第16話 価値のあるモノ

 食品倉庫。


 指定された倉庫は国道沿いにあった。そこは商店街からも住宅街からも離れている。ただ、高速道路の入り口が近いと言う理由で選ばれたらしい。


 夜になると街灯と防犯用のライトに照らし出されただけの寂しい場所だ。

 しかし、夜間だと言うのに門が開いていた。守衛所には人影が無い。


(どうやら歓迎会の準備が整っているようなのね……)


 歓迎会とは銃でお互いの健康を祝福し合う形式に違いないとクーカは思った。


 門を抜け指定された倉庫に行くと扉の所に男が一人いた。体育会系なのかやたらと身体が大きかった。

 なおも近づくと自分の後ろに二人付いて来ているのに気が付いた。もっとも、門の影にいるのは分かっていた。

 わざわざ、姿を見せて待ち伏せしていたらしい。


(愛想のない事……)


 映画のように『良く来たな』ぐらいは言っても良いのにと思えたのだ。


 ヨハンセンは電話での会話の中に合図を紛れ込ませていたのだ。それはトラブルの合図だ。

 クーカが仕事に失敗した事など一度も無い。ヨハンセンが巧く行ったのかと質問する時には、自分がトラブルに巻き込まれているとの合図なのだったのだ。

 彼女が探すと言ったのは、ヨハンセンを監禁した相手である。

 身に降りかかる火の粉は根元から消してしまうに限るのだ。


 扉の男は何も言わずに開けてくれた。扉の中に入ると後ろの男も付いて来ている。

 倉庫は見た目が三階建てくらいの高さで、壁にはキャットウォークもある。倉庫の中は空っぽだった。二十メートル四方の少し暗め空間が開かれていた。


 クーカは倉庫の中から漂ってくる殺気に気が付いていた。自分の正面には三人いる。彼ら以外からも気配はあった。


(女が一人。その両隣に男が二人……)


 男たちは武器を持っているのにも気が付いた。スーツを着ているが胸の部分が妙に膨らんでいる。それに、前ボタンを嵌めていないからだ。これは銃を持っている事を意味している。素早く抜けるようにだろう。


(ヨハンセンのいけ好かないオードトワレは匂って来ないわね……)


 クーカの鼻は訓練で敏感に出来ている。聴覚と違って意識的に感度の上げ下げが出来ないのだ。

 だから、香水やたばこの煙を嫌がる。


(別の場所に監禁されているのか…… もう、何やってんのよ……)


 ヨハンセンは元傭兵なのだ。アチコチの戦場を渡り歩き実践も豊富のはずだった。

 日本の温い犯罪組織如きに易々捕まるとは信じられなかった。


(男二人は警護役。 交渉役は女の方……)


 女の態度から見てリーダー格であるのだろう。警護役が油断なく周りを見ているが、必ず女の方を一度は見ているのだ。


(背後のキャットウォークに外の見張り用にひとり……)


 キャットウォークとは工場などの壁に付いている通路だ。猟銃と思われるものを腕に抱えて歩き回っている。


(ドアに一人…… 恐らく私の後ろ二人はそのまま付いて来るはず……)


 予測した通りドアの男はそのまま動かなかった。彼は見張りも兼ねているらしい。


(机の前に一人…… これは通信係……)


 眼鏡をかけた如何にもオタク然とした男が、ノートパソコンらしき物を忙しなく操作していた。


(全部でたった八人。 しかも、誰も防弾ベストを着ていない。 ひょっとして馬鹿にしてるの?)


