第11話 黒塗りの過去

 保安室。


 先島は先日に有ったチョウの殺人事件の報告を室長にしていた。


「それでは、自分の殺害現場を見せつける為にお前の前に現れたのか?」

「はい。 自分はそう推測しています」

「根拠は?」

「チョウの行動です。 事件で使っていた携帯電話を使ったり、当局がマークしている人物と往来で接触するなどですね」


 先島はチョウの不審な行動を説明した。


「そう云えば、見つけてくれと言わんばかりでしたね……」


 青島が横合いから口を挟んだ。


「確かに…… それで、クーカとか言う殺し屋の情報は?」


 先島に聞いた殺し屋の名前を口にした。


「はい、藤井に調査をして貰ってます……」


 情報屋の飲み屋のマスターの話はしていない。何でもかんでも仲間に話す必要はないからだ。ただ、マスターからの情報を元に訊ねる機関の目星は藤井に言っておいたのだ。


 先島は藤井に目で合図した。

 藤井は頷いて壁に架けられているディスプレイに情報を表示させ始めた。


「クーカはエストニア共和国で発生した、要人テロを行った実行犯としての容疑をかけられています」


 最新の情報と思われる新聞記事が載っていた。しかし、そこにはクーカの文字は無かった。エストニアの大富豪が惨殺された事件らしかった。だが、クーカが実行した証拠が無いのだろう。

 藤井は説明を続けながらせわしなくキーボードを操作する。


「それから、容疑は不明ですが米国や欧州それにロシアの諜報機関が発見したら知らせてほしいと言って来てますね……」


 発見しても手を出さないで、自分たちに相談した方が賢明だとも書かれていたらしい。


「モテモテだな」


 青山がしょうもない相槌をうっている。


「ここに表示されているのは中米の犯罪組織セタスの幹部たちです」


 藤井は青山の話を無視して、麻薬カルテル・武器商人など雑多なリストが表示させていった。


「次に表示されてるのは欧米をはじめとする先進国の要人たちです」


 今度は主だった国の政治家や財界人などのリストが並んでいる。

 すべて、クーカが関与したと思われる事件なのだそうだ。


「ん? セタス幹部は頭を撃ち抜かれているが、要人たちは身体を切り刻まれているな……」


 先島はクーカの殺し方に二種類ある事に気が付いた。


「要人たちは直ぐには殺されずに、ゆっくり出血多量で死ぬのを待っているのか…… 中々、手間のかかる殺し方だな」


 室長が懐疑的になっていた。迷宮入りの事件をクーカのせいにしている感じがしたからだ。


「はい、彼女には彼女のルールが有る様なんです」


 藤井が答える。


「ちょっと待て…… 彼女?」


 室長がびっくりしたように尋ねて来た。先島は室長も自分と同じ反応をするのかと笑ってしまった。


「ええ、女の子だそうです」


 藤井が画面を指差した。

 画面にはアジア系と思われる少女が表示されていた。どこかの国の街角で盗撮されたような画像だ。

 黒い外套にミニスカート。背の高さは百五十センチくらい。しかし、運動神経はずば抜けていると書かれている。


(日本に居れば女子高生で通じるかもしれないな……)


 そう先島は思った。それでも全体的にちぐはぐな印象が残る画像だった。

 画像から最強の殺し屋の印象が出て来ないのが原因だったのだ。


「引き金は男も女も気にしませんよ……」


 先島がそう言うと室員たちが苦笑いを浮かべていた。全員、何かしら思い当たる事が有るらしかった。


「コホン…… それでルールとは?」


 室長は軽く咳払いして話を続ける様に藤井に言った。


「見ての通りセタスの幹部は遠距離の狙撃で始末されています」


 画面が切り替わった。そこには椅子に座った人物や、歩道に突っ伏している人物などが映されている。


「凄い腕前だな……」


 誰かが呟いた。何故なら、被害者全員に共通しているのは、頭を撃ち抜かれている事だからだ。


「はい、全て遠距離からの狙撃だと推測されていますね……」


 射撃を行った人間なら、それが如何に難しい事か分かる。地球の重力に惹かれて弓なりに落下するし風などの影響を受けるからだ。遠距離で直径五ミリ程度の弾丸を目標の頭に当てるのは難しい芸当だ。


