には人手は必要とされないのだ。その行程すら建物に付属する小さめの工場でやっているらしかった。


「その工場の地下に秘密の研究施設が設けられているのさ」


 海老沢は建物の下の方を指差した。


「しかも、出入りは五階にある専用のエレベーターでなければ出来ない」


 今度は屋上付近を指差した。徹底したセキュリティー管理を行っているのだろう。潜入は困難が予想されていた。


「ありがとう…… この礼は必ずするよ……」


 とりあえずは工場に言って見る事にした先島はそういうと部屋を出て行った。


「……」


 海老沢は深いため息を付いた。元々、見返りなどは期待はしていない。それより公安警察と再び繋がりが出来てしまった事に不安を感じていた。


(出来れば二度と会いたくは無いね……)


 本音は心の中に留めだけにしておいた。彼等の耳は異常に良いのは経験上知っている。

 そして先島が玄関から門に向かうのを見送っていた海老沢は電話を掛けた。


「あんたの言うとおりにしておいたぞ…… クーカの役にたったか?」


 相手が出ると用件だけを話した。


『はい、これで鹿目は大慌てになるでしょうね……』


 電話の相手は愉快そうに笑い声を立てている。それはヨハンセンだった。


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