第22話 厄介な存在

 保安室。


 朝の打ち合わせを行っている最中だった。


「G8会議が迫っている。 もし、関係者への狙撃を目論むのなら今日か明日だ」

「兎に角、クーカの所在を今日中に確かめるんだ!」


 室長がそう激を飛ばしている。


「あの……」


 そんな室長に先島が声をかけた。少し申し訳なさそうだった。


「ん?」


 所長が聞き返して来た。


「彼女なら昨日の夜に自分の家に来ました……」


 先島がバツが悪そうに話をした。室内に居た全員が驚愕の表情を浮かべて先島を見た。


「そうか!」


 室長は元気に返事をした。


「先ず宮田と加山はホテルの聞き込みだ! クーカに似た女の子の宿泊を訊ねろ」

「沖川と久保田はクーカに似た人物の出国記録が無いか問い合わせろ」

「藤井は会場周辺全ての防犯カメラの過去記録をチェックしろ! クーカに似た人物が写ってないか確かめるんだ」

「彼女が立ち回りそうな場所をもう一度洗いだすぞ!」


 手にしたボードを見ながら各捜査員の顔を見ながら指示を出し始めた。しかし、室内に居る捜査員は室長では無く先島を見ている。


「…………」


 途中で室長が黙りこんでしまった。それから目をパチパチさせながら先島の顔を見た。


「え?」


 室長は先島が話した内容に気が付くのが遅れたようだ。



 先島は全員にクーカとの会話の内容を聞かせた。咄嗟に携帯電話のメモ機能を使って録音して置いたのだ。クーカは気が付いているようだったが何も言わなかった。室員に聞かれる事を想定していたのであろう。


「クーカをここに連行できないか?」


 会話を聞いた室長が聞いて来た。


「首相暗殺計画の具体的な事を聞き出したい」


 目下の急務はそれだった。それに具体的な場所を示しているので全容が知りたかったのだ。

 ここまで話をしているという事は捜査に協力してくれそうだと感じたのだ。


「それに彼女が言うあの人達がすごく気になる」


 クーカが話していた『あの人たち』の部分に興味を持ったらしい。つまりは何らかの勢力が居る事を示唆している。それは公安が扱うべき事案だ。

 会話の中で具体的な事は触れて無かった。聞き出そうとしたがはぐらかされてしまったのだ。


「そんな素振りや気配を見せたら掻き消えるように居なくなると思いますよ」


 先島が苦笑いを浮かべた。


「逮捕するとか……」


 宮田が言って来た。宮田自身はクーカと相対した事が無いので彼女の強さがピンと来ないらしい。


「誰がやります? この彼女の経歴を見て、それでもやりたい奴はいますか?」


 先島が全員に聞いた。皆押し黙ってしまった。見た目で相手を侮るのは人間の悪い癖だなと先島は思った。


「自衛隊に要請して精鋭の一個連隊投入しますか?」


 沖川が言って来た。だが、自衛隊員には逮捕権が無い。日本国内で自由に行動が出来ないので無理な話だ。


「無理だな…… それでも勝てる気がしない……」


 加山が言って来た。自身が陸自出身なので出来る事と出来ない事の区別が付くらしい。

 彼女はエストニア共和国で仕事をした時に、ロシア軍のスペツナズを壊滅させている。しかも、護衛のチェチェンマフィアを殲滅させるついでにだ。

 面子を潰されたロシア情報機関が目の敵にしている理由だった。


「それに見た目はカヨワイ少女ですからね。 隊員たちは全員嫌がると思いますよ」


 藤井は元々自衛隊に所属していたので色々と詳しいのであった。


「そうだろうなあ……」


 室員全員が頷いた。自分たちも嫌だからだ。しかし、嫌だからと言ってテロリスト容疑者を放置する事も出来ない。


「室長……」

「なんだ?」

「提案があるのですが……」

「言ってみろ」

「いっその事。 ウチで彼女をスカウトしませんか?」

「……」


 先島の意外な申し出に室長を始め全員が目を丸くした。


「相手は女の子とはいえ、超一流の折り紙付きの殺し屋ですよ?」


 宮田が笑いながら言った。非現実的だと思ったのだ。


「ええ分かってます。 ですが、所在不明で潜伏されるよりは遥かにマシです」


 先島がそう言うと、室長は情報パネルを値踏みするように見て考え込んだ。


「まあ、我々が掴んでいるのは噂にしか過ぎないからな…… 上と掛け合って見る……か」


 顎を撫でながら思案顔をしていた。上部組織との交渉手順を考えているらしい。


「元々、脛にキズのある奴ばかりだしな……」


 そう言って室内を見回すと、全員がお互いを見ながら苦笑いをしていた。


「アメリカが絡んでるとなると厄介ですね……」


 藤井が言い出した。


「核兵器なみに厄介な存在が行方不明の方が問題でしょう」


 先島がそう言うと室長も渋々うなづいた。


「そういえば藤井と連絡を取れるようにするとクーカが言っていましたね……」


 先島が思い出したように言った。

 藤井がゲッというような顔をする。面倒な奴と関わり合いになりたくないに違いない。



 都内の雑居ビル屋上。


 そのビルは繁華街から一本道路を入った場所に有る。怪しげな風俗店や雑多な零細企業の看板に彩られた普通のビルだ。

 人通りは疎らなので目立たないし、夜なので屋上には人の気配は無い。恋人同士の待ち合わせには向かないが、隠れて生きる者には絶好の場所だった。


 そんなビルの屋上に一人の外国人が居た。白人の男性でがっしりとした体格に高級そうなスーツで包んでいる。

 ヨハンセンだ。

 ヨハンセンが腕時計を見た。ついで屋上を見回してみるが人の気配が無い。

 クーカはまだやって来そうになかった。


(まだ、来そうに無いか……)


