第15話 追跡の在り方

 保安室。


 先島はクーカと遭遇した事を室長に報告していた。


「で、本人はクーカだと認めたのか?」


 室長はかなり怒っているようだった。それはそうだろう。

 クーカは保安室全員で追いかけているテロリストだ。目撃したばかりか接触までしているのに確保しなかったからだ。しかも、報告したのが、取り逃がした後だからだ。


「いいえ、認めた訳では無かったですね……」


 先島は分かっているだけに何も言わなかった。何を言っても取り逃がした事実が覆される事は無いからだ。

 しかし、本当の理由は別の所に有る。


 クーカが廃キャンプ場で見せた表情と、国際テロリストの側面とが合わないからだった。

 先島は全員が常識と考える事には懐疑的になってしまう部分がある。

 それは組織の裏切りに散々な目に逢って来ているせいかもしれない。


(きっと裏がある……)


 クーカほどの殺し屋を日本に呼び寄せた組織があるはずだ。そう先島は考えていた。それが何なのかを探る方を優先する事にした。


(目先の事に囚われて本質を見逃すのはもうごめんだしな……)


 先島は他の室員には何も言わずにクーカの調査を続けようと考えているのだ。


「それで、何か対策は取ってあるんだろうな?」


 そんな先島の思いを無視して室長が質問をしてきた。


「はい、発信器を彼女の服に付けました」


 先島はクーカの外套に発信器を付けたらしい。彼女の行動を分析して、彼なりにクーカを理解しようとしているのかもしれない。


「藤井。 発信器三十六番の信号を辿ってくれ」


 発信器と言っても十二時間程度しか持たない超小型のものだ。絆創膏みたいな薄型でどこにでも貼り付けることが出来る。しかし、都会などの電波を拾えるエリア限定だった。

 先島はシートベルトを締める手伝いをする振りをしてクーカの外套に張り付けていた。


「はい」


 藤井が返事をして発信器の信号を辿り始めた。

 発信器の電波は携帯の無線局を利用して収集出来る仕組みだ。そうすれば三角測定で大まかな位置が特定できる。位置が判れば付近の防犯カメラを利用して対象を探し出せるのだ。

 もちろん、違法スレスレな捜査になってしまうが保安室の面々は気にしないようだ。


「んーーーーー?」


 藤井の指先が軽快にキーボードを叩いている。彼女にとってはいつもの作業だ。

 しかし、馴れない人間が見ていると魔法の呪文を打ち込んでいる魔女のようだ。

 藤井は暫く画面を見ていたが、すぐに怪訝な表情を見せてきた。


「発信器の位置信号だと、彼女はここに居る事になりますね……」


 自分のパソコンから顔を上げた藤井は先島の傍にやって来た。

 藤井は先島の背後に回って背中を見ていた。そして、背伸びをしたかと思うと先島の上着から発信器を取り出した。


「いつの間に殺し屋に転職したんですか?」


 藤井は苦笑しながら発信器を先島に返した。他の室員たちも苦笑いをしている。室長は頭を抱えていた。

 クーカは自分に付けられた発信器を先島に付け替えたのだ。思い起こしてみると、車から降ろす時に助手席のドアを開けたやった。きっとその時に付け替えられてしまったのだろう。

 あの時の彼女の行動に、不審な点は無かったように思えていたが違っていたようだった。


「やれやれ……」


 彼女がクスクス笑いながら、舌を出している様が目に浮かぶようだ。

 先島は増々年頃の少女が苦手になってしまった。



 その頃、クーカはヨハンセンに電話を掛けていた。

 海老沢邸襲撃の際に待ち伏せに逢った件についてだ。クーカが海老沢に会いに行くのは誰も知らないはずだ。

 当然、誰かが知らせたはずだ。金の匂いに敏感なヨハンセンの事だから考えられなくも無い。

 もし、ヨハンセンが裏切っているのなら許さないつもりだ。


『相手は始末出来ましたか?』

「少しだけ問題があったわ……」

『何があったんだい?』

「相手に待ち伏せされていた……」


 海老沢邸での出来事を手短に説明した。


『そうですか…… それは大変でしたね……』


 じっと話を聞いていたヨハンセンは相槌を言って来た。


「どういう事なのか、話を聞きたいわ……」

『ああ、あれには複雑な事情があるんですよ……』

「複雑な事情って?」

『それが電話では話せないですね』

「そう、どこに行けば良いのかしら?」


 ヨハンセンは都内に有る倉庫を指定して来た。生活雑貨用品などを扱う場所で夕方には無人になるのだそうだ。


「分かった…… 今からソコを探せばいいのね」

『ああ、頼みますよ』


 クーカは携帯電話を切って歩き始めた。


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