 配置されている人員の数を数え終わった時には呆れていた。横目で周りの様子を伺ったが他には居なさそうだった。



 女がクーカを見てニッコリと笑った。


「用があるのは貴女じゃないわ」


 しかし、クーカはむすっとした表情で言い放った。


「私にはあるのよ? クーカちゃん……」


 やはり、自分に用があるみたいだ。名前まで知っているという事は商売も知っているに違いなかった。

 ドアの男が何も言わなかったのは、やはり自分を知っていたのだろうと考えた。


「ある人物を始末して欲しいのよ」


 女はいきなり用件を言い始めた。しかも、厄介な感じがする用件だ。


「ある人物って?」


 クーカが聞いた。仕事の依頼なら普通にヨハンセンに頼めば良いのにと考えた。


「内閣総理大臣の町山」


 女は事も無げに言った。


「……」


 クーカは黙ったままでだった。


「それで、あなたの彼氏には仕事が終わるまで傍に居て貰う事にしたの……」


 やはり、監禁されてしまったようだ。


「……」


 クーカはそれでも黙ったままだ。まだ、相手の思惑が分からないのだ。


「大丈夫。 仕事をちゃんと終わらせれば解放してあげるわ」


 女はナイフを取り出して来た。脅しているのかもしれない。


「貴女たちが約束を守るとは思えないわね……」


 クーカが答えた。むしろ口封じに殺されるのが常識だ。自分でもそうする。


「彼氏の事が心配じゃないの?」


 女は薄ら笑いを浮かべている。人を小馬鹿にする奴に共通する鼻にかかった笑い方だ。


「ごらんなさい……」


 すると女はクーカの足元に布に包まれた何かを投げて寄越した。

 爪先で蹴ると布包みが開き、中に入っていた指らしきものが出て来た。


「ふふふ…… 誰のだか聞く必要があるかしら?」


 女が煙草をくわえた。すると脇に居た男のひとりがライターに火を点けて差し出した。

 そして、煙を一筋吐き出すとノートパソコンの男に合図を送った。


 彼はノートパソコンをクーカに向ける。画面をクーカに見せつける為だ。

 そこには片手に包帯を巻かれたヨハンセンが写っていた。画面の端にはLIVEの文字が赤く光っている。どこかに監禁されているのだろう。

 ノートパソコンを操作していた男は、クーカを見ながらニヤついていた。


「要するにヨハンセンは生きているのね……」


 クーカの目が光った。もとより、ヨハンセンの事は気にしていない。それよりも自分の知らない組織が、自分の命を握っている気になっているのが癇に障るのだ。

 なによりも一番頭に来たのは目の前で煙草を吸われた事だ。


「なら、あなた達に用は無いわ……」


 男二人に囲まれていたが、一旦しゃがむと両手にククリナイフを抜いてジャンプした。

 それと同時に両脇の男たちの首が不自然以前に傾いた。クーカのククリナイフが左右の男の頸椎を切断したのだ。

 クーカは首を切った後、右手のククリナイフを机の男に投げる。ククリナイフは男の胸に深々と突き刺さった。


「え? ……ぐふっ」


 男は驚きの表情のまま自分の胸に刺さるナイフを見た。そのまま喀血して机に突っ伏してしまった。時折、何やらビクッと動いている。

 一方、首を撥ねた男は倒れていなかった。クーカは一人の男の影に周り込み懐からグロックを取り出した。万が一、撃たれても男を楯にできるからだ。


 もっとも考えすぎだった。クーカの素早い動きに、生き残っている連中が追い付けないのだ。

 クーカのグロックにはホローポイント弾が装弾されている。

 この弾は人間の身体を突き抜けずに、肉体にダメージを与える事だけに特化した弾だ。防弾ベストで無い限り当たればただでは済まない。ごっそりと肉をはぎ取られてしまうか、内臓をズタズタにしてしまう。

 最初にドアに居た男を撃った。減音器付きのグロックは非常に静かだ。


「ぐあっ」


 男は油断していたのか外を見ていた。そこを背後から撃たれたのだ。膝から崩れ落ちてしまった。


「!」


 続いてキャットウォークにいた男を銃撃した。腹を撃たれた男は前のめりに倒れて一階に落ちて来た。

 クーカは飛び跳ねる様に横に飛び、女の両隣に居た男二人に続けざまに銃弾を浴びせた。


「うっ!」

「あうっ!」


 男たちはクーカの俊敏な動きに反応する間も無い。腹を撃たれた彼らはそのまま折りたたまれたように弾き飛ばされた。クーカは立ち上がり男たちの方へと歩み寄って来た。


バスッバスッ


 枕を殴っているような音が倉庫の中に響いていく。続けて頭部に銃弾を送り込んだのだ。男たちの頭部が西瓜のように弾けていった。

 これは瞬殺と言っても過言では無い出来事。彼等はあまりにも無防備過ぎたのだ。クーカが世界中の猛者相手に生き残ってこれた理由を考慮すべきだったのだ。


 だが、女は理解出来なかった。自分たちは人質を取っていて、しかも多人数で取り囲んでいたからだった。圧倒的に有利に事を運んでいるとさえ思っていた。


「え?」


 そう言ったきり唖然としている。

 クーカはそれを無視していた。歩きながら狙いを定めて倒れた男たちの頭部に銃弾を次々と送り出していく。止めを刺しているのだ。

 

 最後に通信係の頭部に銃弾を送り出すと、その腹に刺さっている自分のナイフを引き抜いた。絶命しているせいなのか腹から血が噴き出す事は無かった。


「……」


 しかし、血糊が付いている。クーカは渋面を作って通信係の上着で綺麗に拭った。愛用品が汚れたのが気に入らないらしい。

 ククリナイフを背中に戻すと、グロックの弾倉を取り換えた。小型なので八発しか装填されていないのだ。

 女は最初に居た位置から微動だにしていなかった。動けなかったのだ。足元には異臭を放つ水たまりが出来つつある。


「わ、私が戻らないと人質の命が……」


 リーダー格の女の額に汗が滲んできた。相手が子供だと思ってせいもあるが、言う程には強くないと思っていたのだ。


「……」


 クーカがため息を付きながら女を見据えた。何時ものように見た目で誤解されていたようだ。


『脅しが通じる相手』


 女は今までは他人の威光を利用してのし上がって来た。自分は他人とは違うと勘違いしていたのだ。

 だが、自分が過ごして来た粗暴な人生で、明確な強さを目の当たりにした事の無い女は狼狽えた。話が通じない相手がいるのだ。

 そして、自分が絶望的な状態にあると理解出来たようだった。


「なあに?」


 クーカの口元から冷たい問いかけがなされる。


「あ、あ、あの男をぶっ殺すって言ってるんだよっ!」


 なけなしの声を出して贖って見せた。だが、ナイフを持つ手が小刻みに震えている。


「だから…… なあに?」


 クーカは重ねて訊ねた。女は怯えた目で押し黙ったままだ。


「他人の命より自分の命の心配をするべきよ?」


 そう言って引き金を引いた。


パスッ


 鈍い音が響いて女の首ががうなだれ、そのまま倒れ込んでいった。倒れた所で頭部に更にもう一発送り込んだ。



 クーカの銃弾に迷いなど存在しないのだ。


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