 二人の間にはいくつかの連絡網を作ってある。その一つを使って打ち合わせ時刻と場所を指定したのだが姿を現さないでいた。


(珍しい事もあるもんだな……)


 クーカは時間を守るタイプだ。兵隊として訓練を受けていたせいなのか、時間厳守が身体に滲み込んでいるのだ。


(今の内に一服しますか……)


 一息入れようと胸のポケットから煙草を取り出して一本口に咥えた。すると、横から手が伸びて来て煙草を奪い取られてしまった。

 煙草は火をつける暇も無く、再び元のポケットに戻されてしまった。


『鼻が利かなくなるし、気分が悪くなるから止めてって言ってるでしょ……』


 クーカだった。彼女は煙草が大の苦手なのだ。

 いつの間にかヨハンセンの背後に立っていたらしい。


『せめて、一声かけてくれ。 ビックリして心臓が止まるじゃないか』


 ヨハンセンが苦笑しながら抗議している。

 低層のビルの場合には階段からやって来るとは限らないのを忘れていたらしい。

 それに彼女は慎重だ。付近に潜んで会合が罠で無いかどうかを観察していたに違いない。


『木の杭でも打ち込まないと止まりそうにない心臓がなんですって?』


 クーカはそれを軽くかわしていた。


『僕はドラキュラじゃないですよ…… たぶん……』


 ヨハンセンが苦笑しながら言った。もうちょっとカッコ良い人物に例えて欲しい物だとちょっとだけ思ったのは内緒だ。


『サキシマへの情報提供は巧く行きましたか?』


 先島に首相暗殺計画の漏洩はヨハンセンのアイデアだった。計画を失敗させて実行犯を慌てさせようと言う作戦だ。それで真の相手を炙り出す事が出来ると考えられていた。


『ええ、大体の事は教えて置いたわ。 これで向こうは向こうで動くでしょう……』


 先島の事だからこちらの意図に気が付くかもしれないとクーカは考えていた。


(それはそれで構わない…… 彼には違う事も役に立ってもらうからね)


 クーカにも色々と思惑があるようだ。もちろん、ヨハンセンには自分の思惑は一切喋らない。仕事には関係無いし、そこまで信用はしていないからだ。


『益々、貴女は人気者になりますね』


 ヨハンセンがクーカの表情の変化に気付かない振りをしながら笑っていた。


『で、どんなお金の匂いを嗅ぎ付けたの?』


 クーカが話題を変えようと尋ねきた。ヨハンセンが大人しく捕まっていたという事は、何かしらの金絡みの企てを嗅ぎ付けたに違いない。そう考えていた。


『首相暗殺は本来のターゲットへの警告のつもりらしいですね』


 強引で稚拙な計画には理由があったようだ。つまり、ばれやすくしたかったらしい。


『本来?』


 やはり、単純な狙撃では無かったようだ。仕事の内容が単純すぎるし、対象が小物の政治家だったからだ。

 つまり本来のターゲットに国際的に有名な暗殺者に狙われているという事実が欲しかったのだろう。そして、それを使って脅しをかける予定なのだと考えた。


『立場が上だからと言って偉いとは限らないみたいですよ。 日本って国の政治構造は……』


 ヨハンセンは繋がりになりそうな人物名を言った。大人しく拘束されていた訳では無く、隙を見ては抜け出して色々と探りを入れたらしかった。彼を拘束するのなら全身を拘束できる物でなければ無理な話だ。

 宗教団体と政治家が何らかの取引を巡って対立しているらしい所までは判明したのだそうだ。それが何なのかは不明だった。


(どうせ、胡散臭い取引で揉めてるんでしょう……)


 クーカは黙ってヨハンセンの報告を聞いていた。

 正義の味方を気取るつもりは無いが自分の名前を利用する輩は許さない。クーカが生きる指針であるらしかった。


 ヨハンセンの話によると一人は飯田が所属していた宗教の教祖。大関光彦(おおぜきてるひこ)。これは想定内であった。

 もう一人は鹿目智津夫(かなめちずお)という内閣官房長官だった。


『そう…… じゃあ、鹿目の裏取りをお願いするわ…… 私は大関を探す事にするわ』


 ヨハンセンは少し肩をすぼめただけだ。了解したらしい。

 クーカは自分を呼びよせるのに、手間をかけた意味を調べる必要がありそうに感じていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます