第23話 阻害される計画

 都内の公園。


 公園で開催される記念植樹に内閣総理大臣の町田が来賓としてやって来る。その来訪を祝うための祝檀が用意され、人々は総理の到着を待っていた。

 警察は公園を中心に半径一キロを警戒区域に指定して、主に車の出入りを規制していた。通りには警官たちが立ち不審な人物に目を光らせている。

 主だったビルの屋上には、精鋭SWAT部隊が配置され狙撃対策に厳戒を敷いている。


 そんな中、クーカは警戒する警察官たちの間をすり抜けていった。

 彼女は首相暗殺の実行を阻害する為に来たのだ。

 クーカは不審尋問される事も無く、そのまま公園に隣接するビルに入って行った。

 見た目が少女なので怪しまれなかったようだ。


 事前に視察した時に、自分が狙撃するのなら此処だろうと言うポイントは見つけてある。もし、狙撃手がいるのなら同じ場所を使うだろうと推測したのだ。

 本当ならビルの屋上で迎え撃ちたかったのだが、それでは警察の監視網に引っ掛かってしまう。そこで屋上の一つ下の階に行き、女子トイレに入っていった。


(あのビルのはずなんだけど……)


 トイレの個室に籠り鞄から水筒を取り出した。水筒は実際の水が出る部分と物を隠せる部分とに分かれている。蓋を開けると中には単眼鏡が入っているのだ。万が一、ボディチェックを受けても平気なように用意していた。


 簡易型の一脚に固定した高倍率の単眼鏡で付近のビルを見て廻る。予想に反してビルの屋上は警察官だらけだった。大関たちが狙撃の情報を流したに違いない。


(こんなに厳戒にされると、自分たちの殺し屋も逃げ道が無くなってしまうんじゃないですかあ~……)


 クーカはそんな事を考えながら観察を続ける。

 ビルの屋上からは公園の植樹する場所は死角になっていた。もちろん、分かっていてこのビルを選んだのだ。

 クーかが探したのは首相を狙う狙撃手だ。絶対に射線が取れるビルにいるはずと踏んでいた。


(ん?)


 ビルの屋上に人影が見える。誰も居ないと思いほかのビルを見ていたときだ。


(さっき見たときには誰も居なかったのに……)


 だが、彼女は似たような作戦を実行したことを思い出した。


(給水タンクか…… カナダの作戦の時に同じことをしたな……)


 その時には前日に給水タンクに隠れて警戒をやり過ごし、仕事が終了後に地下の下水道から脱出した。


(やたらと窮屈で困ったけど、あの人も同じだったのかしら……)


 念のために給水タンクを見ると蓋が開いているのが確認できた。狙撃した後に再び隠れるつもりだろう。


(しかし、あの格好って……)


 狙撃手はクーカが普段着ている黒い外套を身に着けていた。


(似たような格好でごまかすのか……)


 黒い外套はトレードマークのつもりは無く、背中に装着させている二本のククリナイフを隠すための物だ。

 他にも咎められたら拙い物を一杯持っているクーカには便利な物なのだ。


(その格好を目撃させて私に罪を擦り付けると……)


 クーカは掃除道具入れから四角い箱を取り出して開けた。ヨハンセンが運び入れてくれたのだ。いくら何でも大きい荷物は見咎められてしまう。そこで予め運んで置いたのだ。


 中には分解されたドラグノフ・ライフルが入っている。銃身はモップに偽装してある。基幹部分は一見すると窓を拭くスイーパーのような格好にしてある。


 手荷物検査をされても誤魔化す為だった。

 仕事が終わった後は分解せずに天井裏に隠す予定だ。それを後日取りに来れば良い。


(どこまで人の事を馬鹿にしてるのよ! まったく……)


 しかし、ここに来るまでに尋問は受けなかったのが不思議だった。

 もっとも、その日のクーカは赤く染めた髪にピアスと厚化粧。

 どう見ても普通の掃除バイトする学生風だからだろう。それに小さめな女の子というのもあるのかもしれない。


(人は見かけによらない…… てか?)


 クーカの覗くスコープに狙撃手が写っている。相手も小柄の女性のようだ。

 もっとも遠景なので詳細は分からない。髪の毛を後ろで束ねているので女性であろうと推測したに過ぎなかった。

 彼女はビルの風景に溶け込むように灰色のシートを被っている。

 狙撃に慣れている人物なのだろう。目隠しになっているので派手に動かなければ、発見される可能性が無い偽装だ。


(スポッターがいない……)


 彼女を観察していて気が付いた。スポッターとは標的の確認や風向きなどをアドバイスする担当者だ。遠距離狙撃では欠かせない存在なのだ。それは命中精度に係わって来る。

 ライフル弾は直進はしない。地球の重力に引かれて少し弾道が落ちてしまう。それに狙撃距離が延びれば伸びるほど、風の影響も受けやすい。それを測定して補佐するのがスポッターだ。


(単独行動の狙撃手か…… 同業者?)


 背格好から少年のような印象を受けたクーカは、初めてこなした仕事を思い出していた。


 初めて仕事をした場所は見知らぬ中東の地だった。

 相手は少年兵。もちろん会った事も無いし知り合いでも無い。貧しさ故に仕事が無く兵隊に雇われるしか生きて行く術が無かったのだろう。

 クーカは感情に惑わされずに初仕事を訓練通りこなした。腹を撃ち行動を不能にしてから頭を撃つ。訓練で叩き込まれたマニュアル通りだ。


 しかし、敵兵とは言え少年だ。大人たちは子供を撃つのを物凄く嫌がる。それをクーカのような浮浪児上がりにやらせるのだ。

 何処の大人たちも汚い仕事は子供に殺らせたがるのだ。


 対象が可哀想とかの感情は無かった。

 それは誰からも教わる事が無かったからだ。


(別に恨みは無いけど…… これも巡り合わせなのよ……)


 狙撃手は携帯電話でどこかとやり取りしているらしい。狙撃するタイミングの指示を待っているのかもしれない。彼女の手元にはレミントンライフルらしきものが見えた。それを抱える様にしながら公園を双眼鏡で見ていた。

 双眼鏡で見ていたのは公園だけでは無い。そのまま周りのビルも監視しているようだ。


(……)


 クーカが見ていると、双眼鏡はこちらを向けたまま止まってしまった。


(あらら、見つかっちゃったか……)


 彼女がライフルのボルトを操作するのが見えた。そして徐にスコープを覗き込んでいる。


(諦めて大人しく死になさい……)


 クーカが引き金を絞るように引くと発射の反動が肩にかかってきた。

 スコープの中の狙撃手は頭から何かを撒き散らしながら、横向きに転がるのが見えた。


 彼女は何がなんだか分からないうちに絶命できたであろう。


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