「まあ、専門の訓練を受けている狙撃兵なら可能ですが……」


 沖川みき(おきがわみき)がつぶやいた。沖川は元は警察のクレー射撃の選手だった。彼女は警察官時代にパワハラに合い、告発したのを逆恨みされて保安室に流されて来た。


「しかし、要人たちは拷問にかけられて死亡しています…… まあ、要人たちの死因は出血多量かショック死ですね」


 椅子や机に縛り付けられたまま絶命している被害者たちの画像が次々と映し出されていた。


「よっぽどの深い恨みが有るのでしょうね……」


 藤井がキーボードを打つ手を休めてつぶやく。


「殺人を楽しむのはサイコパスのやる事だ。 彼女は暗殺者ではない殺しを楽しむ殺戮者だ」


 室長は画面を見ながら吐き捨てる様に言った。


「中米にあったCIAの工作チームが彼女を鍛え上げたようです。 もっとも彼女に殲滅されたらしいですが……」


 関連したと思われる事件の名前がずらずらと流れていく。


「暗殺が専門の兵隊ですね。 国軍の兵士と言う訳では無いので傭兵と言った方が適切かもしれません」


 先島がリスト見ながら言った。


「孤児を鍛え上げて使い捨ての兵士に仕立て上げる。 まあ、政情不安な後進国では良く有る事だな……」


 狂信的な宗教組織が使う手として、子供に爆薬を巻き付けて自爆させるテロがある。様々な治安機関も子供相手だと警戒を緩めてしまう為だ。人の善意に付け込んだもっとも卑怯な手口だ。


「彼女はニッコリと微笑みながら対象を殺すのさ」


 久保田総一郎(くぼたそういちろう)が言った。彼は海上自衛隊に居た。部隊がとある機密作戦を行っていたのがバレそうになり、身替わりに処分されてきたのだ。


「女の子にニコリとされて、気の緩まない男がいるもんか」


 加山昭(かやまあきら)が答える。加山は手作りの爆発物をつくって、戦車を吹き飛ばしてしまった過去がある。もちろん、そんな事が漏れると大問題に発展するので保安室に流されて来た。


「中々、考えられて作られた兵士だな……」


 室長が答えた。考えて作られた兵士も反抗されたら堪らないもんだなと先島は思った。


「まあ…… そこが気に入らないんですがね……」


 宮田健司(みやたけんじ)が言った。子供を武器替わりに使うのが許せないらしい。彼は正義感が強いが空回りしてしまう事が有る。

 水上警察時代に機密漏洩を行って処分され保安室に流れて来たのだ。


「でも、チョウを殺す為に殺し屋を呼び寄せるんですか? 結構、高額な報酬だから、割に合わなくないですか?」


 沖川が聞いて来た。彼女には殺し屋と言う存在がピンと来ないらしい。


「じゃあ、クーカが来日した目的が別にあると?」


 先島が答えて考え込んでしまった。確かに経済サミットがもうすぐ開かれるが、日本国内でテロが起きるとは考えづらかったからだ。色々と問題はあるが日本の政治は安定している。誰かを標的にしても替わりはいくらでもいるのだ。


「それから、返答されたCIA資料の中に彼女の項目がありました」


 藤井が次のリストを表示させた。

 新たに表示されたリストには、クーカが関連したと思われる事件が表示されていた。

 項目の識別用コードにアルファベットが振られている。


「キュー…… ユー……」


 室長がリストに割り振られていた番号を読もうとした。


「QU-CA(キュー・ユー・ハイフン・シー・エー)ですね。 かなりせっついて返って来たのはこの書類だけです」


 藤井が補佐するように読み上げた。しかし、資料の大半は黒塗りされており肝心な情報はなかった。やはり、自分たちが鍛え上げた資産を手放すのは惜しいのだろうと藤井は考えていた。


「んーーーっ、これはクチャと読むのか?」


 室長が聞いて来た。


「いいえ、『クーカ』と発音していましたね…… 食いしん坊の小鬼みたいな意味らしいです」


 藤井がドイツの諜報機関員に聞いた内容を話した。もちろん、こじ付けであろう。CIAが鍛えたなどの情報は彼から入手したらしかった。


「ふむ。 この識別コードが名前の由来か……」


 結局、判明した事は名前の由来と複数の暗殺事件に関わっているらしいという事だけだ。

 彼女の背景や人物詳細は不明なままだった。


「やはり重要な情報は貰えないのか…… ちょっと俺の方で当たってみるよ」


 室長は画面を見ながらつぶやいている。室長にも海外の諜報機関と個人的な付き合いがあるのだろう。



 先島が見守る画面には『NAMED QUCA』と表示されているだけだった。


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