第24話 怒らせる才能
都内の公園。
先島たちは暗殺者の存在を示唆されたまま車の中で待機していた。
早朝に所轄の警察署で警備計画の会議が催された。
『おや、珍しい方たちがいらしゃいますね?』
席に着こうとする保安室の人員は面と向かって警備部長に言われた。彼は公安警察が余り好きではないらしい。
『クーカとかいう殺し屋が日本に潜伏していると情報が入った……』
警備部長が会議の冒頭から言っている。この言葉で嫌味を言いに来た意味が分かった気がした。テロリストの情報を自分たちに渡さないのは何事かという事らしい。
何故、唐突にクーカの名前が出て来たのかは謎だった。
だが、その発言を聞いていた先島をはじめとする保安室の室員たち。それは、クーカが先島に言っていた『あの人たち』の勢力であろうと推測した。
『欧米で活動が報告されている凶悪犯だ。 外人を中心に警戒をするようにっ!』
警備班の班長はそう言って部下たちの士気を煽っていた。彼等は白人で筋肉ムキムキの男性をイメージしているらしかった。
(いや、先日逢ったばかりなのですが……)
そう言いたかったが関係を聞かれても面倒になるので黙っていた。現時点で『あの人たち』勢力がどこまで広がってるのか不明だ。室長は分からない内は何も情報を上げないつもりらしい。
会議の終わりごろに自分たちも待機していると室長が言った。
『了解した。 ここは自分たちに任せて待機していてくれ』
警備警察の縄張りに入って来るなとばかりの言いようだったのだ。
そんな会議の後、保安室の室員は二人一組となって公園の周りにいた。
クーカの言っていた暗殺者の発見の為だ。
彼女に罪を着せるのならそっくりな格好をしている筈と踏んでいる。
そして『あの人たち』は暗殺計画が漏れているのを知らないはず。そこに隙が生まれるはずだった。
一発の銃声がビルの間を木霊した。
突然ビルの間を鳴り響いた発射音。それに驚いた首相はSPたちに守られたまま公用車に逃げ込んで行った。
その僅かな差で会場に轟音と共に黒煙が舞い上がった。爆弾が爆発したのだ。
通常、首相が撃たれたりした場合をSPが覆い被さって守ろうとする。そこに対爆仕様の車が迎えに来て押し込んで避難するのがSPたちのマニュアルだ。
だから、SPが覆い被さるのを前提にして爆発させれば、首相もろとも吹き飛ばせると考えたのであろう。
しかし、クーカの放った銃弾で未然に防がれてしまったのだ。
『ザッ…… どこだ? ……』
『発砲したのは誰か? 至急知らせよ……』
『全てのビルの出入りする人間を拘束しろ。 白人男性は特に留意せよ……』
無線機が喧しくなり始めた。盛んに発砲音の事を聞いている。
『北東に有る宗田ビル屋上に人が倒れている模様……』
そこに一報が入った。どうやら倒れた狙撃手が見つかったようだ。
その日の夜に緊急の警備会議が開かれた。保安室の室長と先島が呼びだされてしまった。
「お前たちはクーカが日本に居る事を知っていたのかっ!」
警備部長の怒鳴り声が会議室に響き渡る。先島は既視感を覚えた。
(あっ……前にもお歴々を前にして怒鳴られた事があったっけ……)
その会議の際に裏切り者を自白に追い込んで拳銃で射殺した。後に事件は隠蔽されて、担当者のノイローゼによる自殺という事に落ち着いたのだ。
「クーカが狙撃を目論んでいるのを知っているんで出しゃばって来たんだろうがっ!」
他の警備にあたった警官たちが厳しい目でこちらを見ていた。
「いえいえ、私たちは爆弾テロの可能性が有ると噂が有ったので来たまでです」
室長はとぼけていた。
「だったら、それを報告する義務があるだろ」
警備部長が顔を真っ赤にさせて怒っていた。自分のメンツが潰されたと考えているようだ。
「警備に口を挿むなと言われましたので黙っていたまでです」
室長はまだとぼけている。室長はこの会議にも『あの人たち』一派が潜んでいるかもしれないと考えているのだ。
「じゃあ、なんで公園に人数を張り付けていたんだ?」
「クーカが潜んでいるのを知っていたんじゃないか?」
呼ばれても居ない保安室の面々が、作戦指揮車まで繰り出していたので訝しんでいた者もいたようだ。
「爆弾騒ぎで死傷者が十人以上出ている。 君らの責任ではないのかね」
「どうして情報を共有しない。公安だからと言って好き勝手に振舞って良い訳無いだろ」
「どう責任を取るつもりだ」
全員が口々に保安室を非難し始めた。それはそうだろう。厳戒の警備網を引いたにも関わらず、狙撃手ばかりか爆弾の設置まで許してしまったのだ。
失態どころの騒ぎでは無い。警備責任者が十人単位で左遷させられるのは目に見えている。
何とかして責任を保安室に擦り付けようと必死になっているのだ。
「でも、クーカとか言う殺し屋は、首相では無くて謎の狙撃手を撃ち殺しましたよね?」
先島は正体不明の狙撃手の事を言っていた。公園の方に向けて狙撃銃を設置していたので、彼が暗殺犯であると推測されていた。
それでは狙撃手を撃ったのは誰なのかが問題にされていた。
もちろん、SWATチームでは無い。彼等は射撃音がするまで狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。
「結果的に助けられたのは貴方たちの方じゃないですか?」
先島が会議室で椅子に座って居るだけの面々を見ながら言い放った。全員が苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
分かってはいたが誰も口にしなかったようだ。
「うるさいっ! でていけっ!」
顔を真っ赤にした警備部長に怒鳴られてしまった。
暖簾に腕押しの状態に、とうとう警備部長は痺れを切らしたのであろう。
保安室の面々は追い出されてしまったのだ。
「まったく…… お前は相手を怒らせる才能はピカイチだな……」
帰りのエレベーターで室長が笑いながら話しかけて来た。
「ふふふっ、分かってて連れて来たんでしょ?」
先島が苦笑いしながら室長をみた。
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